第5話 亀を助ける
『うーん。これは、子供の遊びだな。助けてもらった恩も有る事だし付き合うか。』
いつもなら、なぜ自分の名前を知っているのかと考えがいく万有だが、怪我ひとつなく助かって思考停止状態だった。
「はい師匠、これからは牡丹師匠の弟子として、いつまでもついて参ります。」と言って万有は深々とお辞儀をした。
「うむ。気持ちの良い返事じゃ。それでは、さっそく、天川マンションへと共に向うのじゃ。」と師匠は言った。
ここで、さすがに万有は気づいた。「師匠は何故その事を、ご存知なのですか。」 すでにもう師弟の関係のような話しぶりだ。
「神の御告げに、したがっただけの事じゃ。」事もなげに師匠は言う。話は終わりとばかりに身をひるがえして歩き出す。
仕方がないので追いかけながら万有は話しかける。「師匠は仏につかえる身。神のお告げを聞いちゃだめじゃないですか。」
「私は神です。どうか信じてください。助けてください。あなたに助けていただきたい人間がいます。と困っている神様に言われたら、助けてやるのが仏の道じゃ。おぬしの名前と乗る汽車の時刻を告げられたので、この駅構内でずっと待っておったのじゃ。」と師匠。
万有の一歩は、師匠の歩幅二歩分よりも大きいぐらいなので、苦労することなく追いつき、師匠から一歩後ろの位置をキープしながら彼は歩いた。追い抜くのは失礼なので、歩幅を調整するのに最初のうちは、かなり手こずった。
あいかわらず、師匠は立ち止まる事なく、歩き続け、駅を出てレンガ道を歩き続ける。
行く道の途中に、なんと!亀をいじめている子供たちがいた。
『全く、なんて日だ。』思いながらも亀を助けに万有が飛びだそうとした、その瞬間!
師匠が手を横に出し、彼の動きを止めた。芝居がかった声で「ああ、これこれ子供たち、亀をいじめてはなりません。」
子供たちは「うるせぇー」と叫びながら棒を振り下ろす。が、よく見ると亀に当たる寸前に、ピタッと止めている。寸止めだ。
「では、これをあげますから。立ち去りなさい。」と師匠は言うなり万有から、考えに考えて決めた土産をもぎ取り、子供たちに渡した。
「やったー。本当に神様の御告げどおりだー。」と、はしゃぎながら子供たちは走り去っていった。
『なんて茶番だ。しかし、これからは本当に神の御告げを信じよう。おそらく、この師匠なら神に、おれいに、亀をさしだす約束ぐらい、取り付けたはずだ。』万有は心をいれかえる事にした。
「いやー、今日は、まことによい日じゃ。善行を積みまくり。二匹もいじめられている奴を救ってやったのじゃ。」と楽しくてしかたない様にケタケタ笑いながら師匠は言う。
「俺を、匹で数えないでください。」と不服そうに万有が言う。
無視して師匠が浦島太郎の替え歌を歌いだす。「♪大阪、大阪、牡丹ちゃん、助けた亀に、恩着せて、龍宮城におしかけて、宝を根こそぎ持ち去った♪」
「あのー、その亀って陸に住むハコガメですよ。海亀と違って泳げません。」申し訳なさそうに万有は言った。
「気合があれば何でも出来る。」師匠は自信満々。「なー、カメ吉。」
どうやら、師匠はペットの名前を猫はタマ、犬はポチで即決するタイプのようだ。
漫才のような、やり取りも終わり目的地に到着したようだ。
「よし、到着じゃ。」ビシッと師匠は言った。
「師匠、ここまでガードしていただき、まことにありがとう御座いました。日をあらためて、御自宅へ御礼にまいリますので。」と万有は深々と、お辞儀をした。
「何を言うか。ワシも今日から、お主と同じここの住人じゃ。」と師匠。
あわてて万有は言った。「いやいや、ここ一人暮らし用のはずですよ。」
「もちろん、ワシも今日から、一人暮らしじゃ。」と師匠は即座に返答した。
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