28 黒文様を持つ者①
バルコニーでアレク様と一緒に赤くなる私に背後から声をかけられた。
「あ、ここにいたんですね!」
振りかえると、バルコニーの入り口でフィン様とフィン様によく似た銀髪の青年がにこやかに微笑んでいる。
たしか、この方はさっき第四王子殿下と紹介されていた方だわ。
「ようこそ、エステル! やっと見つけましたよ」
私に駆けよるフィン様を見て、背の高い銀髪青年が眉をひそめた。
「こらフィン。お前が聖女様に会えて嬉しいのはわかるが、それではフリーベイン公爵に失礼だぞ」
「あっ、公爵もようこそ!」
あわててアレク様にも挨拶をしたフィン様は、隣の青年を紹介してくれた。
「こちらは僕の兄でこの国の第四王子です」
「ギルだ」
アレク様が「カーニャ国の第四王子ギル殿下、第六王子フィン殿下にご挨拶を申し上げます」と頭を下げたので、私も淑女の礼(カーテシー)をとる。
たくさん練習したおかげで、ふらつかずにできたわ。
ギル殿下は「弟が迷惑をかけていないだろうか?」とアレク様に尋ねた。
「フィン殿下には、とてもよくしていただいています」
その言葉にフィン様は「ね? 僕はきちんと役目を果たしていますよ」と胸を張る。
「本当かぁ?」
「もう兄様、信じてよ!」
ハハハと笑うギル殿下と、不満そうな顔をしているフィン様はとても仲が良さそうだった。
いつもはしっかりしている印象のフィン様なのに、ギル殿下の前では年相応に見えてなんだか可愛い。
フィン様の頭をポンポンとなでてからギル殿下はアレク様を振り返った。
「ところで、公爵は肌に黒いアザがある者を探しているとか?」
「兄様、アザじゃなくて黒文様です」
「そうそう、その黒文様を持つ者だが、先日捕らえた不審者の身体にあってな」
フィン様は「兄様は、カーニャ国の防衛を任されているんですよ」と得意げに教えてくれた。
アレク様が「その者に会わせていただけますか?」と尋ねるとギル殿下はうなずく。
「そういうと思ってな。今日、別室に連れてきている。私としても少し気になることがある」
「気になること、とは?」
ギル殿下は腕を組んで思案するような表情を浮かべた。
「その不審者が、自分はゼルセラ神聖国の第三王子だと言っていてな。第三王子と言えばオグマート殿だろう?」
私とアレク様は予想外な名前を聞いて、思わず顔を見合わせた。
ギル殿下の話では、ゼルセラ神聖国を訪問したときにオグマート殿下には会ったことがあるが、顔まで覚えていないらしい。
「不審者のたわごとだと思うが、黒文様のこともある。念のため公爵にはその者に会ってほしい」
「わかりました」
フィン様が「エステルも一緒に来ますよね?」と笑顔で話しかけてくれる。私が何か言う前にアレク様が答えた。
「エステルは行きません。大切な婚約者を不審者に会わせたくないです」
「そっか、そうですね! では、エステルには別室を用意しますね。一人でここに残ったら大変なことになると思いますので」
先ほどから遠巻きに見ている貴族たちから痛いほど視線が刺さっている。それだけではなく、「聖女様だ」「本物の聖女様よ」というささやきがずっと聞こえてきていた。
フィン様の言う通り、ここに一人で残ると大変なことになりそう。
「お言葉に甘えます」
別室に案内してもらった私をアレク様はとても心配してくれた。
「エステル、一人で大丈夫か?」
「はい、フィン様が扉の前に二人も護衛をつけてくださったから大丈夫ですよ」
室内を見回すアレク様。
「カーテンが開いている。閉めておいたほうがいいのでは?」
その言葉にはギル殿下が答えた。
「ああ、そうだな。今日は舞踏会だから客が外から王宮を見たときに、王宮全体が明るく見えるようにわざとすべての部屋のカーテンを開けているんだ」
なるほど。だから、王宮が闇夜に浮かび上がるように見えたのね。
ギル殿下の指示で、護衛騎士がカーテンを閉めた。
「公爵、これで安心したか?」
「はい。……エステル、できるだけ早く戻る」
心配そうなアレク様に笑顔で手を振ると、私はその場に残った二人の護衛騎士に「よろしくお願いします」と声をかけた。
いつものように、護衛騎士のキリアが側にいてくれたら安心だったんだけど……。
王宮内には、武器の持ち込みや護衛騎士を伴うことを禁止されている。なので、キリアは王宮内に入れない。
私は広い部屋の中で一人、ソファーに座って時間を潰した。
室内の装飾品に見惚れていると、どこからかコツンと音がする。私がキョロキョロしていると、またコツン。
窓のほうから?
カーテンを閉めているので外は見えない。
私はソファーから立ち上がると、念のため護衛騎士が控えている扉のほうにあとずさった。
ドアノブに手をかけた瞬間、ガシャンと窓が割れる音がする。
訳がわからず悲鳴を上げると部屋にあわてて護衛騎士たちが入ってきた。
「聖女様、どうされましたか!?」
「きゅ、急に窓が割れて!」
護衛騎士たちはそろって腰の剣を抜いた。一人は窓に近づき、もう一人は私を背後に隠す。
「だれかいるのか!?」
返事はない。護衛騎士はカーテンをつかむと勢いよく開けた。そこにはだれもいない。でも、割れた窓の破片が室内側へ落ちている。
「外から割られています。まだ近くにいるかもしれません」
護衛騎士が窓を開け放ちバルコニーに出た瞬間、その護衛騎士に黒い影が飛びかかった。
「うわっ!?」
あっという間に護衛騎士は、自分が持っていたはずの剣を不審者に奪われて、首元に突きつけられている。
私を背後に隠すように守ってくれていた護衛騎士が「聖女様、お逃げください!」と叫んだ。弾かれるように部屋から出ようとした私を冷たい声が呼び止める。
「エステル。逃げたらコイツを殺すぞ」
思わず足を止めた私に、剣を突き付けられた護衛騎士は「お逃げください!」と叫ぶ。
その様子をフンッと鼻で笑った不審者は、ためらいもなく護衛騎士を切りつけた。切りつけられた個所を押さえながら護衛騎士は苦痛に顔を歪めている。
もう一人の護衛騎士が不審者に切りかかったが、剣で弾かれて逆に切り捨てられた。
その場にうずくまった護衛騎士を、フードを深くかぶった不審者が見下ろしている。
「仲間を助けようとでも思ったのか? そんな腕前で?」
不審者は護衛騎士のマントで刃についた血をふき取ったあと、私に向き直った。
「私と一緒に来るんだ。お前が逃げたら、こいつらを殺す」
フードで顔は見えない。そういえば、アレク様と街に言ったときに、フードを被った人が私にふれようとしていたと言っていた。
もしかして、目の前の人物があのときの人なの?
不審者の足元でうずくまる護衛騎士たちは、まだ息がある。早く手当てをしなければ。でも、どうやって?
私は聖女と言われているけど、邪気の浄化はできても治癒の力は持っていない。聖女はあくまで邪気や魔物に対抗できる存在だから。
「そうおびえるな。エステル」
私に近づいて来た不審者はフードを下ろした。
金髪に青い瞳、そして驚くほど整った顔立ち。肌は日に焼けて雰囲気は変わっているけど、私はこの顔に見覚えがあった。
――醜い姿だな。
嫌悪を隠さない瞳に、吐き捨てるような侮蔑の言葉が脳裏をよぎる。
「……オグマート、殿下?」
おそるおそるその名前を呼ぶと、オグマート殿下の口元がニヤリと上がる。
「ようやく会えたな、エステル」
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