第10話

「いいじゃない、染めてもらおうよ。ティアがせっかく染めてくれるって言ってるんだから」

 ラウルが勧める。


「だったら、お前だけやってもらえ」

 ケイが素っ気なく言葉を返すと、

「そう言わずに」

 ラウルが言った。


 染めると言い張るティアと、やんわりだが強く勧めるラウルに、ケイはとうとう折れて服を渡した。


「全部、緑でいいかな。それとも茶色とか」

 ティアは戦闘を念頭に保護色になる方がいいか聞いているのだろう。

「任せる」


 迷彩色の上着があるから何色でも同じなのだが、下手に別の色にしてくれと言って派手な色に染められたらたまらないからそう答えておいた。


 ティアは楽しそうに染色を始めた。

 ケイとラウルの分が終わると村人の服まで染め始めた。

 呆れないでもなかったが、本人が楽しいならいいのだろう。


 ティアがアドバイザーとして行っている村でも布をもらうことがよくあった。

 布や服以外に謝礼になるようなものと言えば後は金くらいだからだろう。


 ティアは金も受け取った。これが仕事なのだから当然だ。


 しかし収穫もまだのうちから渡されるのだから相当信用されているらしい。

 ケイとラウルが農作業を手伝った報酬を渡されるのは収穫後だ。


 ある日、布をもらって帰ってくるとティアは、ケイとラウルにシャツを貸して欲しいと頼んできた。


「これでベストを作ろうと思って。ポケットがいっぱいついてるヤツ。便利そうでしょ」

 ティアが言った。


 ケイとラウルの服のサイズを調べるために二人のシャツを借りたいらしい。

 備蓄庫にあった既製品の服だからケイもラウルも同じサイズだが、着られればいいのだから別に問題はないだろう。


 どうやらティアはミールが着ているベストを見て思いついたらしい。

 ミールのベストにはポケットがいくつも付いており、それぞれに弾薬の予備や手榴弾などが入っている。


「お前が報酬として貰ったものだろ。自分の服でも作れ」

 ケイは、ティアが村の娘達がいているスカートをうらやましそうに見ているのに気が付いていた。


 ティアだってスカートをいてお洒落してみたいのだろう。

 しかし農作業にしろ森の中での植林にしろ、スカートではつとまらないからズボンしか持っていないのだ。


 スカートを作れば村にいる間、農作業が終わった後の時間にけるだろう。


 しかしティアは、

「じゃあ、これはボディガードの報酬。それでいいでしょ。お金の方がいいならお金を出すけど」

 と言った。


「分かった。金はいい」

 ケイとラウルも収穫後に村から報酬が出ることになっている。

 元々金はほとんど使い道がないから大金はいらないのだ。


 数日後、ティアは出来上がったベストをみせてくれた。

 昼間は農作業、それが終わるとわずかな時間だが子供達と遊んでから夕食なのに、よく作れる時間があったものだ。


「お揃いで作ったの。これから染めるわね。みんな同じ色でいいわよね」

 ティアの言葉に、

「いや、全員別の色にしてくれ」

 ケイは言った。


「どうして?」

「危険だからだ」

 全員同じ形と色ではミールに見られたら連れだと一発で分かってしまう。


 ティアは不服そうだったが、それでも違う色に染色してくれた。

 ケイは深緑、ラウルは群青色、ティアは薄紅色だった。


  * *


 和実はジムが、この頃ずっと頭を抱えているのをたびたび見ていた。

 ジムの机の上には家族の写真が飾ってあった。

 財布にも写真を入れていて暇さえあれば見ていた。


 ジムは家族を呼び寄せるために、あれこれ手を尽くしていたがメディウスは既に戦争難民でいっぱいでこれ以上受け入れる余裕はなかった。

 研究所の所員であっても例外は認められない。

 当然だ。家族を呼び寄せたいのは所員だけではないのだから。


「どうしたらいいんだ。家族にもしものことがあったら……」

 ジムが苦悩に満ちた声で呟く。


 和実は黙っていた。

 ジムも和実の返答は期待していないだろう、和実の返事を待たずに続けた。


「なんで俺は家族を置いてきたんだ。一緒に来ていればこんな事には……」


 しかし、ジムがここにいるのは短期間のはずだったのだ。

 すぐに帰る予定だったから家族は置いてきた。

 研究に目途がつき、国へ帰って続きを、と言う段になって戦争が始まり帰るに帰れなくなったのだ。


 久しぶりに一花が農業指導から帰ってきて夕食に誘われた。


「自分で作る? 食事を?」

 人の手で料理をするなんて聞いたことがない。

 エスカという機械に、材料を放り込んで料理を指定すれば野菜を洗うところから切り刻んで煮たり焼いたりするところまでやってくれる。


 エスカのメモリに入ってる料理以外のものを作りたいときはレシピを入力すればいい。

 どんな狭いアパートであろうとエスカだけはついているのが常識だ。


「料理なんて作れるのか?」

 和実が訊ねると、

「エスカのないところだってあるのよ」

 一花が答えた。


 確かに一花は植物学者でフィールドワークもするからエスカのないところで食事をする機会は多いだろう。


 しかし、そう言うところでまともな料理を作れるのか……?


「じゃあ、ワインを持っていくよ。赤と白、どっちがいい?」

 和美が訊ねると、

「シャンパン。上等のやつ」

 一花が答えた。


「分かった」

「冗談よ。野菜がメインだからどっちでもいいわ」

 一花は笑ってそう言った。


 夕方、部屋を訪ねた和実がシャンパンを渡すと一花が目を見開いた。


「これ高かったんじゃない?」

「大したことないよ」


 戦争中という事もあり、実は結構高かったのだがそんな事を言う気はなかった。


「そんな豪勢な料理じゃないわよ」

「気にするなよ」

 料理は昼間からずっと作っていたと言うだけあってテーブルの上に所狭しと並んでいた。


「全部私が指導した農場でとれたものなの」

 一花が誇らしげに言った。

 料理そのものより作物の出来が良かったのが嬉しいらしい。


 二人は料理を平らげると、ソファに移動して和実が持ってきたシャンパンを飲んだ。


 一花の部屋も、和実の部屋に負けず劣らずそこかしこに資料が山積みになっていた。

 本来は資料に埋もれていたソファを今夜のために掘り起こしたらしい。


 今夜だけは戦争の話は出なかった。

 一花が次にフィールドワークに行く山や、和実が研究している土壌の話、そして将来は何をしたいか。


 話は尽きず、和実が一花の部屋を後にしたのは大分夜も更けてからだった。

 ほろ酔い加減で火照った頬に夜風が気持ちよかった。

 夜空の星は地上の争いとは無縁の輝きをきらめかせていた。


  * *


 季節はすぐに過ぎ、収穫の秋がやってきた。

 大豊作だった。

 村の人間は近年にない豊作だと言って喜んだ。


 ケイは偵察と報酬を貰いがてら近くの村を見て回った。

 ティアの行った村はどこも豊作だったが、ティアが滞在していたこの村は特に豊作だった。


 ティアを呼ばなかった村は平年並みらしいから、この豊作はティアのおかげで間違いないようだ。


 ケイがそう言うと、

「それでなきゃ私がいる意味がないでしょ」

 と、当然と言わんばかりの口調で答えた。


 これならウィリディスに密告してわずかばかりの収入を得るより、ティアのアドバイスの元、真面目に農業をやっていた方がよほど利益が出るのではないか。

 だが目先のことしか考えられないものもいるのだろう。


 ケイ達も含めて、村中の人間が収穫にかかった。

 夜明けから日暮れまで働きづめで、夜は夕食が終わるとベッドに倒れ込む毎日だった。


 審判前も地上で農業を営んでいるものはいたが種まきや収穫は機械でやっていたからこんなに大変だとは思わなかった。

 ケイは麦を刈りながらそんなことを思った。


 それから、なんで自分はそんなことを知っているのだろうと首をひねった。

 多分この村でトラクターを見たから祖父から聞いた話を思い出したのだろう。


 刈り入れが終わりに近づいた頃、村長は村人を集めると、

「今年はティア様のおかげで豊作だったから、三年ぶりにルードを行えることになった」

 と発表した。


 それを聞いた途端、村人達が歓声を上げた。


「ルードって何?」

 ラウルがティアに訊ねた。


「村同士でいくつかの競技を競うのよ。確か弓と格闘技と……後、なんだったかしら」

 ティアが答える。


「競争ですよ」

「ああ、そうだった」

 村人の言葉にティアが思い出したというように頷いた。


「何を競争するの?」

 ラウルが訊ねると、

「走るのよ。走って誰が一番速いか競うの」

 ティアが説明した。

 ラウルは分かったのか分からないのか、曖昧に頷いていた。


「ケイ殿、ラウル殿も我々の村の代表として格闘技に出ていただけますかな?」

「俺達も出ていいのか?」

 ケイが驚いて訊ねた。


「お嫌でなければ是非」

「分かった」

 一時的とはいえ村の仲間として扱ってもらえると思うと少し嬉しかった。

 ラウルも同じ気持ちなのか頬を紅潮させていた。

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