大切な、ともだち。
衣都葉雫
前編
高校一年生の
ろう学校の中等部を卒業後、自分の興味のあることが学べる普通科の公立高校へ受験し進学した。ろう学校の先生には、『普通』の学校へ行くのを止められたがその高校に行きたい気持ちは止められなかった。
しかし成長していくにつれて発音の仕方を忘れ、入学してから上手く喋ることが出来ず、補聴器を取られて隠されたり、居ないもののように扱われたり、ボブの長さの薄茶の髪を引っ張られるなどのいじめを受けていた。
穂乃香をいじめていない子も自分に矛先が向いていじめられるのが怖くて、なかなかいじめっ子を注意することが出来なかった。
だから、穂乃香には友達と呼べる人がいなかった。
元々大人しめの性格の穂乃香は次第に自分への自信をなくし、塞ぎ込むようになった。
そんな高校生活が続き、夏の陽気が残る9月のとある週末、図書館からの帰り道に近道で公園を通った穂乃香。
水を欲しがるように伸びた雑草や花々。花壇にも脇役の植物が主役以上に自己主張していた。
その花壇の奥に薄紫色の三角形がぴょこっと出ている。
────花?…にしてはもふもふしてる……
穂乃香は気になって傍に行き、反対側を覗いた。
そこには顔を
服を着ていて人間かとも思ったが、その女の子にはふわふわの薄紫色の耳としっぽが生えていて、肩くらいまである薄紫色の髪は毛先になるにつれて桃色になっており、くるくるとカールしている。
見たことの無い生き物に思考が止まる穂乃香。周りを見渡すも、まだ暑い夏の日、外に出かけている人は少ないのか誰もいない。
話しかけようか迷ったが、恐る恐るその肩へ手を伸ばす。
トントン。
「ぴぎゃッッッ!!」
不思議な女の子がびっくりした様子でまん丸の目をこちらに向ける。
穂乃香も反動で肩を震わせる。
穂乃香は動揺しながらも、近くに落ちていた木の枝を拾い上げ地面に『だいじょうぶ?』と彫った。
その女の子は彼女を見て、慌てて耳を手で隠した。
地面に彫られた文字を読み、こくりと頷いて「ありがとう」と言った。
穂乃香は女の子の口の動きを見て、何を言われたか解った。
女の子は耳を隠そうと慌てていたので、穂乃香は自分が被っていたカンカン帽を貸してあげた。
穂乃香と泣き止んだ女の子はブランコに座って話した。
穂乃香が女の子の方を向くと、その子は早口で喋ったので、穂乃香が『待って待って』とジェスチャーした後、地面に『私、耳、きこえない』と書いて女の子の方を向いた。
女の子は少し驚いた顔を見せ、地面に『どうやったら言葉伝わる?』と書いて首を傾げる。
『ゆっくり話してくれたら口の形でわかる』と穂乃香が書いた文字を読んで、ゆっくりとその女の子は意を決した様子で言った。
「私の名前は
美琴がブランコからぴょんと飛び降りると、穂乃香が瞬きひとつする間に薄紫色のキツネに変化した。
四足歩行で耳がピンと立った立派な獣。
それから美琴はまたブランコに飛び乗って、一瞬で人間の姿に戻った。
穂乃香がキラキラした目で拍手をする。
美琴は「怖くないの?……気持ち悪いとか思わないの……?」と言ったので、穂乃香は『そんなこと思わないよ。かわいいよ』と書いた。
耳を曲げて照れる美琴。
穂乃香は公園の時計を見て『もう帰らなきゃ』と書く。
「行くとこないからついて行く!」と美琴。
『どうやって?』というジェスチャーをすると、穂乃香が肩から提げているトートバッグを指さして「それ開いて広げて」と言った。
穂乃香が戸惑いながらバッグを広げると、美琴は「とりゃっ」とバッグ目掛けてジャンプした。
驚くと同時に美琴はボフュンと一瞬で狐の姿になり、バッグの中に飛び込んだ。
─────バッグの中に図書館で借りた本入ってる……!
穂乃香が注意する前にキツネ姿の美琴が本の背表紙に激突する方が早かった。
「痛ッ……!?」
頭で倒立するようなポーズで固まる美琴。
かける言葉を探す穂乃香。
数秒後にもぞもぞと動き、本の隙間に潜り込んだ美琴はバッグの中から「準備オッケー!」と笑顔を見せた。
• • •
帰宅後、1階のリビングを通り過ぎてすぐに2階の自分の部屋に行き、バッグから美琴を取り出すと、美琴は人間の姿に変化し背伸びをした。
その日の日中、美琴はずっと穂乃香の家族に気づかれないように2階の穂乃香の部屋を探検していた。
夜、穂乃香が寝る準備をしていたとき、ふと紙に書いて訊いてみた。
『どうして美琴はあの場所で泣いていたの…?』
美琴の瞳が一瞬揺らいだ。
「この場所の近くにちょっとした森があるでしょう?そこで家族と住んでたんだけど、ちょっと喧嘩しちゃって…
美琴は自分のふさふさの尾を撫でながら言った。
近くに森があるのは知っているが、そこでの薄紫色の狐の目撃情報はない。
森には鬱蒼と茂る木々と狐を祀る小さな神社があるくらいだ。
穂乃香は紙に『帰らなくていいの…?』と書いて見せる。
「いいよ、そっちの方が家族に悲しい思いさせないだろうし、もういいの」と言う美琴はどこか悲しそうに見えた。
家出したままの方が悲しむんじゃないのかなとも思ったが、美琴はそれ以上訊かれたくはないようだった。
二人は人間と狐それぞれの生活について雑談をして仲良くなっていった。お互い孤独を感じている部分があるからか仲が深まるのにそう時間は掛からなかった。
その晩はベッドに穂乃香と狐姿の美琴で寝て夜を明かした。
翌日、穂乃香はいつものように制服を着て身支度を済まし、美琴に『行ってきます』の紙を見せると「私もついていく!」と駄々をこね始めた。
いじめられている様子を見られたくない穂乃香は
暫く美琴は口を尖らせていたが、諦めて「分かったよ…」と肩を落とした。
諦めの悪い美琴は、穂乃香が行った後にそっと窓から出て彼女の後を追った。
美琴は学校に忍び込んだ後、見つからないように教室の窓から覗き見ていたが途中、近所の野良猫に「フシャー!」と威嚇されて慌てふためいたときは先生にあとちょっとで気付かれそうになった。
・ ・ ・
放課後、帰ろうとする穂乃香に美琴がもう少しで声をかけそうになったとき、穂乃香の頭にゴミが降り注がれた。
手を叩いて笑っている人、ゴミ箱を穂乃香の頭上で逆さにしている人、その様子を同じ
美琴は目の前で起きていることが信じられなかった。
穂乃香を心の中で心配しているが彼女は唇を噛み締めて、ただひたすら耐えていた。
抵抗すればいいのに、相手の目を見て「やめて」と言えばいいのに—————。
………もしかして“やめて”が言えない…?
穂乃香を虐めて笑っている人を見て、美琴に燃えるような怒りが込み上げてきた。
美琴は急いで先に穂乃香の2階の部屋に帰り、解決方法はないか考えた。
“穂乃香は上手く喋れなくて他の人に助けを呼べないのでは…?”と思った美琴は彼女が話せるようにトレーニングすることを思いついた。
穂乃香が帰ってくると、美琴は今日いじめを見てしまったことを正直に話し、トレーニングをしようと提案した。
穂乃香の長いまつ毛が不安そうに揺れる。
すっと勉強机の引き出しに手を伸ばし、何かを取り出して耳にはめる。
「あいあおう(ありがとう)」
照れながら穂乃香が言う。耳に付けたのは補聴器のようだった。
美琴は彼女が何となく話せる事実より、初めて聴いた穂乃果の声が、思っていたよりも可愛い声をしていたことの方に驚いた。
「えっ⁉︎すごい、すごいよ!」
藤色の耳と尾を無意識にピクピク動かして興奮する美琴。
『生まれつきじゃなくて小さい頃に病気で聞こえなくなったから、音は分かってるつもり』と書いた紙を穂乃香は見せた。
・ ・ ・
それから1週間、穂乃香は喉に触れて振動を確かめながらはっきり言葉を言えるように二人三脚で猛特訓し、日本語を正確に言えるようになった。
しっかりと2人で発音テストをした次の日、美琴に「頑張れ!」と背中を押され、穂乃香は玄関の扉を開けた。
クリアに発音出来るまで何度も練習したことで自信が持てた。
放課後、いつものいじめっ子が近づいて穂乃香の通学鞄を奪おうとしたとき、勇気を振り絞って覚悟を決め「やめて!!」と叫んだ。
思ってたよりも声が出て廊下まで反響し、急に穂乃香が叫んだことでいじめっ子たちは怯んだ。
「え、なになに。急に反抗……??
ハハハッ、あんたが私らに
リーダー格の女子が塵を見るような目でほのかを蔑んだ。
鼻笑いをし、穂乃香の制服の
机にぶつかって転けた勢いで片耳の補聴器が落ちる。
「あっ」
メンバーの一人がそれを素早く拾い上げ踏み潰そうとしたその時、誰かが
「もうやめてよ!」
と言った声が教室中に響き渡った。
いじめっ子グループが一斉に教室のドアの方を振り返る。
ドア付近に、穂乃香がまだ話したことのない同じクラスの大人しめの子が立っていた。
その子は手が震えていたが、「今までのいじめも今日のことも録画した動画、先生方に見せたから。」とスマホをかざして言い放つ。
後ろから担任や校長先生までが現れた。
流石にまずいと思ったのか、いじめっ子メンバーは「行こ」と自分達の鞄を乱暴に掴み、
「面倒くさい事しやがって」
と吐き捨て、反対側のドアから教室を出ていった。
「おいちょっと君たち止まりなさい!」
校長先生や学年主任の先生がいじめっ子たちを追いかける。
「大丈夫、立てる…?」
と手を差し伸べてくれたその大人しめの子、
「え?なんで謝るの、あの人たちを追い払ってくれたじゃない」
「私、
紬がぽろぽろと目から雫を落とし始めた。
「でも、追い払って助けてくれて嬉しかったよ」と穂乃香が慌てて言う。
「橘さんが勇気をだしてやめてって言ったから、私も頑張れたの。良かった、ちゃんと言えた」
紬は涙を吹いて安心したように笑った。
・ ・ ・
その日、穂乃香は紬と一緒に帰った。
驚いたことに紬は穂乃香の家から数分の距離のところに住んでいた。
「明日、一緒に学校行きませんかっ」
穂乃香が提案すると、紬は満面の笑みで
「もちろん!一緒に行こっ」と言ってくれた。
穂乃香が勇気を出したことで、穂乃香が自分に自信を持てたことで友達が出来た。
穂乃香は美琴にお礼を言わなくちゃと思い、帰って直ぐに2階への階段を駆け上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます