俺の愛するものがわかれば離婚してあげる 堅物激重旦那はバリキャリ令嬢→妻の初恋未満に悶えています
植まどか
第1話 青天の霹靂
「今日もクレスト嬢は凛とされていて素敵だわ」
遠くで通りすがりの王城の使用人同士がチラッとこちらを見て、会話をしている。
わたしのことだ。
足早にその場を立ち去ってから、物陰で着ている官吏の制服の襟をただし、背筋もピンと伸ばす。
さっき、実家からの手紙で取り乱したばかりだった。
それは、まさに晴天の霹靂と言っても過言でない。
仕事を愛して止まないわたしにとって、降って湧いたような災難。
仕事だけに生きる日々がその災難によって終わりを告げたのだ。
わたし伯爵令嬢シェリー・クレストは王城の儀典室ぎてんしつ勤めの23歳。
儀典室は公的行事の式典や表彰式、王家主催の舞踏会を取り仕切る、いわゆる「宴会」部署だ。
勤めて5年。毎日、王城と寮の往復の生活だが、仕事にやりがいも感じ、給金をもらえ、そこそこなにも困らない平穏な日々が気楽で、一生このままで恋愛も結婚もそんなものなんてしなくても良いと思っていた。
そんな矢先だった。
政略結婚が突然決まったのだ。
お相手は、侯爵家の嫡男のセドリック・アトレイ様だ。
彼も王城勤めで財務課に勤務の23歳。
婚約者も決まらない(決めたくない)、恋愛もしない(したくもない)、仕事が1番大好きと、そんな堅物の息子と娘を持て余した親たちが意気投合をし、今回の縁談となったのだろう。
わたしを騙すように勝手に話しを進め、わたしの意思を全く無視してくれた自分の両親に対して腹が立って仕方がないし、どうしてこうなったのか詳しい成り行きなどは知りたくもないのでなにも聞かないつもりだ。
どうせ同じ派閥の侯爵家と中の上の伯爵家では家格もちょうどよかったんだろう。
政略結婚のお相手の彼のことは顔と名前は知っている。仕事で少し話したことがある。その程度だが。
同じ王立学園の出身の同級生で、学生時代の彼はわたしにとってライバルそのもの。悔しいことに彼は成績優秀でずっと学年1位だった。そして、わたしが万年2位。
どんなに勉強をがんばっても、ついに彼を追い抜くことはできなかった。
学園での彼の印象は、図書室でよく見かける眼鏡をかけたもの静かな人といったところだ。
眼鏡萌えの女子には隠れた人気があったように思うが、とにかく恋愛事に一切興味がなかったわたしには、他人の恋愛なんてどうでもよかった。
王城での同僚としての彼は、ビシッとオールバックに髪を綺麗にまとめ、隙のない人といった印象だ。
ど正論で厳しい指摘をズバズバとし、それを全くの無表情でするものだから、いつしか「金庫の番人」というふたつ名がついている。
わたしも仕事の都合上、予算書や収支報告書などお金に関わる書類を提出するときは彼のいる財務課に提出しなければならないが、彼が担当になったときはどんな厳しい指摘がくるのかと震え上がる。
そんな彼もわたしと一緒で、きっと仕事が好きな根っからの仕事人間なのだろう。
定時で寮に帰っているところも見たことがないし、いつも早く出勤をしているのを知っている。
彼の真面目で優秀な仕事ぶりは誰もが認めるところだ。
そんな仕事人間の彼が、なぜこの政略結婚の話に首を縦に振ったのかが理解できないが、侯爵家の嫡男としての「世継ぎを作る」という役目がいよいよ切羽詰まってきたのだろう。
確かに年齢的にもあまり時間に猶予のない、喫緊きっきんの課題だ。
だから彼も周りに騙され固められ気づけば、気の毒にもわたしみたいな恋愛落ちこぼれとの政略結婚にこぎつけられていたんだろう。
政略結婚をしなければならない状況に周りをガッチリ固められて、逃げることも出来ない状況に陥ったわたし達は嫌でも「政略結婚」というミッションの成功に向けて共同作業で進めていかなければならなくなった。
きっと彼も、そしてわたしもお互いに恋愛感情なんて微塵もないのだから、これはほぼ仕事だ。
いや、仕事と思う方が楽だ。
わたしにしたら儀典室の仕事もこの結婚式も、なんら変わりがない。
結婚式は「自作自演の式典」だもの。
それにしてもどうしたものか。
恋愛をしたこともない「恋愛落ちこぼれ」のわたしが結婚をしてしまって、政略結婚の夫婦によくある「結婚してから恋愛しました♡」みたいな甘い関係になるのは想像もできない。
このまま義務的に子作りだけはするのだろうか?
いまは王城での仕事をこれからも続けていきたいと強く思っているから、妊娠、出産は非常に避けたいのに。
とりあえず、ここは周りに合わせて大人しく結婚をして、可能なら白い結婚にしてもらって1年後に「喫緊きっきんの課題の子づくりに結果を出せませんでした!」と言ってあっさり離婚をしてもらおう!
それが一番良策かも知れない。
これで2度と親からは「結婚をしろ!」とか言われなくなる。
どうせ、結婚なんてサインひとつ、紙切れ一枚の関係だ。
仕事人間の彼もわたしと同じように仕事に集中したいだろうし、応じてくれると信じたい。
そして彼が子どもをどうしても望むなら、別の方と再婚していただけると助かる。
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