第一章18話『帰城』

 焦る心紬みつとは対照的にキョトンとした顔でただただ純粋に言葉を返す露零ろあ

 そんな少女に彼女は一度呼吸を整えると、動揺と心配が入り混じったような声でさらに続けて質問する。


「本当に大丈夫なんですか…? 怪我人を藍凪あいなぎまで歩かせるわけには……」


「だ、大丈夫だよ! それに私、何もできなくて伽耶かやお姉ちゃんに頼りっぱなしだったから今度は私が伽耶かやお姉ちゃんを助けたいの」


「ふふっ、可愛いことを言いますね。でも朱爛然あけらんぜん様相手に無事生還できたのは凄いことなんですからもっと自身を持っていいんですよ? 何も今すぐ移動しようというわけじゃありませんし、それまでは安静にしていてください」


 心紬みつ露零ろあ初陣ういじんを褒めることで少女の気を良くすると、同時に安静にするよう少女に促す。

 しかし少女は彼女の言葉を無視すると無意識のうちに体に鞭打ちながら立ち上がろうする。

 すると傷に障ったのか、頭部にズキッっと痛みが走る感覚を覚えた少女は心紬みつに支えらながら再び地面に頭を下ろす。


「いっ……」


「大丈夫ですか? やっぱりまだ安静にしていた方が……」


 事実に基づいた心紬みつの心配は見事に的中していた。

 一方の露零ろあは意識はあるのに体の自由が利かない状況に歯痒さを覚え、しょんぼりとしていたがそんな少女の心中を察したのか、心紬みつはスカーフをボトルに入った水で濡らすと少女の額に優しくそっと被せる。


「んっ」


「気休め程度ですがきっと少しは楽になりますよ」


 四つ織りしても尚、露零ろあの額より一回り大きいそのスカーフは少女の目元までかかり、視界を遮られた少女は次第に睡魔に襲われやがて眠りに落ちていく。


 ――それからしばらく経った頃、寝息で少女が眠ったことを確信した彼女はぽつりと呟く。


伽耶かや様がいつか言っていた通りですね。読心ではわからない心身の疲労はが判断材料になる。やはり伽耶かや様に歩いてもらうことになりそうです」


「――――あんたに介抱してもろてだいぶ楽になったし別にウチはええよ?」


 ――それはまるで不意打ちの様な返答だった。

 心紬みつからしてみればまだ意識の戻っていない前提で、独り言のつもりで呟いた言葉だが気を失っていたと思っていた人物に突然言葉を返されたことで思わず驚いた反応を示す。


「起きていたんですか??」


「今さっき起きてん。怪我人に歩かせるわけにいかへんしその子はあんたがおぶってくれるんやろ?」


 伽耶かや露零ろあの扱いについて尋ねられ、心紬みつは「も、もちろんです!」と隠し切れない笑みを浮かべながら嬉しそうに言葉を返す。

 そんな彼女は妹のように見ていた露零ろあを任されたことがよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら行動に移ると早速彼女は軽々少女を背負い、二人は藍凪あいなぎに向かって歩き出す。


 話は少し遡るが二人が國を出てあきらと相対したのがまだ日が昇る前、現在はそれから数時間が経過し、三人が移動を開始した現在は日が昇り始めていて多くはないものの國内ではちらほらと人が見え始めていた。

 そんな道中で伽耶かやは主従関係に亀裂が生じかねないデリケートな、しかし疑惑が確信に変わったについて尋ねる。


「あんたに一つ聞きいときたいんやけどええ?」


「……何ですか?」


「最近ウチの記憶がどうも曖昧なんやけどその子となんか関係あるん? それか――」


 単刀直入な主君の問い掛けにやましいことでもあるのか露骨に心紬みつは一瞬目線を落とした後、隠し通せないと判断したのか腹を括ったような表情を浮かべるとゆっくりと口を開き、無礼とならぬよう慎重に言葉を選びながら彼女の質問に答えていく。


「……そう、ですね。今の段階で私から話せることがあるとすればそれは伽耶かや様に対する思いです。伽耶かや様に仕えてから今日この日まで…いえ、現在進行形で私の気持ちは常に一貫しています」


 ――従者のいいようになっている。

 ぼかされはしたが主君の手前、嘘はつけないのだろうことが感じられる言い回しに一瞬そんな考えが脳裏を過り、伽耶かやはこみ上げる不快感に思わず口元を抑えてしまう。

 をモットーとしている彼女にとって、敷かれたレールの上を進んでいるような状況は以外の何物でもなく、顔を上げた伽耶かやはつい幻滅したような眼差しを心紬みつに向けてしまう。


 その後も二人を取り巻く空気は変わらず、口数がめっきり減り、重たい空気のまま二人が城門前に到着するとまるで全て見ていたかのようなタイミングで分厚く大きな木造の扉は『ギィィィ』と大きな音を立てながら開門し、中からシエナが現れる。


「お早いお戻りですね。湯浴ゆあみの準備も露零ろあ自室へやの準備もできているのでどうぞ」


「おっ、用意がええやん。流石やな」


伽耶かや様の従者ですからこのくらい当然です」


露零ろあの自室は先日使用していたあの部屋ですよね?」


「ええ」


 二人は会話に第三者が加わったことでいつも通りのテンションを取り戻すと、三人は玉砂利の上をゆっくりと進み藍凪あいなぎの中へと入っていく。

 城内に入ると伽耶かやはすぐさま地下へと向かい、心紬みつ露零ろあを背負ったまま二階の一室へと運んでいく。

 階段を上り、廊下を歩いて到着した部屋に入ると予め布団が敷かれていて、彼女はそっと背負っていた露零ろあを布団に移すと物音ひとつ立てず、静かに部屋を後にする。


「私に任された大一番おおいちばん、必ず成し遂げて見せます」


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「う~ん。ここは、どこ? あれ? 伽耶かやお姉ちゃんは……」


 露零ろあが目を覚ましたのは藍凪あいなぎに戻ってから優に一日以上が経過した後だった。

 今では頭痛はすっかり引いたようで、上体を起こして体の不調を確認するが特にこれといった怪我や不調の見当たらない露零ろあはいつの間にか戻ってきていた室内を部屋の中心から広々と見渡す。

 すると物の少ない部屋の中にかつて自身が置いたままにしたフードの付いた黒いマントが目に留まり、少女は今いる場所がこの國、水鏡すいきょうに訪れた当日に一夜を明かした部屋だと気付き始める。


「ここって昨日の……。私、藍凪あいなぎに戻ってきたんだ。あっ、それよりお姉ちゃんはどこ?」


 目を覚ました少女は自身のことは二の次に伽耶かやのことを真っ先に気に掛けていて、部屋を出ると気怠さなど何のそのと言わんばかりの若さからくる底なしの気力でを探すべく城内を歩き回る。

 その結果、城内を一通り歩き回って見ても三人を見つけることはできなかったが散策時間に比例して露零ろあは城内の構造を自ずと理解していく。

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御爛然 いなひ @inahi17

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