第8話 万有引力の法則
「お待ちいただく間にケーキと、お茶のセットはいかがですか?」と吹雪が声をかけた。
「アップルパイはあるかのう?」と漫画から目を離す事なく師匠は尋ねる。よほど夢中になっているようだ。
「ありますよ。引立さんも同じものでよろしいですか。」と吹雪が声をかけた。
「はい、それでお願いします。」リンゴには嫌な想い出があるが、嫌いではない。
彼には、ぬぐおうとしても、ぬぐえない、心に深く刻まれた言葉がある 。自分は地球。子供の頃はそれで良かった。なぜか自分でリンゴを引き寄せることができるというのを知っており、周りの友達に見せては、自分はいつか地球のような、でっかい男になるんだと言っていた。友達からは、ぼくらのジアースと呼ばれ暖かい、あつかいを受けていた。
中学生になってから、それが大きく変わった。小学校からの友人は、それで良かったのだが中学校で新しく仲間になった人間には、地球君と在学中に呼ばれ続け不思議な手品をできる変わった奴という扱いにされた。それ以来彼は人前でその能力を見せたことはない。
「はい、どうぞ」と明るい声で、吹雪は二人の前にアップルパイと紅茶を並べてくれた。
師匠は皿を見ることもなく、じっと漫画を読んだままフォークを振り回し、手探りでアップルパイを取ろうとしている。『なんだかんだ言って子供だな。』と万有が思っている間に、フォークがアップルパイをはじき飛ばし皿ごと落ちそうになった。思わず 、万有引力を使ってしまう。リンゴのイメージがあったからだ。皿なんて 引き寄せられっこない。子供の頃に、リンゴ以外に何か引き寄せられる物がないか、試してみたものの散々な結果だったからだ。
意外な事に皿が落ちて割れることなく持ち上がった。試しに 万有はそれをそのまま、師匠の前のテーブルに置くように 念じてみた。すっと音もなくテーブルに置く事が出来た。
これは彼にとっては大きな発見 だった。リンゴ丸々一個でしか試した事がなかったからだ。今なら何とか、利用方法を考えようと試しただろうが、中学校に入ったばかりで封印したため、そこまで考えを巡らすことはなかった。
「すごい 。どうやったの。」驚きの声で、吹雪は尋ねた。
「て、手品です。ただの手品ですよ。」焦った声で万有は言った。
「タネを仕込む時間など無いはず?まさか物体移動魔法が使えるのか。」驚きの声を師匠もあげた。
驚くのも無理はない。ごく
「その漫画、面白そうですね。読み終わったのなら俺がお借りしますね。」と万有は言いながら、すっと読みさしの漫画に手を伸ばす。
「ならぬ。」と言うなり。また師匠は漫画を読み出した。かなり師匠の扱いに慣れてきた万有だった。
「吹雪さん申し訳ありませんが、手品のタネは教えるものでは、ありません。」と万有は言う。
「うーん、残念。」唇を尖らせながら本当に残念そうに吹雪は言いながら事務室へと向かって行った。
『本当に可愛らしい人だな。純粋でいい人で美人さんか。俺とは一番縁遠い人だな』と万有は思った。師匠が漫画に夢中なのを確認し、自分の皿を少しだけ浮かせてみる。やはり浮いた。
アップルパイを皿から持ち上げようとして、わずかに抵抗を感じた。パイが焼かれ底にあふれるリンゴの蜜が、糊の様に皿に引っ付いていたからだ。『もしかしたら?。』
今度は、テーブルナプキンでしっかりとリンゴの蜜を拭き取り、万有引力を使ってみた。アップルパイだけがフワフワ浮かぶ。
『リンゴの果肉に直線触れること事がコイツの鍵だ。今まで、丸々一個のリンゴが自分自身しか浮かばなかったのは、皮で包まれていたからだ。友達に見せる時にリンゴの皮をむいてから万有引力を見せておけば、もっと尊敬されたものを。』万有は後悔した。
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