すべての高校生に祝福を!

冬野 向日葵

その大賞は一人を殺し、一人を生んだ

 やぁ。俺の名前は虚架空むなか そら。どこにでもいる普通の高校生――という設定だ。

「あの……設定って言わないでもらえると……助かります……」

 そしてこの気弱な少女こそが有野真舞ありの まま、一応俺の――

「いや……空くんは空くんで……私とは別人だから……中の人なんていないから……」

 あーあ。彼女って言おうとしたのになぁ。

「そっ、そうなんです……空くんと私、付き合っていて……」

 そうだな。お前の頭ん中でな。

「もう……余計なこと言わないでください……あれだって、空くんが作者なんですからね……」

 あー、あれね。アイデアはいいんだからさぁ、俺に頼らずにもっと自信持てよ。

「もういいんです。決めたんです。あれは私のものではないんです」

 そう言うと真舞は飾ってある額の中から一枚の紙を引っ張り出してきた。その紙を両手で持って――っておい! 破るな! 今すぐやめろ!

 ビリッ。

『賞状

 高校生の部 大賞 有野真舞様

 あなたは××県短歌コンクールにて頭書の成――』

 あーあ、あっという間に真っ二つだよ。もったいねぇな。

「この短歌は空くんが考えたものです。私の名前で書かれている限り、意味がありません」

 まぁ、俺としてはそのままでよかったんだけどなぁ。せっかく真舞が考えて、結果を出したんだからさ。

「いいですか。これは私ではなく、空くんのものなんです。審査員からしても、そのほうがよかったんです」



 私、有野真舞は高校一年生、なんですが……入学直後に大きなな事故にあってしまって休学中なんです。さすがに半年ほど経てば体の調子は安定してきたんですけど、医者からはリハビリを指示されています。

 月曜日は病院に行って診察、火曜日から木曜日は自宅でリハビリ、そして金曜日は学校に行って先生に近況報告。幸いにも学校のほうも復学の手助けをしてくれて、毎週無理のない程度の宿題を出してもらっています。ですが……

「有野さん、今週の宿題は国語にしようか」

 この一言がすべての始まりでした。

 短歌を考えるという内容の宿題です。二つ考えて、県のコンクールに全員分まとめて出すと聞いていました。

 入院中はひたすら小説を読んでいたこともあり、創作系の宿題にはちょっと燃えました。リハビリの合間合間にも考え、言葉通り渾身の一句をひねり出しました。

 応募した作品は淡々と選考を進んでいき、大賞にまで上り詰めました……たいして考えていなかった、もう一首のほうが。私の闘病を歌ったものよりも、

『キーボード 叩く音だけ 鳴り響く いつか花咲き 笑えるように』

 なんていう私の中に存在しない文芸部の記憶を歌ったものが、大賞に選ばれたのです。選評には、こんなことが書かれていました。

「高校生らしい青春の姿が目に浮かぶ作品が多く、大賞を選ぶのに苦労した」

 これを初めて読んだとき、私は絶望しました。

 大人って、勝手だと。結局絵にかいたような高校生が評価されるのだと。高校生は大人の一歩手前、私もすぐに大人になってしまうのだと。

 私はどうしようもなかったんです。不幸な事故とはいうものの、世界は冷ややかな目で見るだけだったのです。私なんかには価値はない、ただそれだけの事実を突き付けられたような気分でした。

 すぐに脳内で私の代わりとなる普通の高校生の存在を作り出しました。こうして生まれたのが空くん――虚架空です。とにかく彼には普通の高校生になってもらうための設定を詰め込みました。あの短歌も彼の作品とすることで心を安定させました。そのうちに彼の像が安定してきて、頭の中で私と会話するという芸のようなものもできるようになりました。

 最初は話し相手になってくれて嬉しかったのですが、一週間ほど前から空くんの人格が変わってきたというか、私に反抗するようになってきたんですよ。なので、彼に教え込むように、あの賞状を破り捨てました。これで私は消え、空くんが生まれる。そう信じて……



 賞状、放っとかないでちゃんと拾ってテープで修復しとけよ。

「空くん、わかりますか? あの賞状はもうないんです」

 いや。まだ二つに破れただけでまだあるだろ。

「そこまで言うなら、わかりましたよ」

 そう言って真舞はしぶしぶと直前まで一枚だった二枚の紙を拾い上げた。その顔、渋柿もびっくりじゃねえのか?

「人を食べ物扱いしないでください」

 それは悪かったな。というか急に歩き出して、どこ向かってるんだ?

「名残惜しいですが、賞状ごとあの世へ送ってしまいましょう」

 チョキチョキ、ザックリ。

『賞』『状』――

 ちょっ、シュレッダーはさみってさぁ。そもそもなんでそんなの持ってるんだよ。

「私の家庭、個人情報の管理にはうるさいので」

 そんなことは聞いてないんだよ。それよりも、大切な大賞の証が無くなったじゃねぇか。

「空くんがおとなしく自分のだって認めれば、こうならずに済んだのです」

 俺が悪いんじゃないってば……しょうがない、俺から一つアドバイスだ。

「空くん?」

 これは真舞のためだ、聞いておけ。お前は確かに普通の高校生じゃないかもしれない。だけど入試には合格したし生徒証もちゃんと持っているだろ? だからお前は誰が何と言おうとも高校生なんだよ。

「……だから何ですか。結局私は高校生とは見られないんですよ」

 なんてゆーか、真舞は普通の高校生にあこがれているんだろ?

「そうですね」

 その心があれば、いつまでも高校生でいれるんじゃねぇか?

「どういうことですか?」

 制服コスプレってあるだろ? あれみたいなもんで人はいつまでも子供、高校生でいれるってことだ。

「空くんが訳のわからないことを言っています……」

 ちょっと説教クサくなっちゃったか、ごめんな。まぁ、ここまでしなくても心配はいらねぇ。なんてったって俺がいる、真舞の全部を受け止めてやるさ。

「ちょっと空くん……いきなりプロポーズですか……」

 そりゃ好きだけど恋愛的な意味なんてあるわけないだろ。もともと俺は真舞から生まれた存在だぞ。生まれてから今まで、何が起きたのか、何を思ったのか、全部そばで見てきたんだ。嫌いになれるわけがねぇだろうが。

「あ、はい……どうせ私なんか本当は彼氏もできない……」

 だーかーらー、自分のことは自分が一番好きじゃなきゃどうしろっていうんだ。

 ちょっと回復したと思ったらまた落ち込んじゃったよ。真舞は賞状の入っていた額縁を抱いてうつむいている。おっ、そうだ。

「しゃあねぇな、俺がラブレターを書いてやる。A3の紙を持ってきてくれ、その後しばらく体借りるぞ」


『賞状 有野真舞様

 あなたは下記の短歌が選者に認められたためこれを賞します

 学校は 私の太陽 その光 病棟歩く 私にそそぐ

 選者 虚架空』

 どうだ真舞。俺からのプレゼントだ。

「私が書いたんですけどね」

 そこは都合よく俺が書いた設定ってことにしといてくれ。ところでこの賞状はどうだ?

「これ、私の応募したもう一つの短歌ですよね」

 そうだ。これが真舞の思う自分、なんだろ? まずはそれを認めてあげるところからだ。早速額に入れて飾ってみようぜ。

「ラブレターを額縁に入れて飾る……なんて贅沢な」

 そういいながらも嬉しそうじゃねぇか。顔には出てなくても俺にはわかるんだぞ、だって――

「私自身だから、ですよね。でもこれは私の恋人、空くんからのラブレターです。それは譲りません」

 結局俺は真舞の彼女か、まぁ好きにやればいいと思うぞ。それも含めて認めてやる。

「ふふ……空くんからのプレゼント……」

 一応恋愛関係ではないはずなんだが本人は聞いてねぇな。

「じゃあ空くん。リハビリ、行ってくるね」

 おう、いってらー。まぁ俺もついていくっていうか、それしかできないんだがな。

 実体のない俺と違って、栗色の髪の毛がなびいていて可愛いぞ。頑張れよ。

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すべての高校生に祝福を! 冬野 向日葵 @himawari-nozomi

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