第6話

 羽交い締めにされていたティアも巻き添えで一緒に倒れる。

 それで空気が変わった。


 どうやら拳銃のことは聞かされていなかったらしい。


 相手が素手の少年二人なら大勢でかかればなんとかなると思っていたのだろう。

 ところが、その一人が拳銃を持っていたのだ。

 しかも狙ったところに当てることが出来、人を撃つのをためらったりしない相手だった。


 男達がじりじりと後ずさる。


 ケイが別の男に拳銃を向けるとその男はきびすを返して逃げ出した。

 それが引き金になって残った男達は我先にと車に飛び乗ると帰っていった。


「有難う。助かったわ」

 ティアはそう言うとケイの右手首に目を留めた。

「ケガしてる。手当てしなきゃ」

 ティアがケイの右腕をとった。


「こんなの放っておけば治る」

「なんのために傷薬持ち歩いてるのよ。座って」

「いい」

 ケイはティアの手を振り払おうとした。


「何言ってんの。やせ我慢しないの」

 ティアは、有無を言わさずにケイを地面に座らせると、強引に手当を始めた。


 袖を上げ、傷口を水を含ませた布で丁寧に拭ってから、薬をかけた。それから傷口にガーゼを載せると包帯を巻こうとした。


「大げさだ」

 ケイは腕を引こうとしたがティアは離さなかった。

「化膿したら大変でしょ! ラウル、腕押さえて」


 ラウルは言われたとおりにケイの腕を押さえる。

 ケイはラウルを睨んだが、ラウルは素知らぬ顔していた。


 ケイは憮然ぶぜんとして包帯を巻かれるのを見ていた。


「一応礼はいっとく」

 ケイは立ち上がると、包帯を見ながら言った。

 ティアは傷薬や包帯の残りなどを片づけていた。


「助けてもらったのはこっちだから」

 ティアは、ケイがウィリディスの一人を殺したことに関しては何も言わなかった。

 殺さなければ、こっちが殺されていたのは確実だから当然と言えば当然だろう。


「こういうことよくあるの?」

 ラウルが訊ねた。

「そんなには」

 ティアが答える。


「別に、よくあるからってボディガードを降りたりはしない」

 ケイが言った。


 あの程度の連中なら何人来ても同じだ。


「そうだよ」

 ラウルも同意する。


「今みたいに襲われて私が逃げ切れると思う?」

 ティアはそう言って肩をすくめた。


「私が無事なのが滅多にない証よ」

 それから、

「全くなかったわけじゃないけど」

 と付け加えた。


「大抵は奴らが来る前に、誰かが逃がしてくれてたの。一度捕まったときも、なんとか逃げ出して樹に登って三日間飲まず食わずでやり過ごしたことがあるわ」

 ティアが言った。


 ケイほどではないにしても、ティアも追っ手には大分苦労させられているらしい。

 追っ手自体が滅多に来なくても、いつ来るかと常に心配していれば神経もすり減る。


 それでもやめないのだから大したものだ。

 ケイはティアを見直した。


 この一件でティアはケイ達を完全に信用したらしい。

 少しずつ自分のことを話すようになった。

 ティアの親も農業のアドバイザーをしていてウィリディスに殺された。


「怖くないの?」

 ラウルの問いに、

「怖いわよ。ずっと怖かった」

 ティアが真剣な表情で答えた。


 親の代からなのだから産まれてこの方、気が休まるときはなかっただろう。

 ケイ達が護衛についたおかげで、ようやく少し安心できるようになったのかもしれない。

 三人は少し休むと歩き出した。


 ケイ達は北へ向かって歩いていた。

 備蓄庫を見つけられたときは備蓄庫で、それ以外は野宿をして旅をしていた。


 野宿をしていた晩、ケイは気配を感じて目をさました。

 ラウルが静かに寝ていた場所から離れるところだった。


 ティアを見ると、こちらはぐっすり寝ているようだから逢い引きというわけではなさそうだ。

 多分偵察だろう。


 ケイも野宿の時は偵察に出ることがよくある。

 今夜はラウルに任せよう。

 ケイはまた毛布をかぶって眠り込んだ。


 三人は、なるべく小川沿いの樹の多いところを選んで進んでいた。

 樹々の葉が風にざわめいている。

 そのざわめきの間に、車の走ってくる音が聞こえた。


「伏せろ!」

 ケイはティアを押し倒した。

 ラウルも伏せる。


 遠くから車が走ってきた。

 車を持っているのはミールとウィリディスぐらいだ。

 どちらであれ敵である。


 通り過ぎてくれよ……。


 ケイの祈りもむなしく男達が車から降りてきた。


 ミールだ。全部で十人。

 ウィリディスなら何度来ても追い返せるが、ミールとなるとそうはいかない。


 下手をすればこっちがやられる。

 それも自分だけではなく、一緒にいたラウルやティアも殺される。

 指揮官が手を振ると、それを合図に隊員達が散らばった。


 囲まれたな……。


「ティア、その茂みの中に入って音を立てるな」

 ケイはそう言うと隊員の一人に音を立てずに近づいた。

 小石を拾うと隊員の後ろへ投げる。


 物音に隊員が振り返る。

 ケイは素早く隊員の背後に回ると口をふさぎ、ナイフで喉をかき切った。

 男が声もなく倒れる。


 急いでその場を離れると、別の隊員がいる方へ向かった。

 樹の影から飛び出すと、隊員が目の前にいた。


 隊員も驚いたらしく、動きが一瞬止まった。


 ケイはナイフを放り出すと男に飛びついた。

 首に腕を回して骨を折る。男が倒れる。


 背後で複数の銃声がした。

 ラウルが撃ち合っているのだ。

 ナイフを拾うと別の隊員を捜す。


 隊員達は皆、銃声のする方へと向かったらしい。

 このままではラウルが囲まれる。


 ケイも銃声のする方向へと向かった。

 隊員の一人がこちらに背を向けていた。


 素早く近づくと、ナイフで心臓を突き刺した。男が声もなく倒れる。

 銃声と共に耳のそばを銃弾がかすめた。


 銃を抜くと弾が来た方向に撃つ。男が倒れる。


 ケイは足音をたてずに場所を移動した。

 別の隊員がラウルに向けて撃っていた。

 その男を撃つとまた場所を移動する。


 ラウルが隊員の一人を撃ち殺すと銃声がやんだ。

 念のため、用心しながら死体の数を確認することにした。装備などを剥ぎながら数えていく

 十体――。


 全員倒したようだ。

 ケイはティアのいる場所へ戻った。


「ティア、もう出てきてもいいぞ」

 ケイは茂みから這いだしてきたティアに手を貸して立たせた。

「増援が来る前にここを離れよう」

 ケイはそう言うと、ラウル達と共にその場を離れた。


 ケイはその夜、偵察に出ることにした。

 ラウルもティアも寝ている。


 昼間、ミールの襲撃があったばかりだ。警戒するに越したことはない。

 ケイが起きあがるのと、ラウルが起きるのはほとんど同時だった。


「ケイ、どうしたの?」

「偵察に行こうかと」

「考えることは同じだね」

 ラウルはそう言って笑った。


「今日は僕が行くよ。ケイは寝てて」

「分かった」

 ケイはラウルに任せることにして、また横になった。


「くそっ! またか」

 ケイは吐き捨てるように言った。


 これで何度目かの襲撃だった。

 ミールはしつこく追ってきた。


 ティアを助けたことで自分ケイがこの近辺にいることに気付かれてしまったのだ。

 だからといってティアを助けたことを後悔しているわけではない。


 ティアの植物に対する知識は大したものだった。

 戦闘以外ではお荷物どころか、こちらの方が助けられている。


 隠れられない場所での戦闘はこちらが不利なのでケイ達は樹が茂っている小川沿いを移動していた。

 小川沿いに行くとなるとまっすぐ北上することは難しい。


 こんなに北上が遅れていてはウィリディスにも追いつかれるかもしれない。――追いかけてきていれば、だが。


 ミールの車が二百メートルほど先に止まる。

 降りた人数を数えたかったが、樹の葉が邪魔で正確な人数は分からなかった。


 二百メートルか……。


 微妙な位置だ。


 連中と戦うべきか、このまま気付かれないように逃げるべきか……。

 戦うしかないだろうな……。


 ケイは即座に判断を下した。

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