第25話 教会からの使者

「それについては総督閣下が、通行許可証を出して下さったのよ。だから普通に門から入れるんじゃないかしら」


 内区にどうやって入るのかという俺の疑問については、スーちゃんからのほほんとした答えが返ってきた。

 どうやら、あの総督閣下はスーちゃんに通行許可証を発行してしまったらしい。何を考えてんだと言いたい。


「そりゃあれかい? 酒飲まして、街守がいしゅ様が良い気分のところで、おねだりしたら書いてくれたってヤツじゃねえだろうな? 普通は別の窓口の承認だってりそうなもんだぜ」


 酒の勢いで出てきた通行証だとか、不安で仕方がない様な代物でしかないだろう。本当に使えるのだろうか。


「もらえたのが面会許可証みたいなのよね。後で別の部署にも申請しんせいしてくれって言ってたから、これの次にちゃんとしたのが出てくるんじゃないかしら」


 スーちゃんの返事の仕方からして、書類をせしめた手口については俺の指摘した通りだったのだろう。

 まことに面倒なことに、正式な通行許可証については、更に手続きが必要であるとのことであった。また内壁の門のところで金貨でも飛ばして、懐に入れてくれるような御仁ごじんにお願いしてみるしかないようだ。


「ふむ。それでもこれは大きな前進だぞ。こちらは最初から、金貨を積極的に投入する予定なのだ。出せるうちに出して、内区での情報収集に活用すべきだろうな」


 マーちゃんからは、スーちゃんの通行許可証の取得に関して前向きな意見が出てきた。黒クモさんによる侵入部隊だけでは限界があるため、こういった浸透手段は確保しておきたいところのようだ。


「それでどうするよ。今日のうちに届け出に行って来るかい? 昨日の騒ぎと関係がえか、疑われてもつまらねえ。明日以降にした方が良いかもな」


「スーちゃん、龍の姿は見つかっていない様だが、だからこそ関連性は疑われる可能性がある。ケンチの言う通り、時間を置くのは必要かもしれん」


 俺の出した慎重案には、マーちゃんも賛成してくれた。


「そうね。しばらくはこの身体に慣れないといけないし。ここで大人しく練習でもしておくわ」


 スーちゃんとしても、いきなり人型義体で行ってきますは無いらしい。数日間は、大人しく操作について訓練を積むとのことだ。


 そんなわけで、今日の午前中はまったりと過ぎることになった。

 俺は教会から使者が来たときの為に、探索者用アパートの扉の内側に衝立ついたてを設置し、相手に銀貨10枚くらいは渡しておこうかと悩み、もてなしは近所の飲み屋にしておくことに決めた。

 探索者組合事務所の大食堂に教会の関係者を連れていった日には、全員からうらみを買うついでに教会からおしかりまで受けそうなのだ。






「偵察に出ている黒クモさんから連絡だ。教会から出て、こちらに向かっている人間が2人いる。両方とも子供の様だな。子供が使いになることがあるのか?」


 時計塔の鐘が鳴って昼になった頃のこと、マーちゃんからそんなお知らせが来た。


「うちの国にも、郵便事業っつうもんがあんのぁ前に言った通りだ。外区の配達に関しちゃ教会のシノギになってる。子供なら目立たねえってのもあるかもな」


 マーちゃんに説明した通り、郵便事業は国営だが配達は内区と外区で別れている。外区は孤児達や、探索者が奉仕活動として行っているわけだ。


「教会の浸透具合は巧妙こうみょうだな。カロリーフレンドの製造工場の現状について、高位聖職者に相談したいだけだったのだ。後が楽になるなら、司教殿には積極的に顔を売るか」


 そう言えばマーちゃんとしては、パウディーノ・マレニバズル司教様に話を聞きたいだけだったのを思い出した。

 国付きの司教様と補佐司教様まで来られるので、俺としてはこの際だから、教会のバックアップを受けられるくらいびておこうと思う。


「ケンチ、お客様だがそろそろ到着するようだぞ。黒クモさんはTチームに合流させておこう。公衆トイレと施療院の観察は良い情報が多い。出てくるのがシモ事情だけではないのでな」


 そろそろ教会から子供メッセンジャーが来るらしい。

 マーちゃんの台詞からするに、うちの主婦レーダー姉さんが街の下世話な噂に精通する日も近いと思われた。

 こういった事をとどめる能力は俺には無いのだ。神が後悔しない生き方を勧めるのは、こういう存在が世界の影にいることを信徒に伝える為かもしれない。






「ケンチー! 今日は居るんだろ? 手紙持ってきたー!」


 元気が良いのは大変結構なのだが、おめえら他にも注意された事があんだろぃ、と言いたくなる声が俺を呼んだ。


「2人ともありがとよ。それと、ココじゃもうちっと静かに頼む。お隣さんとソレでめるとな、ぶん殴ってどっかに捨てて来なきゃならねえんだ。それ専用のゴミ箱は持ってんだが、若い奴だとダブりそうでよ」


 手紙を持ってきてくれたのは、孤児のネックブリーカーとスロイダーだった。こいつらは「探索者になりたい」とか言い出しそうなので、今のうちに殺伐とした業界の内部を教えておかないとならない。12歳のうちに考え直してほしいのだ。


五月蝿うるせえぞガキ共! やい、ケンチ! お前もここの決まりぐらいは教えとけよ。甘やかしてばっかいるとな、そのうちこういうヤツらはゲベェッ!」


 子供が大きい声を出した件で、文句を言いにやって来たのはソコルディだった。

 俺も同意見だったので、持っていた『ひのきの棒ヘルスヨーガ』で黙らせることにしたのだ。廊下で怒鳴り散らさないのは基本というヤツだろう。


「ケンチ、その人さ……ソコルディさんだよね。他の皆んなも言ってるけど、いつもその対応で良いの?」


 おずおずと聞いたのはスロイダーの方だ。顔を見ればネックブリーカーも疑問に感じているようだった。


「こいつはな、誰が相手の時もこうだから気にすんな。業界に入ったらこういう事ばっかりだぞ。俺としちゃお勧め出来ねえ。無駄死にだきゃあしてほしくねえんだ」


 こういう事はキッチリと伝えておかなくてはならない。エリート並みの根性が無い限りは、俺は孤児達の全員に同じことを言うだろう。


「それさ、皆んなに言われんだよな。とにかく手紙は渡したから。俺たち帰るよ」


 そう言ってスロイダー達は帰って行った。

 がらじゃないと思っていた聖職者だが、俺はああいう子達をそのままにしておけないらしい。またもや説教じみた事を言ってしまい、少しだけ余計な事を言い過ぎたかと後悔してしまった。


 廊下でぶっ倒れているソコルディの方は、そのままにしておくことに決めてから、俺は手紙を読むために室内に戻った。もちろん扉の鍵がかかっているか確認もした。



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※新作:俺が吹き飛ぶと桶屋がもうかる

https://kakuyomu.jp/works/16818093086338069196

もよろしくお願いいたします。

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