第26話 醜い豚、美しい鬼

――こちらは、朝の国グチモームスです。


ハート型スライムの見た目をしたウィズが機械的に説明を始めた。


――朝の国の異称は、始祖であるロプロワ・グチモームスが、夜の王と怖れられた吸血鬼を討伐したことに由来します。


朝の国の名にふさわしく、グチモームス国内は、舞踊や歌唱の文化が栄え、町は活気にあふれていた。


「ここがグチモームス」


俺はグチモームスの街並みを見渡した。ここが、俺の婚約者である、マリヤの故郷。


「ジュン!怪しまれないように、無駄にキョロキョロすんな」


そう忠告してきたのは、S級魔法使い、『水神ランセ』こと、ランセ・アズール。


「ああごめん、ランセ」

「せっかく立てた計画が台無しになるだろ」

「悪い」


ランセは約束通り、1週間で帰ってきた。


10年ぶりに、婚約者と感動の再会を果たし、『破戒僧』こと、ヴァイス・ブランコーの固有スキル『聖人の左手』によって、彼女の不治の傷を快復させて。


え?


その彼女、メリコ様はどうしたって?


失明した片目の傷と顔半分のケロイドを引き受けてもらった彼女は、五日五晩ランセと獣のように愛し合ったあと、故郷の家族に会いたいと言い出したのだそうだ。


買い物もしたい。友人にも会いたい、と。


彼女は、失われた10年を取り戻そうと必死だった。そして、かつての傲慢さと気高さで、ランセに命令したらしい。


「私は一人でそれを行うから、貴方はジュン王子に従いなさい」

「え?いいのか?」

「愚問よ。貴方とまた会えたのもジュン王子のおかげ。このブラン医師を遣わしてくれたのもジュン王子のお計らい。ジュン王子には、言葉では言い尽くせないほどの恩があるのよ。彼が待っているなら行きなさい」

「ふっ、……メリコ様の言う通りだ」


なんて会話があったそうだ。


いやはや、気恥ずかしいな。


俺のスキル「マッチングアプリ」が、二人の人間を立ち直らせたんだな。


使い方次第では、人を幸せにすることが出来る能力なんだな。


ははははは。



使い方次第では。


*********************************


時計の針を進め、それから十時間後。俺は、全裸の婚約者の前に、腕組みして仁王立ちしていた。


「ク、クク、クソビッチなんて、そ、そそそそんな、ジュン様?わ、わた、私は、あなたの、こ、ここ、婚約者ででで、ですよ?」


懇願する全裸のマリヤの周りを、俺はゆっくり歩いた。


「確かにそうだなぁ。じゃあ逆に質問だ。婚約者がいるのに、そこの奴隷商人のクズ野郎とお楽しみだったお前を、クソビッチ以外になんて表現すればいいんだ?」


俺は視線を、先ほどまで執事だった男に向けて言った。改めてマリヤがひっ!と声を上げた。


先ほどまで執事だった、すっぽんぽんのアンジェロ・ジャッシュは、椅子に縛り付けられたまま全身の骨が折られて血まみれ状態。更に男にとって一番大切な一部分はぶった斬られて出血多量、顔面はぐちゃぐちゃに潰れている。


俺もアドレナリンが出ている今の状況じゃなかったら、悲鳴をあげているところだ。


「ひゅ、ふう、ひゅううた、す、ひゅう、ぃひ、け、て、ひゅう」


アンジェロはすっかり虫の息だ。間もなく死ぬだろう。


「情報は全て聞き出したぞ」


アンジェロのアレを斬り落とした張本人が、長い銀髪をたなびかせて、冷徹な碧眼で俺を見つめた。


「ありがとう」


俺は彼女を一瞥して、改めてマリヤを見た。


「じゅ、ジュ、ジュジュ、ジュン様」


かつての子犬のような笑顔はどこにもない。醜い豚がふがふが言っているようにしか見えない。


はぁ。


「俺がお前を殺すかどうかは、今からする質問の答えで決める。マリヤ・グチモームス。お前は、奴(アンジェロ)が、そして、この国が奴隷売買をしていたことを知っていて、黙認していたのか?」


*********************************


「今何時や?」

「ブラン、時計持ってない」


二人の成人男性の会話に、馬車から降りた、女性議員が参加した。


「12時ちょうどよ」


この女、ひと月ほど前にブランが一晩中かわいがった、元・女性尊重主義者フェミニストのレンファウ・シーワーケルだ。


彼女は女性議員という仕事と並行して、奴隷売買という副業を継続しており、その得意先であるグチモームスとの取引を月に1度行っていた。


今回のグチモームス入国をスムーズに行うため、レンファウを利用する形になった。レンファウはあの夜の悪夢が再び我が身に降りかかることを恐れ、今のところ、驚くくらいに従順だ。


「えらく素直で気味悪いな、ここぞって時に裏切りそうや。いま殺すか?」


関西弁の成人男性の一言で、ひぃい!とレンファウは声をうわずらせた。


この関西弁男性の正体?


ああ、お察しの通り、虎獣人ロッソ・カーマインだ。

ランセの魔法で、姿かたちを人間の男に変えているんだ。

水魔法だけでなく、基本的な魔法も一流なんだよランセは。


ちなみに、その隣の寡黙な成人男性の正体はドワーフ医者僧侶のブランだ。


「いいかおめぇさんたち。変身魔法の効果は、天才の俺がどう頑張っても12時間が限度。作戦はそれまでに遂行する必要がある」


まったく違う金髪男の姿に身を変えたランセが言う。


「わかった」


俺は、12歳の子供、ジュン・キャンデーラの姿から、俺の希望で、かつての俺、つまり、柴田弘嗣の姿を限りなく忠実に再現した姿に変身していた。


「いい面してるぜ、ジュン」


ランセの言葉に、俺はありがとうと返した。


「さあ、行こう。愛しの婚約者ビッチが待っている」

「待て!!!!貴様ら、奴隷商人だな!!!!!!!!!」

「!?」


今の声は!?!?


とっさに振り向くと、そこには、銀髪のロングヘアーをなびかせる≪罪人殺しの剣鬼≫こと、シルバ・アージェントが立っていた。


「レンファウ・シーワーケル、奴隷解放ギルドが貴様に天誅を下す!!!!!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る