時間遡行
若草八雲
犯行声明
我々は時間犯罪者である。
この度、我々は株式会社M'sDに関する重大な不正の証拠を獲得した。この証拠を公開されたくなければ、M'sDは速やかに事業を畳み、我々が指定する座標へ現代表者を引き渡せ。
我々は時間犯罪者であるが故に、君たちがどのような選択をするのかも手に取るようにわかる。しかし、それでは時間犯罪を行う意味が無い。そこで我々から君たちの時間への反旗の意思の表明、それとM'sDへの時間犯罪の証明として、ここにいくつかの秘密を公開しようと思う。
M'sD代表者、
我々は本気だ。要求への真摯な回答を待つ。我々の知らない真実を見せてくれることを期待する。
―――――――
あらゆる電子広告を乗っ取るかのように突然投稿された謎の声明。
株式会社M'sD。上場間近といわれる新興ゲーム会社の社長宛になされた時間犯罪者からの犯行予告。
広告を見かけた大勢の閲覧者は、「今度のゲームもタイムトラベルものか。ちょっとマンネリな展開じゃない?」と感想を残し、M'sD宛の犯行声明を無視した。
あらゆるウェブメディアが動画広告やポップアップ広告に侵されている現在。閲覧者たちは広告のことを邪魔と思うことはあれど、興味を持つことは皆無だ。加えて、内容はM'sDが設立当時から得意としてきた時間SF系の新作ゲームと思われる。代表者を名指しして現実と地続を思わせる手付きは新鮮だが、そもそもM'sDは2ヶ月前にコンシューマ機向けの時間旅行SFゲームを発売したばかり。
プレイヤーの多くはまだこの新作ゲームに関心を寄せているのに、同種のゲームを公開しても客はつかない。
新規客層を掴むにも、既存客層にアピールするにもどうにも中途半端なウェブ広告。
それが、公開初日の犯行声明への一般的な評価だった。
ところが、公開から三日。問題は閲覧者ではなく広告主らの苦情の形で持ち上がってきた。
数日間、全てのウェブ広告がM'sD新作ゲームの広告に埋め尽くされている。広告料を支払っているのに表示されないのはどういうことなのか。
問合せを受けた側の広告会社は疑問を返すしかなかった。トラッキングシステムを利用している広告なら、ユーザーの検索結果などに寄せて広告の表示に偏りがでるのは当然であるし、固定で表示させている広告記事が勝手に切り替わることはない。
この返答に対して広告主らはあらゆる広告掲載メディアのスクリーンショットを送信し、広告会社のサポート窓口は情報過多で動けなくなった。
強固なサーバ、高速回線をいくら持っていても、大量の証拠画像を検証するには人間の目が必要になり、その人間には限界があったということらしい。
斯くして犯行声明から四日目。広告会社らは掲載許可をしていないM'sDの広告が大量に表示される、トラッキングシステムを搔い潜りM'sDの広告だけが表示されるという異常への対処に追われることになり、その苦情はM'sDにも届き、M'sD社広報部は出自不明の広告への問合せの波に直面することになった。
同日夕刻にリリースされたM'sD社の公式見解によれば、これらの広告は悪質なハッキング行為であり、M'sD社は一切関わりのない広告だという。M'sD社は既に警察へ被害を届けておりサイバー対策課による捜査が始まっている。加えて広告が掲載されてしまった各種メディアには対応が後手に回ったことを陳謝し、悪質な広告への対応につき協力体制を敷いたと述べた。
内閣官房長官の秘密の全裸パーティーの写真、銀行の顧客管理リストが表示されたPC画面、5年前に都内で起きた強盗殺人事件の犯行時写真etc.
その場にいなければ撮影できないはずの数々の写真が犯行声明広告のリンク先に掲載されたのはM'sD社による声明発表の僅か5分後の出来事だった。
――暮端刻数。我々は本気だ。
画像ページの最後に残されたメッセージに、閲覧者の何割かはひょっとすると時間犯罪者は現実にいるのかもしれないと疑いを持った。
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