理解不能

猫屋 こね

 どんな話だよ!

 とある山の麓。

 伸びる草木の影が、西から東へ移動する正午前。

 この地には古くから妖怪の噂が流れているが、実際には誰もその姿を見たものはいない。

 きっと道もないような山に踏み入ろうとするものがいないという理由もあるのだろう。

 だが、その道無き道を今、一人の男が歩いていた。

 彼はここに数日前から姿を見せなくなった『彼女』を探しに来ていたのだ。


 ・・・


 ・・・ここから話は理解不能になっていきます・・・

 ・・・気を引き締めて行きましょう・・・


 ・・・


 男はポケットに入っていたブルーチーズを一口齧りながら呟く。

「しまった・・・洗濯物干してこなかった。」

 洗濯機の中に洗濯物をそのままにしてきてしまった男。

 これでは明日着る服がない。

 時期は真夏。

 トレンチコートを着ている男だが、暑くはない。

 何故ならトレンチコートの下は裸だからだ。

 革靴の下に下駄を履いている男は山をポンラポンラと登っていく。

 中腹まで来ると、持っていた小銭でマシュマロを二袋購入した。

 更に歩みを進めると、何やら背後から殺気を感じる。

 怖いなぁ。

 怖いなぁ。

 と後ろを振り返る男。

 するとそこには10数匹の多種多様な蛇が男を狙っていたのだ。

 ある蛇は毒を捩じ込みたい。

 ある蛇は丸飲みしたい。

 ある蛇は絞め殺したい。

 それぞれが男に対してそんな想いを抱いていた。

 男は身構える。

 いつでもこい。

 こんなこともあろうかと準備していたから余裕なのだろう。

 一斉に飛びかかる蛇達。

 そしてことごとく噛まれる男。

 巻かれる男。

 呑まれる男。

 やりたい放題し、蛇達は満足するとその場を離れていく。

 残った男は所々皮膚が溶けたり、腕が鬱血したり、毒を喰らったりと満身創痍だが命に別状は無かった。

 少しふらつくが足取りは軽い。

 男は再び山の探索を続ける。

 ここに来る前、身体に良さそうな何か色々をしていたから蛇にやられても大丈夫だったのだろう。

 男の対策は効を奏したのだ。

 片腕と片足の感覚は最早ないが、それでも男は歩みを止めない。

 止めたくなかった。

 早く見つけなければ。

 早く見つけて・・・

「グッフッフッ・・・」

 顔をくの字に歪めながら笑う男。

 自らをサイコパスだと自負している男は、笑い方にも拘りがある。

 そうこうしながら歩いているうちに、少し開けた場所に辿り着いた。

 そこには一面の花が咲くようにネズミが大量に集まっている。

 これはいい。

 男はポケットからラッパを出し、吹きながら滑稽な踊りを踊った。

 一斉に飛びかかるネズミ。

 それでも踊り続ける男。

 これは誇りをかけた勝負だ。

 噛み痕が全身に付く。

 大丈夫。

 まだ大丈夫。

 そんなことを考えたのも懐かしい思い出だ。

 敗北した男は腸が出そうになる腹を抑えながらその場を離れた。

 もう片目も見えない。

 そしてこの辺りに彼女はいないと判断した男は山頂を目指す。

 もう少しで山頂に差し掛かろうとしたその時。

 最後の関門なのだろうか。

 ヒグマ30頭が男の行く手を阻んだ。

 だがここまで来て引き下がるわけにはいかない。

 ポケットから小銭を取り出す男。

 十円玉が90枚あった。

 男はヒグマと交渉する。

 1頭30円で手を打たないかと。

 つまり有り金全部だ。

 悩むヒグマ達。

 ただここを通すだけで30円貰えるのだ。

 しかしリーダー格はそれを許さない。

 ヒグマリーダーは男にジャンプさせた。

 鳴り響く小銭の音。

 ヒグマリーダーは嗤う。

 男は焦る。

 そう。

 男は嘘をついていたのだ。

 実はポケットには500円玉が9枚入っていた。

 しかしそれを渡してしまったら、もうこの夏は乗りきれない。

 覚悟を決める男。

 ヒグマと闘うしかないのだ。

 拳を握り締め、ヒグマリーダーに飛びかかる。

 だが・・・

 腕を一本持っていかれてしまった。

 男は絶叫した。

 今になって背中が痒くなってきた為だ。

 木に背を付け、上下に動く。

 これで少しはマシになるだろう。

 そしてこの様子を見ていたヒグマ達は考え直した。

 もしかして・・・

 こいつもクマなのでは?

 自分達もたまにこういうことをする故に、同族だと勘違いしたのだ。

 ヒクマ達は取り敢えず先程の小銭だけで男を見逃してやることにした。

 後に残った男は落ちている腕を拾い、接着剤で腹に付ける。

 腸が飛び出ないようにするためにだ。

 片足をポケットに入れ蒲鉾を取り出すと、男はそれを一口で食べた。

 体力が全快するわけではないが、半分くらいは戻る。

 山頂まで後少し。

 きっとそこに彼女がいるはずだから・・・


 ・・・

 

 山頂に着いた男は周りを見渡す。

 まるで宇宙船の発着所のようなそこは、金持ちの道楽の賜物だろう。

 少し歩くと、切り立った崖のような場所に出た。

 そしてそこに・・・

 彼女の姿があったのだ。

 ゾリッゾリッと近付いていく男。

 やっと会えた。

 早くこの手で・・・

「グッフェッフェ・・・」

 歓喜の笑い。

 男の頭の中で、彼女はどんな目にあっているのだろう。

 そしてその笑い声を聞いて男に背を向けていた彼女は振り返る。

 そして一瞬絶句した。

「・・・あ・・・」

 何とか絞り出した声。

 感動しているのか。

 それともボロボロの男を見て心配しているのか。

「・・・あ、あんた!何でこんなところまで来んのよ!チョーキモいんですけど!」

 ギャルな彼女は男に拒絶反応を示す。

 きっと、ずっと追いかけ回されていたからだろう。

 父親に頼んで、やっとここまで逃げてきたと言うのに・・・

 男の執念に恐怖を覚えているのだ。

「何なのあんた!それにその格好・・・オェーー!」

 口に手を当て、吐きそうになる幼女。

 十代前半の彼女にとって、三十代後半の男のこの姿はトラウマになること間違いない。

 男の着ていたトレンチコートはほぼ破けており、腹には片腕が付いているのだから。

 しかもそれだけではない。

 全身にはネズミの噛み痕。

 肌のあちこちは溶けていて、鬱血した片腕と片足が目に余る。

 これではまるで・・・

「化け物!何なんだよマジで!あんたやっぱりストーカーなんでしょ!?」

 警察には何度も相談した。

 接近禁止令も出ている。

 なのにこの粘着質な執念。

 間違いない。

 この男は・・・

「ストーカーなんでしょ!?じゃない!ストーカーだ!」

 自分のアイデンティティーに疑問を持たれていたことに腹を立てた男は少女に駆け寄ろうと走り出した。

 最早四肢のうち片足しか動かせない為、走り方はとても独創的だ。

「いや!来ないで!やだーー!!」

 あまりの恐怖にしゃがみこんでしまう少女。

 そしてそれを飛び越えてしまう男。

 スナイパーに背中を撃ち抜かれたというのもあったと思うが、それよりもきっと低いものは飛び越えてしまわなければならないという習性があったのだろう。

 少女の先には崖があった。

 当然男はそのまま崖から落ちていく。

 だが、恐怖はない。

 何故ならこの下にはマシュマロが敷いてあるからだ。

 こんなときのために用意しておいて良かった。

 事前準備は本当に大事なのだ。

 しかし・・・

 男はまた振り出しに戻ってしまうことに悔しい想いを募らせる。

 次こそはちゃんと伝えなければ。

 一生。

 死ぬまで。

 死んでも側にいると。

 だが、男の気持ちは絶対に届くことはないだろう。

 何故ならこの後、運良くマシュマロで生き残った男は、先程のヒグマの遊び相手として一生を終わらせるのだから・・・

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