第27話 木になりたい男

「エっちゃん、そのベアグリアスって御人おひとがここに来たなぁ何年ぐれえ前か分かるかい? 俺の知ってる人かもしれねえんだ」


 どうしても知りたかった。彼は俺が目標にした男で、消息をってからもう随分ずいぶんつのに、子供達からいい歳の大人にまで語りがれる人物なのだ。


「そこら辺は分かんないどるぁ。けっこう前の事だった気がするどるぁ。これも残してくれたどるぁ。スーちゃんから渡してもろうたどるぁ。ベアさんが、あだしにくれるって言ってたって……」


 普段のジャージ姿で湯呑みを握りしめた俺の前に、エっちゃんは自身の身体から取り出した細い葉っぱの様な金属を差し出してくれた。


「間違いねえ……きっとあの人のもんだ。なんてこったい。何の情報もえような場所に来てたのかよ。分からねえはずだぜ」


 エっちゃんが見せてくれたのは細い投げナイフだ。くだらないガキの憧れだとバカにされながら、今でも使い続けている俺のナイフとそっくりな投げナイフだった。

 その投げナイフの刃の部分には、彼の物であることを示す丸まった芋虫の様なマークが入っていたのだ。


 取っ手を付けず、根元に親指が入るような穴が空いたナイフが欲しくて、ザンダトツ先生にごねまくりあきれられたのは良い思い出になっていた。

 

「ありがとうよ、エっちゃん。こいつは返すぜ。あの人の墓があるんだってな。今度案内してもらいてえんだ。そんだけで充分だ」


 そう言ってエっちゃんに投げナイフを返した後は、長くて深いめ息しか出てこなかった。

 エっちゃんは大切そうにそのナイフを身体の中に戻した。


「ケンチ、その御仁ごじんは教科書に載っていたベアグリアス氏と同じ人物なのだろうか? 飢えてどうしようも無い時に虫を食べる話が載っていたな。形容詞の活用についての特設ページだった」


 隣に浮いていたマーちゃんからはごもっともな質問が飛んできた。そして国はこういう期待を裏切らないらしい。


「1人で納得したみてえでわりいな。ベアグリアスって人は探索者なんだが、もう100年も前の人だ。すげえ探索者で伝説になってんだぜ。この国の教科書だったら絶対にせんだろうよ」


 彼はいつも1人で探索に出かけ、今と比べても珍しく国内どころか海の向こうにまで足を延ばし、貴重な宝物や技術情報を持ち帰ってきた男なのだ。

 それは製鉄方法であったり、パン焼きの新しいかまであったり、魔法の教本であったり、測量の手法であったりしたと伝わっている。


 ベアグリアス自身は充分に金持ちであったにも関わらず、40歳になるまで活躍し、その年齢で最後の冒険に出たまま行方が知れなくなってしまった。理由は定かではないが、行き先を誰にも告げなかったらしい。

 そんなことが起きたお陰で、探索者組合では出かける前に届け出を行うルールが厳格化された。


「ベアさんは人気者だったんどるぁ! あそこに行くの止めとけば良かったどるぁ」


 2人にベアグリアスの凄いところを伝えたかっただけなのだが、エっちゃんからは気になる発言が飛び出してしまった。彼は最後にここの遺跡に挑んだのではないだろうか。


「エっちゃん、あの人はきっとそんなことを素直に聞くような御人おひとじゃねえよ。俺の想像だけどな。それよっかブラバさんはどんな具合だよ、マーちゃん?」


 エっちゃんをなぐさめる様な言葉はその程度しかなかったので、俺はまだ生きている方の具合を聞いてみた。

 うちのブラックドクター姉さんなら、もちろん死亡からの蘇生すらやれるだろうから心配はしていない。


「ダレランデス氏なら問題ない。完全に回復したら話をしてみようと思う。私の見たところでは個性的な人物ではないかな」


 マーちゃんからは特に問題なしという返事が返ってきた。

 あの御仁ごじんはエっちゃんの様な存在に気に入られたのだ。個性的というのは当たっているだろう。


がったどるぁ! 助けてくれてありがとうなのどるぁ! 出来たら迷子にならない様にしてほしいのどるぁ」


 エっちゃんの台詞を聞く限り、あの旦那だんなは放っておくだけで寝覚めが悪くなるタイプであるらしい。

 

 この日はここまででお開きになった。俺や英雄にとっては全てが既に終わっているのであせる必要も無かったのだ。俺のMPも予想以上に削れた。 






 エっちゃんから話を聞いた翌日のこと。俺とマーちゃんが出会ってから17日目の今日は、朝から微妙な雰囲気に包まれていた。

 酷い衰弱すいじゃく状態だったブラバさんが回復したのである。


 俺たちは毎度のごとく、ピンク色のカマクラの横にある東屋あずまやで話を聞くことにした。


 と柔らかい絨毯じゅうたんの上にあるちゃぶ台には、俺と同じ紺色のジャージを着たダレランデスが待っていた。エっちゃんも隣にいる。


 黒子さんがお茶と朝食の用意をしてくれている中、マーちゃんを頭上に乗せた俺は奴の対面に腰を落ち着けた。


「はじめましてだ、ブラバさん。俺ぁケンチって探索者だ。ひょっとして昨日マーちゃんに話を聞いてるかい?」


 目の前の短い黒髪の男は本当に落ち着いている様に見えた。いきなり爆発することもないだろう。背中にあった緑色の管は無くなっていた。

 内海の東のどん詰まりに、アッテナ・イヨナ王国という国があるのだが、この旦那はそこの出身だろうと思う。

 身長は170センチぐらいで、兵士というよりは商人の様に見えた。国境を越える際はさぞかし誤魔化しが効いただろう。


「はじめましてだ、ケンチ。話なら昨日の夜に聞いたよ。その後は中々眠れなくてね。アンタニオの事は残念だが、他の2人は世話になったようだ。礼を言う」


 彼の様な男が特殊な実験に志願したのは、本当に不思議なことに思えた。顔には怒りも困惑も悲しみも無いのだ。使命感というのも無さそうで、仲間意識というのも他の兵士とは違うものだったのではないだろうか。


じつぁな、あんたに聞きてえこたぁあんましえんだ。これからどうしてえか希望はあるかい? あんたは山の中をまともに歩くのは無理だ。俺としちゃあ神から警告を受けてるんじゃねえかと思うね」


 この男に聞きたい事は本当に少なかった。連中の上層部の為人ひととなりを聞いたところで、俺たちとしてはどうしようもないし、どうにかしようとも思っていないからだ。


「警告を受けているという点には同意する。それと私の希望か? バカな話だが……実は木になりたいのだ。実験に志願して、草を植え込んでもらったのは願いがかなうかもしれないと思ったからだ」


 被験体の第2グループの中では、こいつは踏み込むべきではない人間だったのだろう。

 個性的なブラバさんが人間を否定するような実験に志願したのは、この御仁ごじんの方も現実離れした夢を持っていたからだった。



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