6:探索者ギルド
ふんわりとした浮遊感の後、景色は全く違う場所に移り変わっていた。
病院にあるレントゲン室に似た雰囲気を持つここは、ダンジョン前に作られた探索者ギルド――ダンジョン内外の治安維持と探索者の管理や教育などを行う世界規模の組織――の中だ。
床にはうっすらと魔法陣が見える。これはダンジョン側で設定された転移魔法陣で、これに合わせてギルドが建っているらしい。
「ふむ、この仕組みもあっちの世界と同じなんだね。でもやっぱりこっちの方がしっかりしてる。S級ダンジョンの警備だよこんなの」
「これ、別にどこにでもあるような部屋だけどね……」
その返答に驚いたのか、一瞬、小さく「えっ」と呟いて瞠目していた。可愛い。
「ちなみにさ。どこからか視線を5個ほど感じるんだけど、なんでかな?」
そう言ってシルフィアは天井や壁の監視カメラ、そして物陰にこっそりと置かれたカメラにさえ指をさした。
近づいてやっと何かがあることしか分からないのに、こいつはノールックで気づいている。怖い。
「すごいな、こんなとこにもカメラが……なんで気付けるのさ?」
「勘とか感覚だね。見られてるな、ってのがなんか分かるの」
またもや発揮された化け物ぶりに驚愕しつつ、ここにいても仕方がないので部屋を出ることにした。
厳重なセキュリティのせいか、物音が全く聞こえない。
まるで研究所みたいだ。行ったこと無いけど。
それに、ギルドは探索者関係専用の役所みたいな部分もあるので、職員が仕事する音くらいはあるはずなんだがな。
「ここを開ければ……っと!」
黒文字で「帰還者用ロビー」と書かれた扉を開けると、そこには白いフローリング貼りの空間が――こっちは病院みたいだ――広がっていた。
受付ロビーとはまた違う見た目は、色々と利便性を考えて作られているのだろう。
「お疲れ様です、帰還おめでとうございます。亡くなられた方もいないようでなによりです」
俺たちに気づいて、男性職員が受付越しに声をかけてきた。
受付とは違う人だが、こちらもスーツを綺麗に着こなす真面目そうな人だ。
D級の、初心者御用達ダンジョン前のギルドだからこそなのかもしれない。そう思わせる何かが彼にはあった。
「魔石は……ないようですね。まぁ、気にしないでください。最初は皆様そんな感じですよ」
「シルフィア、出してくれ」
「もちろん」
男性職員は怪訝な顔を浮かべた。
一方、シルフィアはまた虚空に手を突っ込んで――時空の裂け目みたいなものが見える。めっちゃかっこいい――その中から袋を取り出した。
これは
受付の机にそれを置き、紐をほどく。
そこにあったのは、思わず「金銀財宝」と言いたくなるような綺麗な石――魔石の海だった。
「なっ……!?」
すごい、さっきまであんな事務スマイルだったのが、目を見開いて驚いている! そうだよね、おかしいよね!
D級は魔石数個が限界って言われてるからね! それに乱獲対策に上位ランクの立ち入りは禁止されてるからね! なおさらだよね!
「では、買い取りをお願いします」
「わ、分かりましたっ。少々お待ち下さい……!」
明らかに取り乱した様子で袋を持って去っていく。
「こんな対応は久しぶりだなぁ~。最近は『いつものか』みたいな扱いされてたし」
「……普段からどんだけ魔物倒してたのさ」
「もちろんプライベートはあるよ? でも依頼を受けた日は……平均50体くらいかな。ダンジョンに潜らないで、だよ」
「俺たちが今日倒したのは……?」
「えっと、多分30体くらい?」
「こ、これの倍……」
ほとんど戦ってない俺ですらあんなに恐怖し、死にかけたのに、あれを超える戦いをしていたというのか。
元A級探索者の親父でも「50体くらい倒したときは死ぬかと思った」って言ってたんだけどな……さすがはS級。
「お、お待たせしました。D級とC級とB級の魔石、合計30個で十万円で買い取らせていただきます。税金はB級以下ですので免除となっております」
「じゅ、じゅうまんえん……!?!?!?」
高校がバイト禁止な俺にとって、それは充分すぎるほど高い金額だった。さっきのこの人みたいな驚き方をしてしまって少し恥ずかしい。
「クレジットカードとかないしなぁ……えっと、ギルドカードに溜めてください」
「かしこまりました。ではカードをお預かりします」
荷物はシルフィアに預けてあるので、目配せをして財布を取り出してもらい、そこからカードを取り出す。
これはギルドカードと呼ばれるもので、車の免許証に近い。異なる点は報酬の貯金ができるところだ。他にはランクも書いてある。
「お返しします」
「じゃあシルフィア。そろそろ帰ろうか」
「そうだね。私もなんだか疲れちゃったかも」
——そうして、俺の初めてのダンジョン攻略は大成功で幕を閉じたのだった。
◇
一方、二人が去ったギルド――正式名称をD級ダンジョン臨界探索者ギルド第三支部という――では、一人の男が真剣な表情で何かを思い悩んでいた。
「……おかしい。
彼の目は血走っていて、視線の先には先程ここを去った二人の少年少女がいる。
いくら恨みを込めて睨もうと、仲睦まじく歩く二人はこちらを見ない。
「くそっ、おかしいと思ったんだ……」
限りなく力を抑え、机を叩く。
ドン、とくぐもった音が机上のペンを揺らす。
彼らは元々、このダンジョンで実験を行っていた。
ダンジョンにはランク――出現する魔物の強さや難度を示す指標――があり、それを上げることは今まで不可能だった。
しかし、初めてそれに成功したことで、出現する魔物のランクは上昇していたのである。
「あのシルフィアとかいう女、やけに魔力量が高いし精霊の加護もあるし、明らかにこの世のもんじゃないのに実験の産物であるC級の魔物をたくさん放つだけでどうにかなるはずないだろ……」
「おや、どうしたのですか。
「
彼の背後から現れた、黒いスーツの人間。
その顔や声は中性的で、性別が判別しづらい。
「まぁ、そうですね。『実験』の一歩目で生まれたC級ごときでは奴らを始末できなかった。それは事実です。あぁ仕方ない。あぁ残念だ」
悲痛な顔持ちで――声色は平坦だ――呟く
「しかし私は責任を負いたくない。
「は、はっ! かしこまりました! か、必ずや彼らの首を持って参ります!」
「よろしい。では私はこれで。報告書を書かねばならないのでね」
そう言って
「はぁ……くそっ。あの白い女、シルフィアと言ったか? とにかく奴がいると俺たちが殺されかねん――そうだ、あの伶という男! 明らかに弱そうだ、見た目だけで分かる! あいつから狙えば……!」
真面目そうとターゲットに評されていた男は、下卑た笑みを浮かべて計画を練り始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます