ヒーロー
翠鳳 葵
ショートヘアーのその子
高校の屋上、ひぐらしの鳴き声にかぶさって、街に 「蛍の光」が鳴り響く。17時の合図だ。
息ができないくらいの夕焼けの中、私は律儀に靴を脱ぎ、フェンスをまたごうとしていた。
さっきまでの雨でフェンスは少し濡れていた。
「誰かに話せてたら、何か変わったのかな。」
アニメに出てくるようなヒーローは現実にはいない。
私佐々木まりは自殺をしようとしていた。
その湿ったフェンスを越えたかった。
「その誰か、私じゃダメなの?」
ある声がフェンスを越えようとしていた私を呼び止めた。
驚いて後ろを振り返ると、そこには私をまっすぐに見つめる少女がいた。
ショートヘアのその子はどうやら自分とは違う学年のようだ。その子は私の一つ上の学年色の上靴を履いていた。
「とりあえず。 カラオケ行かない?」
少女が勢いよくこちらに迫ってきた。
「え...」
足元の水たまりに反射した自分の顔を見た
「…うん行こう」そう言いたくなった。
「じゃ!行こ!!」
満面の笑みでそういった後、少女は力強く私の手を引いた。
彼女に連れられ、近所のカラオケまで来た。
「何名様ですか?」
「二名で!」
「何時間ですか?--
カラオケなんていつぶりだろうか。
店内の特徴的な匂いに鼻がツンッとなった。
「では201号室になります。」
「ありがとうございます!」
また私の腕を引く
部屋に入ると少女は慣れた手つきで明かりをつけ、二本のマイクをとタッチパネルをとり席に腰掛ける。
彼女は隣の席をパンパンと叩きながら
「ここ!座って!」
と言ってきた。
彼女の言うとおりに座る。
「君、名前は?」
私が座った瞬間、彼女は私の名前を聞いてきた。
そういえば、お互いにまだ名前も知らない。
「佐々木まり」
「へぇ~いい名前
「…。」
「私、町山ゆな よろしくね!」
にっこり笑ってそう言う
「じゃあ早速入れちゃお~」
そういって何の迷いもなく曲を予約していく。
見たこともない曲名ばっかり。
音量調節を終えた後、前奏が流れ始め、 彼女はマイクを持って立ち上がる。
「〜♪」
「…あ」
なんだか懐かしいメロディーと聞き覚えのある歌詞だった。
曲名は知らなかったが、昔よく聞いていた曲だ。
歌い終わったゆなが勢いよく座り込みこちらを見て言う
「この曲好きなんだよね~普段こういう系のやつあんまり聞かないんだけど、なんかこれだけはお気に入りでさ」
確かにこの曲は音楽をあまり聞かない私でも知っている有名な曲で、よくテレビ番組なんかで聞く曲だ。
すると宝くじにでもあたったのかと疑うほど嬉しそうに目を輝かせた彼女はものすごい勢いで話し続けた。
「まりはどんな曲が好きなの?」
「…今のは聞いたことある曲だった。」
「そうなんだ!!」
「え、てかさ、昨日のテレビ見た?めっちゃ面白かったんだけどさ!あの俳優が_」
(この子はいったい何をしたいんだろう。 わからない。 本当に不思議な子だ。
ぼっちで喋る子がいないのだろうか。こんな私と喋っているんだ。そうに違いない。)
大笑いしながら一人で喋っている彼女を見ていたら、なんだが可笑しく思えて、少し笑ってしまった。
そんな私を見て彼女は少し黙った後、今までとは少し違った笑みを浮かべまた話し始めた。
カラオケに入って彼女が話し始めて一時間くらい経っただろうか。
ゆなはほぼずっと一人で話していた。
(…落語家になったらいいのに。)
そんなことを思ってしまうほど彼女の話は長かった。けれど見ていて飽きなかった。
それだからか、この一時間はあまり苦に感じなかった。 こんなにゆったりと過ごせたのはいつぶりだろう。
気づけば、時計の針は19時過ぎを指していた。
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