クリスタルノ恋人タチ

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序章

東京、午前三時頃、霧雨が静かに降り始め、その後すぐに止んだ。雨は空気中に湿気を広げ、今の東京の気温と相まって、藤井皐月に不快感を与えた。湿気が漂う中、微かな寒気が空気に溶け込み、雨上がりの土の香りがほのかに香る。その香りは、彼の心にも微妙な重さを感じさせた。


もうすぐ四時だが、まだ太陽は昇っていない。もちろん、雨が降っていなければ、この時間には街中で多くの人に出会うだろう。


彼はそう考えながら歩いていた。


「待って、今、何を考えていたんだろう?」


「ああ、そうだ。記憶というものが本当に不思議だなと思っていたんだ。生活の中で偶然起こる些細なことはしっかり覚えているのに、本当に覚えたいことは忘れてしまう。」


「なぜこんなことを考えていたんだろう?」


彼は自分が忘れてしまった記憶を思い出そうと続けたが、それは薄い霧に包まれているようで、ぼんやりと断片的にしか見えなかった。


「まあ、どうでもいいことかもしれない。」


彼は考えるのを諦め、周りを見渡した。


その時、酔っ払った男が路地から出てきて、よろよろと彼の前に現れた。男は四十歳くらいに見え、白いシャツを着て、顔は真っ赤だった。


彼は目の前に誰かがいるのを見て、一旦立ち止まった。


「失礼ですが、私を家まで送っていただけませんか?」


その文語調の口調と、見知らぬ人に直接助けを求める姿に、藤井は少し奇妙な気持ちを抱いた。


「家はここから遠くないですが...」彼が返事をしないと、男は手を振りながら続けた。「道端で寝てしまうのは礼儀正しくありませんから。朝早く出てきた人たちに軽蔑されるかもしれません…まあ、珍しいことではないが。」


話の内容は流暢だったが、言葉は途切れ途切れで、はっきりしない。


「どうすればいいですか?」藤井は少し迷った後、答えた。


「手を貸してくれれば大丈夫です。自分で帰る道はわかっていますから。」男は自分の腕を差し出し、藤井はそれを支えた。


「ありがとうございます。」藤井の腕から伝わる温かさを感じて、男はお礼を言った。


「あ、まだ名前を教えていませんでしたね。私の名前は渡辺です。」


彼の歩き方はふらふらしていて、何度も意識を失いそうになりながら、どこかに倒れそうになった。藤井は彼が道端に倒れないように必死に引き止めた。


この状態で、酔っ払った男が藤井と会話を続けるのは不思議だった。


「藤井です。」


「藤井さん?藤井さん、罪悪とは何か知っていますか?」男は突然自問自答を始めた。「貧困は罪悪ではないし、飲酒も罪悪ではありません。ただ、はっきりしているのは...明らかに間違っていると知りながら、それを続けることです...」


彼は話しながら、静かにすすり泣き始めた。


「渡辺さんがこんなに遅くまで飲んでいたのも家族のためでしょう。」藤井が慰めの言葉をかけた。


「家族?」


その言葉を聞いた彼は再び笑い、泣きながら笑った。


「藤井さん、私がただ飲んでいるだけだと気づかなかったのですか?」


彼は久しぶりに誰かと話しているようで、一気に多くのことを話した。


「そうですね、すべてが終わってしまいました...どれくらい前のことかもわからないけど、まるで昨日のようです。」


「娘に対して申し訳ないと思っています。彼女はとても可愛い子ですが、私のために多くのものを諦めなければならなくなりました...彼女はまだ高校一年生なのに、まるで二十二歳のように生きています。」


「なぜ働かないのですか?」


「働きたくないわけではありません。生活は本来ひどくはなかったのです。ほとんどを失ったとしても、最初からひどくはなかったのです...でも私は堕落してしまいました。」


彼は突然歩みを止め、藤井に向かって叫んだ。


「殴ってくれ、藤井さん。これで少しでも気持ちが軽くなるかもしれません...」


「いいえ、そんなことはしません。早く家に送るだけです。」


藤井は彼がただの狂人であることを理解し、これ以上その狂人と話すつもりはなく、早く家に送り届けることを考えた。


「知っていますか?今日の飲み代は娘から盗んだお金です...貯金はもうなくなって、飲み代だけで数千円です...私はそれを知っていますから、一晩中パチンコをしていました。パチンコを知っていますか?」


「うん...」


「それでも殴らないのですか?」彼はまた泣きながら続けた。「どうやら本当に...どうやって彼女に向き合うべきかわからないのです。先生、私は帰る前に眠ってしまうでしょうか?」


「...それなら、ゆっくり歩けばいいです。」


「それは不要です。私は彼女の失望と無力感をすでに見てしまったから...その時、私は寝たふりをしていたのです。彼女はもうそれを知っているかもしれませんが、それはどうでもよくなりました。」


「彼女が私を殴ると思いますか?以前は殴られたことはありませんが。」


「わかりません。」


「本当に無口な人ですね...今、私を可哀想に思っていますか?それとも、彼女を可哀想に思っていますか?」


「...」


「前の交差点を左に曲がった二軒目が我が家です。上に『渡辺』と書いてあります...私はどんどん暑くなってきて、頭がくらくらしてきました。」


彼の声が大きくなり、しかし震えた口調で不安を感じさせる。


「わかりました。」


藤井は言い終えると、渡辺さんは彼に寄りかかり、目を閉じた。


彼らは交差点を曲がり、街の終わりに向かって歩いた。もうすぐ五時になり、空がわずかに明るくなり始めた。


「着きました。」藤井は寄りかかる人に告げた。


「お願いです、玄関のベルを押してください。」彼は目を閉じたままで、かすかな声で言った。「私は少し迷ってから出ますので。」


チャイムの音が響く...


藤井がベルを押した。


この家の防音はあまり良くなく、藤井はすぐに家の中から歩く音を聞いた。


カチャ...


渡辺は開ける音を聞いた。


彼は目を閉じたまま、よろよろと家の中に入っていった。しばらくすると、ドンという音が聞こえ、酔っ払って倒れたようだった。


「...」


藤井は彼女を見るのはこれが初めてだった。彼女は清楚で、細身の体型をしていた。


その後の長い時間、彼は彼女の具体的な顔立ちを思い出せなかった。しかし、今夜の記憶がよみがえるたびに、彼の心にはこの突然の美しさが押し寄せた。


家の外の白い光が彼女をまるで光の輪で囲まれているように照らしていた。特に彼女の首筋が言葉では表せないほどの優美な曲線を描いていて、その光の中で忘れがたい印象を残していた...


彼女の全身はぼんやりと照らされており、そのために彼は彼女の具体的な顔立ちを思い出せなかった。


どうやって彼女に迷いながらも愛慕の気持ちを伝えるべきか。


彼女はドレスを着て、昨夜寝ていなかったように見えた。もしくは、起きたばかりで出かけようとしているのかもしれない。


「人間のクズ。」彼女は突然言った。


これが彼女の初めての言葉だった。


「?」


「居酒屋から来たんでしょう、彼と一緒に。彼と一緒に飲んでいたの?」彼女は平淡な口調で述べた。


先ほど雨が降ったばかりで、湿った空気と突如として襲ってきた冷たい風が彼に震えをもたらした。


「早く行ってください。後で出てきますので、まだここにいたら容赦しませんから。」


彼女はそう言い残して家の中に戻り、しかしドアを閉めなかった。しばらくして、家の中から議論の声が聞こえてきた...いや、彼女の問い詰める声だけが...


藤井は閉じられないドアを見て、中に入った。


「お金はどこですか?」


「お金?話してよ?」


「恥ずかしくないの?毎晩飲みに出かけて、誰と話しているの?自分がどれほど可哀想か?それとも私がどれほど可哀想か?」


「アオイ...」


「...」


藤井は彼女に対する同情の感情を抱き、だが彼女の具体的な顔立ちを思い出さながった。


どうやって彼女に迷いながらも愛の気持ちを伝えるべきか。


彼は心が不安でいっぱいになり、口の中で彼女の名前を何度も呟いた...


部屋の中の会話の音が次第に小さくなり、対峙する時によくある沈黙に沈んでいった。


奇妙な静けさが続く中、藤井の心はますます不安になった。


彼はそろそろ帰らなければならないと感じた。


部屋の中でまた足音が聞こえた。


彼は慌てて振り返り、急いでポケットから千円札を取り出して、玄関の靴の横に置いた。


冷たい風が顔に当たり、藤井の感覚はぼんやりとし始めた。


彼は口の中で呟き続け、緊張と不安、混乱を感じる言葉を小さな声で繰り返していた。






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