サイコちっくな本部長の偏愛事情

蓮条

1章 人生の分岐点は夢に挫折した時

お出まし

 

 とある男が午前八時十五分にエレベーターを降りると、一瞬で辺りの空気が凍り付く。カツカツカツッと小気味いい靴音を奏でながら、男は羽田空港内にあるコントロールセンター(運航に必要なら情報を管理する部署)へと向かっている。


(わぁ~、今日もカッコ良すぎるぅ~~)

(ホント、あんなハイスぺ男を連れて歩きたぁ〜い)

(何バカなこと言ってんだっ!目合わせたら視殺されるぞっ)


 男に聞こえぬように声を潜めて呟く社員たち。

 

 男は上質な生地であつらえた三つ揃えのスーツを身に纏い、緩くアレンジされた髪はふわりと揺れ、軽く結ばれた薄い唇は色気があり、思わず見惚れてしまうほどの美貌の持ち主。

 三年前に、日本最大手の航空会社 全日本スカイジェット航空(略:ASJ)戦略企画部 本部長に就任した財前ざいぜん かおる( 三十二歳)。航空大学校を首席で卒業した筋金入り。

 しかも、この全日本スカイジェット航空は代々財前家が経営している為、文句なしの御曹司である。


 この財前には『人間ドミノ倒し』の術でも搭載されているのか、次々と社員が平伏してお出迎え。何事もなく過ぎ去ってくれれば、御の字。

 出勤して来たばかりのグランドスタッフ(空港で接客業務をする人)の前を財前が通り過ぎ、そのスタッフが『はぁ~』と安堵の溜息を吐いた次の瞬間、財前の足がピタリと止まった。一瞬でその場の空気が凍り付く。


 財前の足は巻き戻すように後退あとずさりし、再び停止した。

そして、からくり人形のようにゆっくりと振り返り、強張るグランドスタッフのネームプレートに視線を落とした。


「杉……村、茜さん?」

「……は、はいっ」


 財前は首からぶら下げているネームプレートを読み上げる。

そして、自身のジャケットの胸ポケットから三色ボールペンを引き抜き、杉村の胸ポケットにそれを挿し、彼女の胸ポケットにある二色ボールペンを無言で引き抜いた。


「も、申し訳っありませんッ」

「仕事でミスしたら許さないぞ」

「はいっ」

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