第24話

 しばらく河原を歩いていくと大きな岩がいくつかある場所に出た。

 これらの岩は川の上流から押し流されてきたのだろう。


 大きな岩が、それよりは小さいがある程度大きな岩の上に乗っていて、下に狭いがなんとか二人が座れる程度の空間が空いている場所があった。


 ケイはティアと共にその下に潜り込んだ。

 二人とも寒さで震えている。


 ケイは危険を覚悟で火を焚くことにした。


 濡れた毛布を取りを出し二枚重ねてティアをくるむと焚き火になりそうな枝を探して外に出た。


 凍えながらも辺りを警戒しつつ枝を拾い集める。

 岩の下に戻ると火をおこした。


 火の勢いが強くなるとケイもティアと一緒に毛布にくるまった。

 二人はぴったりとくっついたが今回は色気も何もない。

 毛布の前を開けて濡れた服に火を当てる。


「ね、服脱いじゃダメ? 濡れてて冷たくて……」

「ダメだ。乾いた着替えがあるなら別だが、そうじゃないなら冷たくても着てろ。下手に脱ぐと体温を奪われて凍死する」

 ケイが言った。


「冷たい服着てても凍死しそうなんだけど」

「焚き火に当たってればそのうち乾く」


 その前にミールに見つからなければいいが……。


 夜だから煙を見つけられる心配はない。

 焚き火の明かりさえ見えなければなんとかなるはずだ。


 岩に遮られているので火の明かりはほとんど見えないと思うが、それでも火の周りに樹の枝を立てて濡れた着替えを干した。

 これでほとんど外に明かりは漏れなくなったはずだ。


 狭い空間に煙が充満して息苦しかったが暖かい空気が逃げないのは有難い。

 中は暑いくらいの気温になった。


 服の前面が乾いたので背中を火に向けた。


「ちょっと暑いね」

「寒いよりはましだろ」

「まぁね」


「服と毛布が乾いたら火は消す」

「どうして?」


「火の明かりでミールに見つかりたくない」

「そっか」


 服も毛布も速乾性の素材を使っていたのかすぐに乾いたので火を消した。

 途端に辺りが暗くなる。

 岩の下にいるから月明かりも届かない。


 ケイはまた毛布を二枚重ねるとティアと二人でくるまった。


「これなら明け方でも寒くないだろ」

「……うん」

 毛布からはみ出ないように二人は寄り添って座った。

 今度はすぐそばに感じるティアの温もりに鼓動が早くなった。


「ね、ここ、横になれると思う?」

「え?」

 ケイは一瞬、自分の心を読まれたような気がして心臓が飛び出しそうになった。


「下、岩ばっかりで横になって寝るの難しいかなって」

「……ああ、そうだな」

 二人はしばらく横になったり座ったりしていたが結局座って寝ることにした。


 ティアの言うとおり平らではないところで横になるのは結構苦しい。

 二人が寄り添っていて寝返りを打つ余地もほとんどないからなおさらだった。


 座って寝ると言っても岩は奥へ傾斜しているからもたれることが出来ない。

 二人のうち片方が倒れそうになるたびにもう片方も引っ張られて起きてしまい熟睡は出来なかった。


 翌朝、ティアは眠そうな目をしながら川に顔を洗いに行った。

 ケイも荷物をまとめてから隣で顔を洗う。


「ね、ラウルとはぐれちゃったけど、どうするの?」

「落ち合う場所は決めてある」

「そうだったの?」

 ティアが驚いたように言った。


「川沿いの緑地帯ではぐれたら河口で落ち合うことになってる」

 かなり戻ることになってしまうが仕方がない。

 うまくいけば途中で会えるかもしれない。

 二人は支度を住ませると川沿いの道を河口方面へ戻り始めた。


  * *


 周りの心配をよそに、ジムはどんどん様子がおかしくなっていった。

 研究をしているかと思えば、一人でぶつぶつとなにやら呟きながら研究所内をうろついていた。


 服も何日も着替えてないのか薄汚れていた。

 シャツはズボンからはみ出しボタンも掛け違えていた。


 皆が遠巻きに見守る中、スパイドだけが肩を組み言葉をかけていた。


 ジムが研究所内を徘徊するようになると、敷地内の病院に入院させられた。

 しかしジムはすぐに抜け出しては研究所内をさまよっていた。


 誰もジムが何をしているのか、スパイドが何を企んでいるのか、見抜けたものはいなかった。


  * *


 二人が倒木に座ってティアが見付けた山菜を食べていると茂みがざわついた。

 ケイはとっさにティアの前に出て銃を構えた。


「ケイ! 僕だよ!」

「ラウル!」

 茂みの中から出てきたのはラウルだった。


「良かった、ここで二人と会えて。河口まで戻るのかと思ったら、ちょっとうんざりしちゃって……」

「ラウルも無事で良かった」

 ティアが安心したように言った。


 三人がいるのは河口の方へ半日ほど戻ったところだった。

 浅瀬がある上流までは、ここから一日半くらいだろう。


「このまま上流へ向かうでしょ」

 ラウルが言った。

「そうだな」

 ケイは頷いた。


 結局、二日かかってようやく川を渡れるところまで辿り着き、更に二日かけてシーサイドベルトに戻ってきた。

 戻るのは下りだから行きよりは早かった。


 シーサイドベルトに出たところで備蓄庫を見つけた。


「どうする?」

 ラウルが訊ねた。


 まだ日は高い。

 休むには早いが、かといってここにあると言うことは、夕暮れ時に辿り着く辺りにはないかもしれない。


 ケイはしばらく迷った末、

「ゴムボートを探したいから今日はここで休もう」

 と言った。


 中に入るとまずゴムボートを探した。


 今でこそ、この備蓄庫は海から離れた場所にあるが、ここは審判前には海辺だったはずだ。

 探し回ってようやく隅の方で見つけた。五十センチ四方で厚さ三センチ。

 それをバックパックに入れる。


「僕も予備に一つ持ってようか?」

 ラウルが言った。

「そうだな」

 ボート探しに時間はかかったが、まだ日は落ちてなかった。


 ここは森にも近い。

 三人は夕食用の山菜を探しに行くことにした。


 このごろになってようやくケイやラウルも少しは食べられる植物が分かるようになってきた。

 それでも一応ティアに確認はしていた。腹を壊して寝込んでる暇はないのだ。


 数日後、ようやくクィエス第二研究所が遠くに見える場所に辿り着いた。


 ここは砂浜だった。波が打ち寄せてケイ達の靴を濡らす。

 沖あいにクィエス第二研究所の建物の上部が見える。


「どうする? ゴムボートで行ってみる?」

 ラウルが聞いた。


「いや、今は干潮だ。引き潮で上の方が見えるだけって事は満潮になったら建物は全部沈む。行っても無駄だ」

 ケイが答える。


「水に沈むとダメなの?」

 ティアが不思議そうに訊ねた。


「コンピュータは精密機械だからな。お茶をこぼす程度ならともかく、全部水につかったんじゃ使い物にならないだろう」


 しかも水中にあった期間は三十年である。

 それに海は潮の流れがどうなっているか分からない。


 下手に岸から離れる潮流に乗ってしまったら陸に戻れなくなるかもしれない。

 他にクィエス研究所に関係した施設はあっただろうか。


 和実はクィエス研究所から滅多に出たことはなかったから他にどんな施設があったかほとんど記憶にない。

 第二研究所を思い出したのは一花と一度だけデートで行ったことがあったからだ。


 この第二研究所にはこの星で一番大きな水族館があった。

 海洋研究施設だから陸上のことで役に立つことがあるとは思えない。


 それにしても、記憶が残るのも善し悪しだな……。


 和実はコンピュータ科学と土壌改良、環境科学などの学位を持っていた。

 その知識を全く勉強していない人間が受け継ぐ事が出来るのは確かに便利だ。

 誰でも労せずして学者になれる。


 だが残るのは学問の知識だけではない。

 生い立ちや一花との生活など、個人的な記憶までが受け継がれてしまう。これはプライバシーの侵害だ。


 だからこそ記憶の抽出と移植という技術が百年以上も前に開発されていながら改良されるだけで実用に用いられなかったのだろう。

 生きてるうちに記憶を取り出されて大勢の人に移植されることは自分の生活全てを公にするのと同じだ。


 かといって死んでからでは正しい記憶が受け継がれたかどうか確認のしようがないし、それだけ待っていたら知識は古くなってしまってほとんど役に立たない。

 学問というのは日進月歩だからだ。


 和実は自分の記憶を受け継ぐことになる人間と顔を合わせることになるとは思っていなかったから記憶を残すことが出来たのだろう。

 もし顔を合わせることになったら気まずいに違いない。


 顔を合わせることはあるのだろうか。


 カイトは十年前まで生きていた。

 和実や一花が存命中でもおかしくはない。


 それにしても今度こそ行き詰まってしまった。

 クィエス研究所から帰ってくるのが早すぎたのだろうか。


 和実や一花の部屋に行けば何か手がかりがあったのだろうか。

 いや、それなら和実の記憶にあるか、でなければ祖父か一花が言ったはずだ。

 やはり手がかりはあの一花の映像だ。


 だが、何を意味しているのかが分からない。

 一花が本当に言いたかったことはいったい何だったんだろう。

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