第9話 仕事よりも愛するもの

 そしてわたしはいま、とんでもない公開告白をセドリック様からされて激しく動揺していた。

 人々はアッサム殿下とモキ様の機転で一瞬で忘れてくれたようだけど…

 

 (セドリック様が長年、ずっとわたしを愛でていた?)

 

 それは本当なのだろうか?いつから?

 動揺で上手く思考がまとまらない。

 今晩、どんな顔をして屋敷に帰ったら良いのだろう。

 セドリック様とどうやって顔を合わせたら良い?

 思わず、屋敷に帰らず、まだそのままにしてある寮に帰りたくなってしまった。

 


 ご令嬢達のワインぶっ掛け騒動を受け、待機場所から別室に急いで駆けつけてきたそれぞれのご令嬢達の侍女に着替えをお任せする。

 ご令嬢達も落ち着きを取り戻したことを見届けると別室からそっと出た。


 誰もいない静まり返った王城の廊下の壁に持たれて、セドリック様がわたしを待っていた。

 遠くのホールで楽団が演奏する賑やかな音だけが聞こえる。


 先ほどの公開告白が頭をよぎり、一瞬声を掛けることを躊躇ったが無視をすることもできない。

 それにセドリック様の真意を知りたい。


「セドリック様」

 声を掛けると、俯き加減だったセドリック様が顔を上げる。

「シェリー、大丈夫だったか?」

「はい」

 返事をしながらセドリック様に歩み寄って、彼と向き合った。


「あの…セドリック様、先ほどはわたしを庇って頂きありがとうございました」

 頭をゆっくり下げる。

「お礼を言って頂くようなことはしてないよ」

 セドリック様が優しく微笑まれ照れたのがわかった。


「ところでセドリック様、先程のあの「わたしを愛でていた」というお話は本当ですか?」

 セドリック様の耳が瞬く間に赤色に染まり、返答を少し困っているようだ。

 しばらく、ふたりの間に沈黙が続く。

 

 長い廊下の先の方でプジョル様が走って来るのが見えた。

 プジョル様はわたし達のところまで息を切らせるぐらい急いで走って来るとなぜかセドリック様を眉をひそめてひと睨みしてから、セドリック様に軽く会釈されるとセドリック様も会釈を返された。

 

 そしてセドリック様も照れていた表情から一転、険しい表情になった。

 

「モキ様とアッサム殿下、おふたりの機転で無事に剣舞が終わって、楽しい雰囲気でダンスが始まったぞ。そちらは大丈夫か?」

「良かったです。こちらもただいまご令嬢達はお家の侍女さんがいらして、お着替え中です」

 わたしとプジョル様で業務報告を簡単にする。


 プジョル様が急にセドリック様に話しかけた。

 

「アトレイ殿、先ほどはシェリー嬢を守って頂きありがとうございました」

「シェリーは私の妻です。当然のことをしたまでです」

 セドリック様がモノクルを掛け直しながら、無表情に言葉を返す。

 

「今度からは私がその役目を引き受けますよ」

 プジョル様が爽やかなすごく良い笑顔だ。

 

「「えっ?」」

 セドリック様とわたしの声が重なる。


「どういうことですか?」

 セドリック様が無表情で問い返す。


「アトレイ殿の愛しているものをシェリー嬢がわかったら、離婚される予定ですよね?」

 プジョル様がとても楽しげだ。

「シェリー嬢はまだわからないようですが、私は貴方が愛しているものがなにかわかりました。それをシェリー嬢に教えてしまうと離婚されるんですよね」

 

 ニヤリと笑ったプジョル様から笑顔が消え、セドリック様の方に向き直り、怖いぐらいの真剣な眼差しになる。

 

 「私は彼女のことを愛しています。シェリー嬢が人のものになって初めて自分の気持ちに気づきました。自分の気持ちに気づいた時は遅すぎると嘆きましたが、私にまだ機会は残されたようですね。彼女は今後、離婚をするかも知れないということですよね」

 セドリック様はずっと無表情のままだ。

 

 「シェリー嬢は結婚したいまでも、いまだに恋もしていない。彼女とこれから恋をするのは私でありたいと強く思っている。セドリック殿、シェリー嬢がいままで恋愛をして来なかったのはわたしと恋愛するためだったのかも知れませんよ」

 プジョル様がセドリック様に勝ち誇ったように言って、わたしの方にだけ柔らかな眼差しを向ける。

 

 わたしはプジョル様の気持ちを初めて知った驚きと恥ずかしさで声もでない。


「シェリー嬢がセドリック殿の愛しているものを知り、私の気持ちも知り、そして離婚を選択するのかどうするのか彼女の気持ちを尊重しようじゃありませんか」

 セドリック様もプジョル様もお互いを睨みとても怖い顔をしていて、わたしが口を挟む隙もない。


「シェリーが俺の気持ちに嫌というほど気づき、俺の気持ちに溺れるまで絶対に離婚はしない。彼女が恋する相手は俺だ!」

 

 セドリック様がプジョル様に低い声強くそう言うとわたしに手を差し出してきた。

 

 「シェリー、俺とダンスを踊りに行こう」

 知的な雰囲気の色気でわたしに迫ってくる。

 

 「し、仕事を愛しているセドリック様がなにを言っているのですか?いまはわたしは職務中です!職務を途中で放棄するなんて有り得ないです!」

 プジョル様がわたし達のやり取りを見ていてクスッと笑われる。

 

 「本当はアトレイ殿とのダンスが嫌なんだろう。ではシェリー嬢、私と踊ろう!」

 プジョル様が清々しい表情でダンスのお申し出をしてくださる。

 そしてこちらも大人の色気を無駄に醸し出し、手を差し出される。

 

「プジョル様もです!いまは職務中ですよ!仕事を愛しているプジョル様はどこに行ったんですか!」


 ふたりが顔を見合わせている。

 

「「仕事よりも愛するものができたんだ!!」」

 ふたりの声が揃った。

 

 プジョル様もアトレイ様もどうしてしまったというの!

 仕事をあんなに愛していましたよね?

 

「わたしはあなた方を仕事好きに戻します!!!」

 わたしは別室の扉を勢いよくノックする。

 

 「お嬢様方、プジョル様とアトレイ様からダンスのお申込みです」

 

 「「シェリー(嬢)!!」」

 

 ふたりとも悲鳴のような声をあげる。


「おふたりとも、お仕事を愛していましたよね?いまからご令嬢達とダンスを踊って、彼女達が今宵は楽しかったと良い思い出になるように思い出を塗り替えられるようなおもてなしをしてください」

 わたしは鼻息荒く、恋で周りが見えなくなっているプジョル様とセドリック様を白目で見る。

 

 

 プジョル様もアトレイ様も恋を知った。

 あれほど、仕事だけを愛していたのに。

 仕事よりも大事で夢中になってしまう恋って大変そう。

 こんなに自分の気持ちを露わにして、あんなに冷静だった人たちが冷静に周りが見えなくなるなんて。

 恋は盲目って言葉は本当なんだ。

 我が目でそれを目の当たりにして、思わず手を額に当て考え込んでしまう。

 

 いまのわたしにはこの状況を理解するだけで精一杯。

 恋愛落ちこぼれのわたしでもいつかは恋を知ることができるかしら?

 なんだかんだと言ってもいま楽しそうなふたりを見ていて思う。

 少しだけ恋を知ってみたいような。

 でも、なにも深く考えずに自分の気持ちに素直になるのは初めてのことで少し怖い。


「「シェリー(嬢)に恋を!!」」

 

 ふたりの重なる声が廊下でこだましていた。

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