第29話

「ここだ」

 ケイ達は中央コンピュータ室にいた。

「ここが研究所の中枢部……」

 ラウルが部屋の中央にあるコンソールに近づいていった。


「下手にいじるなよ。そこも備蓄庫と同じで間違ったパスワードを入れると殺されるからな」

「あ、うん」

 ラウルは慌てて下がった。


「ケイはパスワード知ってるんだよね」

「ああ。これからこの研究所の封印を解く」


 そのとき、

「動くな!」

 男の声がした。


「ケイ、ラウル……」

 ティアが男に捕まっていた。眉間に拳銃を突きつけられている。


 ミール!


 この前、クィエス研究所に連れて行け、と言った男だった。

 あれだけ注意してラウルが散々偵察に戻ったにもかかわらず、つけられていたのだ。


 あのとき倒した中にこの男はいなかったか?


 記憶になかった。

 わざわざあの男が死んだ男達に含まれているかどうかなんて確かめる必要もないと思っていた。


 失敗だった……。


「さぁ、この女の命が惜しければパスワードを教えろ」

 男が言った。

「知ってどうするのよ」

 ティアが気丈に言った。


「この研究所を破壊する」

「そんなことはさせないわ! ケイ! 言っちゃダメよ! ここは最後の希望なんだから」

「黙れ!」

 男はティアを殴り付けた。


「きゃ!」

 ティアが倒れる。

「ティア!」

 ケイはティアに駆け寄ろうとしたが男はすかさずティアに銃口を向けた。


 ケイは足を止めた。


 ティアに目を向けると、かすかに胸が上下している。息はある。

 気を失っただけのようだ。


「さぁ、言え!」

 ケイは拳を握りしめた。


 この研究所にはこの星の人間全ての命がかかっている。

 しかし、この星の人間全員の命よりもティア一人の方が大切だった。

 ティアの命には替えられない。


 仮にコンピュータの封印が解かれたとしても、すぐにどうこう出来ない。

 ここのコンピュータはミールの隊員がいじるようなものとは違う。


 素人が簡単に操作できるものではない。

 相手は一人だし、取り返すチャンスはあるはずだ。


 そう、一人なのだから……。


「全ての……人類の母……」

 ケイが言った瞬間、銃声が響いた。


 男が倒れる。


 ラウルが男を撃ったのだ。


「バカな男だ。余計なことを考えなければ生きていられたのに」

 ラウルが言う。


 そのままラウルは驚いているケイに銃口を向けた。


「ケイ、動かないで。この研究所は僕がもらう」

「ラウル……どういうことだ」

 ケイは信じられない思いでラウルを見た。


「なんでお前が……」

 ケイが声を上げた。


「ケイ、君は和実って学者の知識があるんだろう。だったらラウル・クライ・デートって名前に聞き覚えがあるんじゃないか? それとも、百年も前のコンピュータ科学者の名前なんか知らない?」

 ラウルが言った。


「百年前の……コンピュータ科学者? ラウル・C・デート博士?」

「良かった。名前は残ってたんだね。記憶が残されてるくらいだから当然か」


 記憶が残されてる?


「じゃあ、お前も……」

「そう、僕はスパイドにデートの記憶を埋め込まれ、名前さえ付けてもらえず記憶の持ち主と同じ名前で呼ばれてた」

 ラウルが悲しげに言った。


 記憶を移植されても元の人格の意識も記憶も残っている。

 だがラウルの本来の人格はスパイドに否定されてきたに違いない。


「君もそうだろう。和実の頭文字〝Kケイ〟」

 ラウルが言った。


 違う。

 ケイは祖父が尊敬していた科学者のケリー・ランドールという名前から取られたものだ。


 祖父――カイトの名字がダグラスだから、ケイの本名はケリー・ダグラスである。

 ミールにもその名前で登録されているからケリーの名は使えず、ケイと名乗っていたのだ。


 だが、そのことは黙っていた。

 それでラウルの孤独感が少しでも薄れるならそれでいい。


「でも、どうしてデート博士の記憶を……」

 戸惑っているのがケイ自身なのか和実の記憶なのか自分でも判断がつかなかった。


 デート博士は百年も前に亡くなっているのだから『最後の審判』とはなんの関係もないはずだ。


「ここのパスワードを解くためさ。だけど百年も未来のコンピュータには歯が立たなかった」


 ラウル・C・デート博士と言えば色んな博士号を持っていた百年に一人の天才ということで有名だった。


「お払い箱にされそうになった僕はスパイドに取り入り、ミールの隊員達が僕をスパイドの代理として顔を覚えた頃を見計らってヤツを殺した。部下達には病気療養中だって言ってある。何しろ高齢だからね。誰も怪しまない」

 ラウルが勝ち誇ったように言った。


「ミール?」

 ケイが聞き返す。


「ミールもウィリディスも作ったのはスパイドだよ。彼はこの世界を支配したかったんだ。そのためにクライ博士をそそのかして世界をめちゃくちゃにした」

 ラウルが答える。


 クライ博士というのはジムのことだ。


「ここまで破壊されたのは想定外だったらしいけどね」

 ラウルが言った。


 地形を動かしたらどんな影響が出るかはスーパーコンピュータでも簡単には予測が付かない。

 まして人間の頭で正確に予想など出来るわけがない。


「スパイドは『刀狩り』って大昔の支配者が考え出した政策を図書室で見つけてね。真似することにしたんだよ。庶民達から武器を取り上げて自分に反抗できなくするために」

 ラウルはどこか遠いところを見るような表情で言った。


「だけど和実達がスパイドの陰謀を阻んでいた。ここのコンピュータにはパスワードがかけられていた。僕に出来ないのなら、後はパスワードをかけた和実でなければ解除出来ない。だから君が必要だった。和実の記憶が」

 ラウルがケイに目を向ける。


「じゃあ、今までミールが俺達を襲ってきたのは……」


 ミールに襲撃された時、ラウルが偵察中のことが良くあった。

 ケイも偵察で見落としたことがあったからお互い様だと思っていたのだが――。


「そう、僕の指示だ。と言っても死なれちゃ困るから生け捕りにするように指示したんだけどね。君は戦闘員としても優秀だった。誰も捕まえられなかったんだからね」


「どうやって俺が和実の記憶を持つ者だと知った?」

 ケイが訊ねた。


 記憶のことはケイ自身ですら最近まで知らなかったし、この計画は和実と一花、カイトの三人しか知らなかった。


「たまたま備蓄庫に入っていくのを見かけたんだよ。それでミールに君を襲わせてそれを助けた。君の仲間になるためにね。まさかあっさり信じてくれるとは思わなかったけど」

 ラウルはデート博士の記憶が移植されていた。


 あの備蓄庫に入れるということは誰かに聞いたのでなければ『審判』前の誰かの記憶を埋め込まれたと言うことだ。――ラウルと同じように。


 百年に一人の天才なのだ。

 和実達の事は知らなくてもスパイドから聞き出した話をつなぎ合わせて推測するのは容易たやすかっただろう。


 おそらくここのパスワードも時間さえかければ解除出来たはずだ。

 だがスパイドにはそれを待つだけの忍耐力がなかったのだろう。


「でも、どうしてこんなことを? ここを自分のものにしてどうする気だ?」

 ケイはまだ信じられないまま訊ねた。


「壊すのさ。この星を」

 ラウルはゆっくりとコンソールに近づいてきた。


 銃口はケイに向けたまま。


「どうして?」

「百年。……百年は長い」

 ラウルはコンソールの前に立った。


「君が植え付けられた和実の記憶は純粋な知識だけだろう。だけど百年前には記憶を純粋な知識だけにする技術はなかった」


 ラウルはコンソールのキーを押した。


 E


「僕には知識だけじゃなくデート博士の感情まであるんだ」


 V


「それがどういうことか分かる? 僕には審判前の、それより更に前の、戦争が始まる前の記憶があるんだ」

 ラウルが言った。


 E


「天国という名前通りの星アウラ。雨が振る前の湿り気、湿った空気の肌に感じる重さ、雨の匂い。雨粒が地面を叩く音。積もった雪に包まれる静寂。君たちには分からないだろう。その記憶がどれだけ僕を苦しめるか」


「よせ!」

 ケイの言葉はラウルに届いていないようだった。


「ある日、目覚めたら世界は全く変わってしまっていた」

 ラウルはティアの方を向いた。

「レイミア。君もいない」

 ラウルは銃口をティアに向けた。


「やめろ!」

 ケイが声を上げる。

「ラウル、俺に任せてくれ。ちゃんとこの星を元通りにする」


「それで?」

「だから、こんな事はやめてくれ」


 ケイはこんな事になってもまだラウルのことは友達だと思っていた。


 ラウルはスパイドの犠牲者にすぎない。

 それにケイが友達だと思っているのはデート博士ではない。

 ラウル本人の人格だ。


「どうして?」

 ラウルはケイのことが分からないような表情で言った。


「この星が戻ったからってどうなる? 僕のいた時代には戻れないのに」

「分かってる、それでも……」


「うるさい! 手に入らないものなんか無くなればいいんだ! みんな消えてしまえばいい!」

 ラウルは叩きつけるようにエンターキーを押した。


 目に見えないレーザー光線がラウルを打ち抜くがラウルを打ち抜く。


「ラウル!」

 ケイはラウルに駆け寄った。


 しかし既にラウルは事切れていた。


 ケイはラウルを部屋の隅に運んだ。

 たとえ裏切られていたのだとしても友達だったのだ。

 後で手厚く葬るつもりだ。


「何故、あいつにやらせなかったんだ……」

 ケイが呟く。


 あの男に入力させていれば死んだのはあの男だったはずだ。

 ラウルなら、ケイが嘘を教えたと気付いても良さそうなものなのに。


「どっちでもいいと思ったんじゃないかしら」

 ティアの声にケイは驚いて振り返った。


 いつの間にか意識が戻っていたらしい。

 ティアはコントロールパネルの前に立っていた。


「だって、この星を壊したら、どちらにしろ自分も死んじゃうんでしょ。だったら、あの場で撃たれて死んでも同じじゃない」

 ティアが言った。


「博士はホントはずっと死にたかったのかもしれない。でもラウル自身は死にたくなかったから今まで生きてきたのかも」


 そうなんだろうか……。

 そうかもしれない……。


 死にたいデート博士と、死にたくないラウル。

 その二人の意識がせめぎ合っていたのかもしれない。


 スパイドは自分の野望のために大勢の人間を傷つけた。

 和実がジムを騙したスパイドを許せないと思ったように、ケイもラウルやデート博士を利用したスパイドを許せないと思った。


 しかしスパイドは既に死んでいる。

 ケイはラウルの顔にハンカチをかけた。

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