書く習慣SSまとめ

氷室凛

第1話「鳥かご」

 ふわり、と鳥かごの中に火が灯る。

 小さな、けれどあたたかなオレンジ色の光。

 彼はこのごちゃごちゃとした雑多な部屋の中で、壁に吊るした鳥かごをランプ代わりに使っていた。


 ふわり、ふわり。

 彼の動きに合わせて少しずつ部屋が明るくなる。

 元の壁紙がわからなくなるくらい貼られているポスターが、どこかの国の新聞が、鳥かごの形に浮かび上がる。


「──あ。これ」


 わたしは今しがた照らされた新聞を見て息を呑んだ。

 どこかの国の新聞──いや、わたしの国の新聞だ。

 わたしの国の新聞の、わたしの記事。

 国民的歌姫がライブ中に突如倒れ、そのまま1週間意識が戻らないという、そんな記事。


「──ああ、これ。きみなんだ。へぇ、きみ、歌が上手いんだ」


 彼はその新聞を壁から剥がし、写真と目の前のわたしを見比べた。

 わたしは急に不安になる。


 そもそも、ここはどこだっけ?

 倒れたはずなのに、どうしてこんなとこにいるんだっけ?

 ていうかなんで倒れたの?

 それにこの子はだれ?


「あの、わたし。戻らなくちゃ。ライブの続きをしなくちゃ」


 キョロキョロと目を泳がせながら言ったわたしに、彼は笑う。笑う、って言っても、楽しくて笑うんじゃない。どちらかと言えば哀れみの、あるいは嘲りの混じる乾いた笑み。


「まあまあ、落ち着きなよ歌姫さん。今からどんなに急いで戻ったってライブは1週間前に終わっているし、目覚めたって当分は検査やらなんやらが待ってるよ」

「ねぇ、ここはどこ? わたしどうしてここにいるの? どうやったら戻れるの? それにあなたはだれ?」


 矢継ぎ早な質問に彼はまた「だから落ち着きなって」と言い、壁から鳥かごを外してこちらに1歩近いた。

 彼の後ろに黒々とした影が伸びる。わたしは思わず後ずさった。


「ここは言ってみればきみの夢の中。きみの魂はこの鳥かごみたいに、どこかに閉じ込められている。そしてぼくはきみを助けにきた」

「助け、に──?」

「そう! ようこそ魔法雑貨店に! この店から行けない場所はなく、このぼくに探し出せないものはない!」


 言いながら彼は鳥かごを放り投げた。鳥かごの扉が開き、小さな光が転がり落ちる。


 危ない、燃える──!


 そう思って駆け出そうとした瞬間、その光は一層強くなり、ぐにゃりと形を変えた。

 ──鳥、鳥だ。手のひらよりも小さな光だったそれは不死鳥よろしく1羽の鳥に姿を変え、ぐるりと部屋を一周してから彼の肩に着地した。


 呆気に取られて腰の抜けたわたしを見て、彼はまた笑った。今度はさっきとは違う──春の木漏れ日みたいな、穏やかな笑み。

 そしてわたしに向かって手を差し出す。


「さあ、立って。いっしょにきみの心の鍵を探しに行こう」



 20240725.NO.2「鳥かご」

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