第20話 美術商シーシオン

 売りに行く絵も決まれば後は早かった。

 こういう時はマシな格好で行った方が良いだろうと思い、朝から風呂に入って身体を洗い、髪型も整えてもらって神官服に着替えて行くことになった。布地が薄くて半袖の、夏の神官服というヤツがあるのだ。


 カバンを肩からげてマーちゃんを頭上に乗せた俺は、今回は徒歩で内壁の南門まで歩いて進んだ。

 内壁の警備は、基本的に外壁と同じ連中であるし、話が通っているならシオタイオ隊長に止められることもないだろう。


「そう言やぁ、マーちゃん。もしスーちゃんが人間の姿になれりゃあ、姿を隠して取材する必要もえかもしれねえ。それか無力化装備がマイルドなもんになりゃあ、俺としちゃぁありがてえんだがな」


 内壁の門まで2キロメートル以上はあるので、道すがらマーちゃんには考えていたことを聞いてみた。


総督そうとく閣下から苦情が出てしまったからな。私もそれは考えたのだ。人間の振りをする方法や、よりマイルドな無力化兵器が無いこともないのだ。今度お披露目ひろめしようと思う」


 今のマーちゃんの返事を聞くに、どうやらよりマイルドな無力化装備もあるらしい。その手の物と、地域の状況をり合わせて行くのは必要な事だと思う。マーちゃんも鬼ではないのだ。


 内壁の南門が見えてきたのは、程なくしてからのことだった。今日は気心の知れた奴の顔しか見えないのがついている。






「2人ともお疲れさん。話は聞いてるかい? 実ぁ絵を売りに来てな。オストロラ・シーシオンさんのところだ」


 門はそれなりに広いし衛兵の人数も多いのだが、俺はその中でも端の方にいる2人に声をかけた。もちろん、いつもの顔覆い《マスク》は首まで下げた。


「ケンチだ! 今回は山の方へ行ってたんだって? 帰って来たって聞いたからさ、そのうち会えるだろうって思ってたんだ」


「探索者が18人も死んだんだろ? すげえカニが出たって聞いたぜ」


 この2人は、グルデシュとモラウジョという名前で孤児院の出身だ。俺が18歳の時にはこいつらは11歳だった。今ではこいつらが18歳だ。


「それなりに大変てえへんだったがもうかってな。内区はメシたけえだろ? こいつで何か旨いもんでも食ってくれ」


 近づいて来た2人の手に、それぞれ銀貨10枚ずつ握らせておいた。

 山で掘れた金と銀については、マーちゃんが違法鋳造ちゅうぞう硬貨の製造を完了してしまっていた。どちらも30万枚はあるのだ。さっさとバラいて、流通させてしまうに限る。

 今回作成した硬貨については、貴金属の含有率も重量も全く変わらないため、貨幣価値に変化は無いはずだ。後は使いどころを選ぼうという段階だろう。


「わぁ、何か悪いな。これはありがたくもらっとくよ。内区は治安は良いから楽で良いけどさ。ケンチは昔からこういうことやってただろ? 貰う方になると複雑だよ」


「それ俺もだ。貯金しとこうかな。いい娘が嫁に来てくれて、俺の代わりに店でも持ってくんないかな」


 2人とも相変わらずいい奴だった。こいつらが出世して、俺がもうかったら何でも出そうと思う。2人とも俺の神官服を見ても笑わないしな。


「その辺は好きにしてくれ。そんじゃここは通らしてもらうぜ。何かあったら知らしてくれよ。俺だって顔はひれえんだ」


 2人に手を振って門をくぐった。余裕があるというのはいつも良いものだと思う。






 内区にある南西地域は、高級商店街といった趣のある場所だ。普通の人は買わないような高級品が置いてあるのはそのままだが、美術品まであるのは内区だけだと言って良いだろう。


「マーちゃん、あそこだ。シーシオンのやってる美術商だな。事務所みてえな所だが、それなりにめ込んでるってうわさだ」


 マスクを戻していた俺は、マーちゃんにそう声をかけて目の前の美術品店へ進んだ。

 絵の方は大きい物でも無いので、布に包まれたままのそれを脇にかかえて持ってきたのである。


 オストロラ・シーシオン氏は、国都の方に居る騎士家の係累けいるいであるらしい。上手いこと商売が回った結果、この街でも美術商をして過ごしているとのことだ。


「お初にお目にかかります。俺ぁケンチっていいます。探索者をやっとりまして、ジュンク・ドゥさんの紹介でこちらに絵を売りにきたもんです」


 マスクを首から外した俺は、店の用心棒をしているであろういかつい男に挨拶あいさつした。言葉づかいが多少マシになったのは、今着ている神官服の所為せいであるかもしれない。


「あんたが行き倒れか? 噂は聞いている。今日ここに来ることもな。かかえているのは売りに来た絵か。中で待て。今から店主を呼んでこよう」


 身長178センチぐらいだろう。その黒髪の南部人らしい男は、抱えた180センチぐらいの棒と一緒に店の奥へと消えた。

 通りで立っていても何なので、お言葉に甘えて中で待たせてもらうとしよう。


「防犯体制はそれなりだな。店内の絵と彫刻は全部が複製品だ。現物がどういう物か分かるのは助かる。場合によってはレプリカでも良いから、格安で売ってもらえないか頼んでみてくれ」


 マーちゃんとしては、実物がどういう物か分かれば今のところは良いらしい。それなら最初から複製品を売ってくれるよう頼むのもありだろう。今の念話には指タップで返しておいた。了解のサインだ。


「お待たせして申し訳ない。君がケンチさんだね。オストロラ・シーシオンだ。今日は絵を売ってくれると聞いて、楽しみに待っていたんだよ。よければそこに座って。お茶も出さずにいるとは、気が利かなくてすまない」


 店の奥から姿を現したシーシオン氏は、身長170センチぐらいの、銀髪緑目の典型的な北部人の男だった。こちらを見る目は笑っていないが、礼儀正しいのは商売柄だろう。

 俺は立って待っていたのだが、店主と握手をしてから店内の椅子に腰かけた。繊細せんさいな手の人物だが、嫌な感じがしないのは流石さすがといったところだ。


「シーシオンさん、早速で恐縮なんですが、こいつが今日売りに来た絵なんでさ。ここで見ねえで下さいよ。知られてねえ画家の絵ですが、俺が余計なことを言っても何だ。俺は待ちますんで、絵は店の奥で好きなだけ鑑定してもらいてえんです」


 俺はそう切り出した。持ってきた奴が、横から余計なことは言いませんと伝えたのである。最初にそう伝えたのは良かったらしい。


「君のことは、ゲロッシさんや書店の店長から聞いている。失礼ながら、噂以上に信用出来そうな男なんで意外だよ。そういうことなら、これは奥で見させてもらおう。お茶を用意するから、少し待っていてほしい」


 シーシオン氏は絵を持って奥へと消え、席までお茶を持ってきてくれたのは、タシナンデルという名前の例の用心棒だった。

 俺は店の内装にはやられなかったが、神官服を笑われなかったことと、お茶が意外にも美味しいことにはやられた。

 


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