光を目指して

竹氏

光を目指して

どれほどの時間が経っただろうか。上も下も、右も左もわからないまま私たちはこの暗く、狭い管の中を漂っている。管は生暖かく、伸縮性があり、密着しているのもの少し身体を動かすことができた。しかしそんなことに意味があるとは思えなかった。この暗闇の中で私は永遠に漂い続け、いつか自分たちが何者であったのかすら忘れてしまうのかもしれない。


ただ、時間が過ぎ去るのを待っていると暗闇の中で己の身体が少しずつ動いているのがわかった。自分で動いているのではない、何かに動かされている。触覚に意識を集中させるともぞもぞと細かい何かがしきりに私たちの身体に触れている。

正体を探ろうと身をよじりながら身体中を触れ回る何かに身体を擦り付けるとなんとなく形はわかった。小さな無数の毛だ。触手と言ったほうが正しいか。管から生えたともかく、短く、細い無数の何かが私たちの身体をどこかへと連れていっているのだ。


一体どこへ?


いや、そんなことを考えても仕方ないか。ここが終着点なのだ。私たちの旅の終着点。


思えばこの旅はとても過酷なものだった。

始まりは何だったか、もう覚えていない。ただ一番古い記憶では私は少しねとっとした水溜まりができた広い円形の広場にいた。周りには様々な仲間たちもいた。

それ以前の記憶はないが今度は何が起こるんだと酷く怯えていたことだけは記憶に残っている。周りの仲間たちも同様に怯えた様子だった。

その怯えが的中したのか、広場が徐々に熱をもち始めた。正確には地面が急激に熱くなった。

熱さから逃れようと皆が必死で跳び跳ねていると空が巨大な板で覆われてしまった。逃げられないことを理解し絶望する者、それでも逃げ出そうと必死で空を掴もうとする者。


結果はどちらも同じだった。

徐々に熱によって身体は変色し、焦げていく。空が再び覗いた頃には跳び跳ねている者はいなかった。

皆、死んでしまったように変色し、あるものは固くなり、あるものはクタっとし、広場に横たわっている。


しばらくするとまた別の広場に移され、今度は洞窟に放り込まれていった。その洞窟は湿っており、液体はねばっと粘性を帯びている。抵抗する気力も失い、ただ洞窟の中でボーッとしていると洞窟が蠢き出した。


グチャ


おぞましい音が鳴った。恐る恐る音の方向を見る。

大きく、分厚く、それでいて不格好な白いギロチンが仲間を磨り潰していく。その光景に圧倒され、ただひれ伏すしかなかった。できる限り頭を低くし、見つかりませんようにと祈る。しかしそんな祈りは儚く散った。突然、地面が蠢き出し、ギロチンの方へと連れていかれる。仲間と共に断頭台へ並べられ、上から分厚く、不揃いなギロチンが降ってきた。身体は押し潰され、断頭台からはみ出た部分はちぎれ落ちた。一度だけでは飽きたらないようで何度も何度も押し潰され、仲間とともにグチャグチャになっていく。

満足したのか私たちは断頭台から退かされ、暗い洞窟のさらに奥へと誘われていった。


狭い通路を通っていくと、突然、開けた空間に出たようで自分の身体が落ちていくのがわかる。

ちゃぽんという音とともに液体に触れ、身体中に痺れを覚えた。どうやら大きな池に落ちたようだ。皆も同じ場所に辿り着くようで、上から降ってくるのが「ぽちゃぽちゃ」という音となって伝わってきた。

段々と痺れが強くなってくる。明かりが一切ないせいでなにも見えないが身体に小さな泡がまとわりついているのがわかる。

段々と液体に浸かっている部分が熱くなってきた。熱い、痛い。熱くて痛くて、痺れて。泡がどんどん纏わりつく。自分の身体が溶けて泡になって消えていく。

自身の身体が小さくなっていく感覚を覚えながら私は池の底へと吸い込まれていった。


気がついたときには既に私たちはこの狭く、暗く、生暖かい管にいた。

私たちは一体何者で、元々どんな姿をしていたのか、今はもう思い出せない。思い出す必要もないのだろう。


思い返す記憶も底をつき、何気なしに狭い空間の中で寝返りをうつと妙な違和感があった。身体が軽い。管が広くなったのかとも思ったが周りを見ても広さが変わった様子はない。ただ肉壁から生えた短い触手が蠢いているだけ。触手が私たちの身体に絡み付いて......。

身体から離れる触手を見ると、先端に何かがついていた。そしてその何かを肉壁へと持っていき、採取した何かは壁に吸い込まれていく。壁に採取物を渡した触手は再び私たちの身体に触れて私たちの欠片をちぎりとった。


私たちの身体が奪われていく。


私たちがなくなる。


今までは私たちの存在そのものが消えてしまうことなんてなかった。身体を裁断されようと、熱に炙られようと、磨り潰されてグチャグチャになろうと消えてしまうことはなかった。だが、今度は自分が完全になくなってしまうかもしれない。


いやだ。


なくなった筈の気力を絞り出し、身体を乱暴に振り回す。わがままを貫く子供のようで滑稽な姿。だがこのようにみっともないあがきが天に伝わったのか突如、管全体が大きく動き出した。

周りを見渡すとある一点だけ景色がちがう。


光だ。


遠く、小さいが確かに光だ。希望というにはあまりにも頼りなく、今にも消えてしまいそうな小さな光。

だが、それでも他に光のない私たちにとっては紛れもなく希望の光だ。


私たちは突き進む。あの光を目指して。


肉壁は短い触手をくねらせながら私たちに纏わりついてくる。身体が触れる度に触手は私たちの身体を吸収していった。

私たちの身体がみるみるうちにまわりの壁へと吸い込まれていく。

消えてたまるか。

消えるまでになんとしてでも外に這い出てやる。

タイムリミットが迫る中、私たちは歩みを早めた。


身体をくねらせ、暗い管を進んでいく。無理矢理に動いているせいか、私たちの身体は肉壁に擦り付けられ、その度にぞりぞりと削れていく。だが一度見えた光以外はどうでもよく思え、己の身体が減っていくことを意に介さず、この暗く、生暖かい管を這いずり回った。


ついに光が目の前になった。近づいても光は小さい。だがそれでも。


私たちは身体を光に押し付け、短い触手の力を借りながら光の向こう側へと力を込めた。


光の先へと徐々に身体を捻り出す。ゴリゴリと身体が削れていく感覚が身体中に響き渡る。光は先程通っていた管よりもさらに狭く、強引に身体を押し付けなければ出ることはできなかった。どんどん身体をすり減らしながらついに、私たちは光に包まれた。


ちゃぽん


光に包まれたと思ったその刹那、今度は冷たい液体に包まれた。池にでも落ちたのだろうか。必死で水面から顔をだし、プカプカと浮かび上がると今度は白く、薄いものが私に被さってきた。見ると先程削れたはずの私たちの身体の一部が付いている。そうして眺めていた白く、薄いものは液体に触れると透明になり、最後には溶けてなくなってしまった。一瞬、酸の池を思い出し、もしかすると私たちもこうなってしまうのではと身震いする。しかし身体が溶けだす様子はなく、少なくともすぐにどうにかなるということはなさそうだ。ひとまずは安堵し、周囲を確認する。どうやら楕円形の池に落ちたようだ。池の周囲は傾斜のある白い壁が囲んでおり、上を見るとネズミ返しがついている。


ジャー


突如、耳をつんざくような轟音と共に池に強烈な水流が押し寄せてきた。水流は渦となり、池の底へと全てを吸い込んでいく。


いやだ。やっと出れたのに。やっと、光に触れられたのに。


自身が必死に這い出てきた逆さ向きの肉山を見上げながら私は再び、暗く狭く、しかし先程よりも冷たいトンネルに吸い込まれていった。


「何だよぉお、もおおお!またかよぉおぉぉおおおお!!」


私たちの悲痛な叫びは音姫によって書き消された


これは私たちが光を目指して尻から這い出た話。

そして下水管を脱出する話。



続きません。



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