第7話 上司

「シェリー嬢、お疲れ様。限られた予算と時間でよくここまでの歓迎レセプションにできたな」

 わたしが始まった歓迎レセプションをそっとカーテンの影から見守っていると、上司のプジョル様がそばに来て労いの言葉をかけてくださった。

 彼はわたしが結婚式に翌日に元気に出勤してきたので、白い結婚のことはもちろん、なぜか1年後の離婚計画まで速攻で見破り、協力をしてくれると申し出てくださった貴重な上司。

 結婚したいまでも「アトレイ夫人」ではなく、「シェリー嬢」と呼んでくれる。

 

 彼はわたしより少し年上の男性で彼もまた、仕事を愛し、一生結婚なんてしないと周りに豪語する公爵家の三男だ。だから、こんなわたしとよく気が合う。

 職場に女性がいないので、わたしは女友達のように接してしまっている。

 先日も「セドリック様の愛するもの」について相談したばかりだ。

 

 長身で栗色の髪に深い青の瞳の彼は、独身のご令嬢にたいそう人気がある。仕事しか愛せない中身がバレていないからだろう。

 いまだって、わたしと会話を交わす間にも、ご令嬢達からの熱い視線が注がれている。

 獲物を狙うようなご令嬢達のギラギラした瞳がこの上司に向けられ、嫉妬とも言える視線が遠慮なくわたしに刺さるので、わたしとしては女同士のゴタゴタに巻き込まれたくない。

 プジョル様は良い人だけど、目立つこの人には出来れば人目がある場所で話しかけて欲しくないのに、こっちの気も知らず、この上司はいつもの調子で話しかけてくる。

 

 熱い視線とは明らかに違う視線を向けられていることに気づき、辺りを見回すと遠くの方でセドリック様と目が合った。

 結局、お義母様は欠席でセドリック様が代理として、お義父様と出席をされている。

 今日はいつもより一段とキリッと髪も服も纏められている。眼鏡も普段使用しているものではなくて、モノクルにされていて、知的な雰囲気に目を奪われた。


 セドリック様とは夫婦なんだけど、まだ気安く手を振るような関係まで仲が深まっていないし、ここは少し遠慮がちにぺこりと頭を下げた。

 セドリック様も無表情でそれに応えてくださった。


 セドリック様のなにか言いたげな視線が続く。

 もしや…

 

「お前の旦那、あの財務課の人だったよな?」

 プジョル様もその視線に気づいたようだ。

 セドリック様がモノクルを掛け直しながら、こちらを睨んでいるように見える。

 

「はい。もしかしてアトレイ様は、このレセプションが予算案と違うと不審に思われているのかも知れません」

「えっ?」

「ほら。今日は楽団の中にサプライズで我が国で有名なバイオリン奏者のモキ様が混じっておられるでしょう。それをもう始まって数分で見抜かれて、彼の出演料の予算案が出ていないと気づかれたのでは?」

「シェリー嬢、それじゃないと思うけど」

「そうなのですか?でも今日のモキ様の出演料は、あのセイサラ王国のアッサム殿下と古くからの知り合いだからと無償で請け負ってくださっているので、予算案を出しておりませんので」

 プジョル様は少し苦笑いしながら、わたしの耳元でコソッと呟く。

「本当に政略結婚なのか?」

 わたしは質問の真意がわからずに、コクコクと頷く。

「まぁ、いいや。ちょっと予想と違ったな。彼の愛するもの…ねぇ」

 セドリック様の方を見ながら、そう呟いた。


 その時だった。

 会場の中央がひと際騒がしくなった。

 喧嘩でもしているのだろうか?女性の大きな声が聞こえた。

 プジョル様と顔を見合わせて駆けつけようとしたときに、その中から飛び出してきた配膳係の主任担当が血相を変えて、わたしを呼びに来た。


「シ……………様、シェリー様!!」

「どうされたのですか?」

「大変です!!いまご令嬢たちがあそこで口喧嘩しながら、互いにワインを掛け合って大変なことに!」

「それは大変!すぐに行くわ!案内してください!!」

 すぐに配膳係の主任担当と騒ぎの中心に大急ぎで向かう。プジョル様も先頭を切って一緒に向かってくださる。


 確かに今日の会場の熱気は、はじめから尋常ではなかった。

 特に未婚のご令嬢の方々のドレスや化粧、飾りなどは宝石箱をひっくり返したかのような気合の入れようで半端なかった。

 若いご令嬢がいる家はほとんどが「父と娘」の参加だったし、異変には気づいていたのだけどまさかここまでとは。

 みんな、アッサム殿下狙いなのね。

 「恋愛落ちこぼれ」の自分の予想が甘かったと、走りながら唇を噛みしめる。


 それにしても同盟国であるセイサラ王国のアッサム殿下の人気は凄まじい。

 今回、アッサム殿下を国賓としてお迎えをするにあたり略歴書に目を通したが、お亡くなりになったレナード殿下とは双子で、レナード殿下が病床についておられるときはレナード殿下の影武者としてご活躍されていたとか。セイサラ王国など周辺国ではいまだに信じられている双子を忌み嫌う古いにしえの伝説のため、貿易を営む商家でお育ちになったらしく、王族にはない野性味があり、それがまたご令嬢には新鮮に映るらしい。

 ご到着をされた時にご案内等をさせて頂いたが、社交的で人当たりがよく、黙っておられる時は端正なお顔立ちに品のある野生味で色気がダダ漏れで、少し悪戯っぽく笑われるときの人懐っこい表情とのギャップが凄くて、これには世の女性が大騒ぎするはずだと納得した。

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