ある黄昏時のできごと

山広 悠

ある黄昏時の出来事

あれは昨年の夏の夕暮れ時のことでした。


会社からの帰り道。

家の近くの交差点で信号待ちをしていた時、不意に誰かに左手を握られたのです。

ギョッとしてそちらを見ると、小さな3歳くらいの可愛い女の子が、

「ママ……」

と言いながら私を見上げていました。

他に信号待ちをしている人はいないと思っていたので最初は大変驚いたのですが、幼い子が自分の親と間違って他人の大人の服をつかんできたり、手を握ってきたりすることはよくあることです。

私は微笑ましくなって

「あら、どうしたの? 私はあなたのお母さんじゃないけど、横断歩道を渡るまではおててをつないでいましょうかね」

と、女の子に話しかけました。

女の子は、はにかみながらこちらを見上げて頷きました。

私も笑い返します。

ほわっと温かい気持ちになって、仕事の疲れが消えていく気がします。

すると、

いきなり女の子が横断歩道を渡り始めたのです。

「ちょっと待って! まだ赤だから進んじゃダメよ!」

私は思わぬ強い力で引っ張られてよろめきながらも、女の子を窘め(たしなめ)ながら引っ張り返しました。

でも……。

どんなに引っ張ってもびくともしないのです。

それどころか、とんでもない力で反対に私を交差点の真ん中へ向かって引きずるように連れて行こうとします。


遠くからトラックが走ってくるのが見えます。


「ちょっとやめて! 何するの! 危ない! 放して!!」

私は大声で叫びました。

でも、女の子は放してくれません。


ダメだ、引かれる!!


そう思った時、

ブンッ

ものすごい力で私は反対側の歩道へ放り投げられていました。

歩道に打ち付けられ激痛に顔をしかめた時、

ガシャーンっ!!

とんでもないクラッシュ音と共に、トラックが私が元いた場所にあった信号機に激突しました。

私はそこで気を失ってしまいました。



その後、病院で聞いたところによると、あのトラックは信号機にぶつかった後大破して横転し、辺り一面に破片が飛び散っていたとのことで、付近に誰もいなくて本当に良かったと、看護師さん達が話していました。

ちなみに、居眠り運転をしていたドライバーは即死だったとのことです。

なお、不思議なことに、事故当時、あの現場には私の他は誰もいなかったとのことでした。


ただ、やはりと言うべきか、あの交差点では以前、小さな女の子が亡くなる交通事故があったとのことでした。


私はあれ以来、毎月あの交差点にお花をお供えしています。



                                   【了】








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ある黄昏時のできごと 山広 悠 @hashiruhito96

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