ぞっとする短編怪談『彷徨う舞台霊』
redrock
『彷徨う舞台霊』
全て実話です。
あれは平成のある夏の日・・・私がテレビ・ビデオ番組のADをしていた時の話です。
老舗の『お笑い劇団』を番組で取り上げるため、私は座員たちを取材をしていました。
中でも若くイケメンでギャグが面白いA君は女性に人気があり、出待ちしているファンもたくさんいます。私は将来有望な彼と仲良くなるため積極的に呑みに誘いました。
いつもの通り終演後、劇団が所有する劇場近くの居酒屋で呑んでいると、陽気なA君が珍しく眉間に皺を寄せながら私に語り始めます。
「ここだけの話、ちょっと怖いと言うか、不思議な話なんです。劇場が古くて以前から嫌な予感がして・・・」
私が、「嫌な予感?」と訊くとA君の声が小さくなりました。
「そうです。劇場の舞台の上に広い楽屋があり、出演者はそこでいつもメイクをしたり雑談やゲームをして出番を待っているのですが・・・」
私も取材で何度もその楽屋を訪れています。
少し変わった作りの劇場で、舞台の下手から階段で上がらないと楽屋に入れません。
「僕がたまたま夜中まで居酒屋で呑んで、帰るのが面倒になり劇場の鍵を開けて一人楽屋で寝ていたんです。すると小便がしたくなり、舞台袖の近くにあるトイレに行くため階段で下に降りました」
A君が周りに聞こえないよう辺りを見渡し声を潜めました。
「・・・その時、階段の途中で誰かとすれ違ったんです。寝ぼけていた僕は反射的に、『おはようございます』と挨拶しました。そしたら向こうが、『おう、頑張れよ』って」
「それは誰?」
「すれ違った人はかなり年配の知らない男性でした。僕と同じく楽屋で寝てから帰るんだろう、と思い気にしなかったのですが、トイレに入った途端、あっ、と思い出しました」
A君の声がさらに小さくなります。
「すれ違った人は・・・僕が子供の頃テレビで見たことのある、座長の〇〇〇〇さんです」
私は全身に鳥肌が立ち背筋が凍りました。
「えっ?20年以上前に死んだあの!!」
〇〇〇〇は当時の座長で、若いころから老け役を得意とし、歩くとすぐにこけて四つん這いで走り回る老人、というギャグで一世を風靡した看板役者です。
「僕は怖くて楽屋に戻れずその日はカプセルホテルで寝ましたよ」
酔っていた私は、「へえ、大先輩にご挨拶が出来て良かったね」と呑気なことをA君に言いました。
そんなこともすっかり忘れた半年後・・・
私は番組編集の為、あの劇場の中にある編集室で、劇団所属の映像編集マンB氏と初めて仕事をすることになりました。
編集室は、客席と舞台全体を見渡すことができる窓のある照明室の隣にあります。
深夜作業のためこの編集室しか空きがなく、しかもB氏は50代で私とは親子ほども年齢差のあるベテランです。
明日の朝9時までにテレビ局へ完パケを納品しなければならず、私は一抹の不安を感じながら仕事を始めました。
B氏は深夜作業に不満があるのか常に不機嫌で、時間が経つにつれ私の指示に従わないことが多くなりました。
また彼はお笑いに一過言あるらしく、若手のギャグがこの場面で必要かどうかで、とうとう意見が対立しました。
しばらく沈黙が続き作業がストップ・・・
時計を見るとすでに深夜の1時半です。このままでは納品の時間に間に合いません。
「ちょっと休憩しましょう。自販機で缶コーヒーを買ってきますね」
私がB氏に言うと、彼も気を使い「僕も一緒に行きます」と言いました。
編集室を出て照明室の前を通りかかったその時です。
B氏が照明室のドアを開け、私に中に入るよう促しました。
「そろそろ2時ですね」
B氏が窓を覗き誰もいない暗い舞台を見ながら呟きました。
「あの舞台の天井にセットの看板があるのが見えますか?」
B氏が指さすと確かに上から紐で吊るされた大きな看板があります。
「小刻みに揺れているのがわかりますか?空調は止まっているので看板が揺れるはずはないんです。ほら、緞帳も揺れ始めたでしょ。この劇場の中にいるのはあなたと僕の二人だけです」
「どういうことですか?」
「あれは前兆です。この時間になると・・・」
B氏が右手と左手を交差させ二の腕をさすりながら言いました。
「出るんです」
私は半年前のA君の怯えた顔を思い出しました。
食い入るように舞台を見つめる私にB氏は続けます。
「出るんです。舞台の上手をよく見てください」
誰もいないはずの劇場に人影が見えました。
それは舞台袖からちらちらと顔を出し、客席を覗いているような気がしました。
「あ、あの客席を覗いている人影は?」
私が訊くとB氏は小声で呟きました。
「あれは・・・〇〇亭〇〇師匠です」
私は心の底からぞっとしました。その人気落語家は10年以上前に交通事故で亡くなっています。
「以前夜の編集作業終え、帰るため舞台袖にあるトイレの電灯を消しに行った時です。誰もいない舞台の上手で、出番を待つ師匠の姿をこの目ではっきり見ました」
B氏が舞台を見ながら目を細めました。
「師匠は死んだことがわからず、今も自分の出番を舞台の袖で待っているんです」
私は、死してもなお舞台に上がろうとする師匠の凄まじい執念に、恐怖よりも感動すら覚えました。
その後B氏とのわだかまりは消え作業は順調に進みました。
そして4時を過ぎた頃、B氏が突然振り向き、モニターを見ている私に大声で叫びました。
「後ろ!!後ろを見て!!」
私が振り向くと黒い人影がすぐ後ろに立っています。
そして掠れた声が私の耳に入ってきました。
「マ・イ・ド・バ・カ・バ・カ・シ・イ・オ・ワ・ラ・イ・ヲ・イ・ッ・セ・キ・・・マ・イ・ド・バ・カ・バ・カ・シ・イ・オ・ワ・ラ・イ・ヲ・イ・ッ・セ・キ・・・マ・イ・ド・バ・カ・バ・カ・シ・・・」
壊れたCDプレイヤーのように何度も何度も・・・
私は恐怖のあまり耳を両手で塞ぎ固く目を閉じました。
「しっかりしてください!!」
B氏の言葉に恐る恐る目を開け後ろを向きました。
そこには誰もいません。
〇〇亭〇〇師匠は私に落語を聞かせたかったのでしょうか?
それから1年後・・・A君は座長に昇格しテレビで見ない日はないほどの人気者になりました。
私は勤めていた制作会社が倒産、その後フリーのディレクターとして仕事を探すつらい日々を送っています。
©2024redrockentertainment
(あとがき)
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
A君は亡くなった先輩役者を目撃してから大出世をしました。以降、「その役者を見た人は必ず出世する」というジンクスが劇団で生まれました。しかし、残念ながらその劇場は老朽化に伴い取り壊され、その後商業ビルへと変わりました。
2024・8・18 redrock
ぞっとする短編怪談『彷徨う舞台霊』 redrock @redrock5555
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