第2話
卓上のデジタル時計は00:00を表示している。
特になにも考えずにぼんやりと曜日が変わるのを眺めていた俺は、それもまた特になにも考えずにため息をつく。
すでにベッドの上に何度か横になってみたが、どうにも眠気が来ない。
学校での出来事は正直どうでも良い。一ミリも気にしていないはずだ。
なのに……
俺は充電しているスマホの黒い画面と数秒間にらめっこする。
「確認するか……」
自分自身との葛藤を乗り越え、スマホのロックを解除してラインを開く。久しぶりに開いたせいかアップデートに少し時間がかかる。
アップデートが終わり自動的に再起動されたホーム画面は自分でも虚しくなるほどに何もなかった。公式アカウントが一つ、一時期メモに使ってたものが一つ、それ以外には良く分からないスパムが。
誰かと最後にオンラインで話したのはいつだろうか……
久しぶり、というかほぼ初めての操作に手こずりながらも、やっとのことで自分がブロックしたアカウントのリストまでたどり着く。
そこに表示されているのは、宣伝アカウントでもなければスパムでも無い。
『ひびき』
その三文字と睨み合いながらどれくらいの時間が経っただろうか。いろんな感情が交差している中、おそるおそるそのアカウントのブロックを解除する。
俺は息を止めたままホーム画面に戻り、チャットに入る。
「――やっぱりか……」
俺の淡い期待とは裏腹に、ブロック中に相手が送ったメッセージは見れないようだ。溜め込んだ息が一斉に溢れ出る。
まあ、これに関してはブロックした方が悪いか……
諦めてスマホの電源スイッチを長押しすると、突如振動するスマホに体がビクリと反応する。
どうせなんかの広告のメールだろう、特に気にせずにもう一度電源ボタンを――
「ブーッ」
しかし再び鳴り出すスマホ。しかし今度は一度では無く二度。そして三度。同間隔でスマホが振動する。
電話だ。
俺が現在電話をする相手は使用人のおばさんただ一人、のはずだが。
スパム電話だろうか。
画面を確認すると、電話は電話でもそれはライン電話だった。そしてその相手は――
「ひびき……」
俺は画面を見つめる。その間に何コールが過ぎただろうか。しかし電話は一向に鳴り止まない。
熟考の末、俺はスマホを手に取る。
無自覚に震える声をなんとか抑えて声を出す。
「……もしもし」
「あっ、もしもしっ」
返事をしたのは、やや食い気味な雰囲気の少女の声だ。
「……大丈夫ですか」
「はい、私は平気です」
「そう、ですか」
……そして訪れる沈黙。彼女にかけるべき言葉は山程ある。いや、あった。
高校になってから彼女とは絡むことがなくなった――というのはあまりにも自己中すぎる言い方かもしれない。俺が彼女を見捨てたといった方が正しいだろう。
「……あの、こんな夜中に大変申し訳無いのですが、実は私、交通事故にあっていまして」
彼女は丁寧な口調で沈黙を破る。
「はい」
俺は無感情に相槌を打つ。
「そのせいで記憶を失ってしまいまして……それで一番最後に連絡した人に連絡をしようと思って」
なるほど、それで俺に――それで俺に?
一番最後に連絡をしたのが両親でも友人でも無く、俺?
状況が理解できずに黙る俺の困惑が電話越しでも伝わったのか、彼女は慌てて続ける。
「だ、だから……その、私について、あとできれば……」
「できれば?」
彼女は中途半端に言葉を止めたと思いきや口元でなにかをごにょごにょとつぶやく。
「……あなたについても、教えていただけないでしょうか」
彼女がベッドに座っているのかしらないが、声の響きからして彼女が頭を下げているのが分かる。少しだけ彼女の勢いに圧倒される。
「他の人は当たってみなかったのですか?その、両親とかは」
「その……両親については……交通事故でお亡くなりになられたそうです」
「あっ……すみません」
自分の鈍感さに嫌気が差していると、彼女は無理に明るいトーンで続ける。
「いえいえ、全然大丈夫です。私自身が思い出せないのですから。人を責めれる資格なんてありませんよ」
「……」
しばらく俺は迷う。なにに迷っているのすらよく分からないが、なんとなく彼女とこれ以上会話をするのに抵抗を感じる。
だが同時に俺は心の奥底のどこかで、ほんの少しだけ安堵を覚える。
――彼女は「あのこと」も忘れたのだろうか。
彼女が記憶喪失になってしまったと聞いて無意識に敬語で話を進めているころに気がつく。そしてそれに対して彼女は敬語で返した――何もおかしくないのに、そのことが後味が悪い薬のように心の中に残る。
お互い様子を探っているのか、しばらく沈黙が続く。
それを先に破ったのは俺だった。
「すみませんが、俺は別にあなたとは仲良くありません。恐らくは間違えて連絡をしてしまったのではないでしょうか」
「えっ? そんな――」
「他の人に当たってみてください。そのうちクラスメイトとかが見舞いに行きますよ。ぜひそのときに――」
俺は無理やり通話を終わらせようと赤いボタンに指を伸ばす。
「大好きだったよ!」
?
突如彼女が放った言葉に困惑する。
「今なんて――」
「大好きだったよ!」
彼女は全く同じ言葉を繰り返す。聞き間違いでは無いことが分かり、さらに頭の中がかき乱される。
俺は今告白をされたのか? 記憶喪失者に?
「そ、それってどういう――」
「――それが私が最後に送ったメッセージでした」
彼女はそう言い残し電話をプツリと切る。
何を考えればいいのか、何を思えばいいのか分からない俺は、すでに切られたスマホを耳に当てたまま机に視線を落とす。
刹那の出来事では合ったが、俺の脳裏に走馬灯のようにあのころの記憶が流れ出す。
熱くなる頬に、俺の涙腺は限界を迎えた。
忘れる彼女、逃げる俺 @FoxP3
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