第12話「鐘の音」

 ゴォーン。ゴォーン──。

 茜色に染まる空に鐘の音が六つ響く。


 最後の音がまだ終わらぬうちに、その青年は食っていたまんじゅうを飲み込み立ち上がった。


「暮六つ。──逢魔時」


 呟きは風にかき消される。彼の羽織っている衣がはためき、通りすがりの女がギョッとした顔をして走り去った。

 真っ赤な着物から覗く青年の左手は茶色く、節々しく──まるで枯木のようだったから。


「ぎゃはは! 逃げられてやんの! なあ、悲しいか?」

「うるせえぞクソガキ!」


 隣で笑う子どもの頭へ即座に拳骨が落ちる。殴られた方は堪らず頭を押さえて泣き出した。


「痛い! 最低! 暴力はんたーい!」

「カッ、こんくれェで泣くなら最初から変な口きくんじゃねェ! いいか、こっちはアンくらいのこと慣れっこだからな!」


 唾を唾しながら青年は左腕を長い手袋へ通し、何度か握ったり閉じたりした。黒い布で覆われた腕は、まるであの一瞬が嘘だったかのように自在に動く。


「……ギンジ殿。そろそろ参りましょう」

「ヨキ坊〜、勝てもしないのに喧嘩売るんじゃないわよぅ。あとギンジロウはそれを受け流せるほど大人でもないからねぇ。殴られる覚悟はちゃんとしときなさいよ」


 ひとりは前髪を切りそろえた袴姿の生真面目そうな青年。もうひとりはヒョロリと背の高く肌の白い、洋装の男。

 ふたりに声をかけられ、ギンジは「わぁってるよ」と手を振った。


「逢魔時。昼と夜の混ざる時間。──現世うつしよ幽世かくりよの混ざる時間。人々が床に入り、あやかしどもが目覚める時間だ」


 一歩を踏み出す。影が揺れる。

 真紅の着物を纏った青年を先頭に、彼らは歩き出す。


「人々に害をなす妖は俺が許さねえ。この俺──妖霊士ようれいしギンジが許さねぇ! 行くぞ、真弓、ロウジュ!」

「御意」

「はいは〜い。な〜んか今日は気合い入ってるわねぇ」


 三人が列を成しゆらりと歩を進めたところへ、


「兄ちゃん、兄ちゃん! オレもいるぜ!!」


 童子が先頭へ回り込みギンジの前でぴょんぴょん跳ねる。

 ピクリ、と青年の眉が動いた。


「だ、か、ら!!! 危ねぇからついてくんなっていつも言ってンだろ!! ヨキ!!!!」





出演:「からくり時計」より 銀次郎、ヨキ、真弓、ロウジュ

20240805.NO.13「鐘の音」

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