星降る丘のこころの電波 ―アリスと愛のふたりだけの秘密―

藍埜佑(あいのたすく)

第1章:星降る丘の不思議な電波

 山々に囲まれた小さな町の外れ、緩やかな丘の上に佇む星ヶ丘学園。その寄宿舎の一室で、美鈴アリスは窓辺に立ち、夜空を見上げていた。長い黒髪が月の光を捉えて淡く輝き、大きな瞳には無数の星々が映り込んでいる。


 アリスは深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。耳を澄ませば、夜の静寂の中に微かな虫の音が聞こえる。そして……何か、それとは違う音が。


「あれ……?」


 アリスは首を傾げ、慌てて目を開けた。


 聞こえてくるのは、決して自然の音とは言えない、微かな電子音だった。規則正しく、しかし不思議な間隔で鳴る、まるで誰かの心音のような音色。


「これ、どこから……?」


 アリスは部屋の隅に置かれた受信機に目を向けた。天文部の活動で使用している、星からの電波を受信するための機械だ。しかし、今聞こえてくる音は、いつもの宇宙からのノイズとは明らかに違う。


 好奇心に駆られたアリスは、受信機に駆け寄った。ダイヤルを慎重に回し、音源を探る。するとついに、はっきりとした電波を捉えることができた。


「こんな規則的な信号……まるで、誰かが発信しているみたい」


 アリスの胸の中で、小さな興奮が膨らみ始める。この寄宿舎のどこかで、誰かが不思議な電波を発信しているのだろうか? それとも、もしかしたら……。


 アリスは窓際に戻り、星空を見上げた。瞬く星々の向こうに、未知の存在を想像する。しかし、すぐにその考えを振り払った。


「ううん、そんなはずない。この学園のどこかに発信源がきっとある。それを見つけなきゃ」


 アリスは決意を胸に、受信機を手に取った。寄宿舎の廊下に足を踏み出す。静寂に包まれた夜の校舎で、不思議な電波の正体を突き止めようと、一歩一歩進んでいく。


 階段を上がり、廊下を歩く。受信機の音に耳を傾けながら、アリスは慎重に探索を続けた。そして、ある部屋の前で立ち止まる。ここからの信号が、最も強いようだ。


 アリスは深呼吸をし、静かにドアをノックした。


「あの、すみません。お話があるんですが……」


 返事はない。アリスは再びノックしようとした瞬間、ドアがゆっくりと開いた。


 そこに立っていたのは、アリスが見たこともないほど儚げな美しさを持つ少女だった。長い薄紫の髪が顔を覆い、大きな瞳には月明かりが映り込んでいる。まるで、この世のものとは思えないほどの存在感。


「あ、あの……」


 言葉を失ったアリスの前で、少女は無言のまま立ち尽くしていた。その姿は、まるで月光に照らされた一輪の花のよう。


 アリスは心臓が早鐘を打つのを感じた。それは、不思議な電波への興奮なのか、それとも目の前の少女の存在に対する何かなのか、自分でもわからない。


 少女はアリスをじっと見つめ、そして何かを言いかけた瞬間……。


「あ……」


 かすかな声を漏らし、少女は一瞬にしてドアの向こうに消えてしまった。


「待って!」


 アリスが声を上げた時には、既にドアは固く閉ざされていた。残されたのは、受信機から聞こえる微かな電子音と、アリスの高鳴る鼓動だけ。


 アリスにもう一度ドアをノックする勇気はなかった。


 アリスは深く息を吐き、ドアに額を寄せた。閉ざされた扉の向こうにいる少女の存在を、強く意識する。


「きっと、あの子が……この不思議な電波の秘密を知っているんだ」


 アリスは心に誓った。あの儚げな美しさを持つ少女と、不思議な電波の謎。必ず解き明かしてみせる、と。


 星降る丘の上で、新たな物語の幕が開いたのだった。

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