第26話 エターナルぼっち

「マーちゃん、取りあえずはこいつを収容しちまおう。本当言うとな、俺はもうこいつらと関わり合いになりたくねえ。これでも組合じゃ平和主義者で通ってんだぜ」


 小さなサスライぐさの群れを見た時には少々緊張してしまったが、うちの何でも収納姉さんはそれを物ともしなかった。


 最初は俺たちに襲いかかって来たと思ったのだが、倒れているこの男を見た感じでは、自動的な防御反応に近いものだったのではないだろうか。

 ダレランデスだと思われる相手が今の状態になってから、それなりの時間が経過したように見えて仕方がないのだ。


「どうやら人間の名前は鑑定でも表示されないのだな。融合強化兵であるのは表示されるようだ。この御仁がダレランデス氏であるのは間違いないだろう。やはり栄養失調と脱水症状による昏睡こんすいだ」


 うちの鑑定姉さんの見立てでは、この男は典型的な行き倒れで間違いないらしい。方向音痴なのは聞いていたが筋金入りのようだ。


 ちなみに相手の名前が鑑定に表示されないのは、こちらの世界ではデフォルトであり、相手からの自己紹介を受けるまでそのままなのは割と知られている。


「これ以外の面倒くさい奴が来る前に、一旦はフロアに戻ろうぜ。何だか嫌な気配がしやがるんだ。俺の感知に完全に引っ掛からねえのぁ気味がわりいぜ」


 俺はマーちゃんと共に鑑定を使いながら、気配感知も使って周囲の警戒を続けていた。そこに何かが感じられるのだが、方向はハッキリしないし距離も何となく近いことしか分からない。


「ちょっと、あんだ達なんどるぁ! ブラバさんをどうするつもりなんどるぁ! そう言えば、ブラバさんは今朝から倒れとるんどるぁ!」


 どうしてこう、特殊な生き物というのは突然出てくるのが好きなのだろうか。

 俺たちの前に出てきたのは、心から会いたくないと思っていた土の精霊だった。無情な鑑定は種族だけは表示してくれた。


 土の精霊は80センチぐらいの人間の少女の姿をしており、茶色の全身は泥というより流体金属のような滑らかさだ。さらには銅管から出るようなアルトボイスで俺の予想を裏付けてくれた。今朝からかよ。


 彼女がブラバさんと呼んでいるのは、ダレランデスの名前であるブラバスタの方を縮めた呼び名だろう。

 

「感動的だ。ほとんど固体成分なのに水の精霊と同じような構造なのだな。私はマンマデヒク。マーちゃんと呼んでほしい」


 こんな時でも、うちの異生物交流姉さんは全くぶれずに自己紹介した。

 俺はこの旅では前口上まえこうじょう担当だが、相手が敵対しないようであれば黙っていた方が良いかもしれない。


「どるぁ!? あんだはドラゴンの人なんどるぁ? あだしはエターナ・ルボッチなんどるぁ。エっちゃんと呼ぶどるぁ。名札も持ってるどるぁ」


 土の精霊少女はそう名乗ると、首から下げている銀と緑柱石エメラルドの首飾りを見せてきた。裏に名前がってある。

 余談だが、こちらの世界にあるエメラルドも緑柱石と呼ばれている。こちらでは見たまんまのネーミングが多いのだ。


 土の精霊少女の名前を聞いた俺は、風と水が通るだけで草も生えない峡谷きょうこくをイメージした。どうしてなのかは分からない。


「エっちゃん、私はドラゴンではないのだ。ところで、ブラバスタ殿はこのままだと死んでしまう。水の補給と食事が必要だ。私が用意するから、彼を運んでも良いだろうか?」


 マーちゃんからエっちゃんには急いだ方が良い旨の説明がされた。ブラバさんは割と危なそうなのだ。

 ちなみに、この世界で龍に相当するであろう生き物のことを『ドラゴン』と最初に呼んだのは、いにしえの格闘王ターケシ・ゴーリその人である。


「あだしもついてくどるぁ。ブラバさんは目を離すといつも消えてるんどるぁ。麓まで案内しようとしたら、途中ではぐれたんどるぁ」


 そういうわけで、土の精霊であるエっちゃんもフロア内についてくることになった。


 ダレランデスの奴は身体改造により、方向感覚に異常をきたしてはいないだろうか。もしくは神から警告を受けている可能性も考えてしまった。






「ブラバさんは今朝から動かなくなったんどるぁ。どうしていいか分からんくて困っとったどるぁ。助けてもろたんに、こんなもんまでもろうても良いのどるぁ?」


 ブラバスタを収容した後はやることも無いため、俺はエっちゃんとマーちゃんと一緒に東屋あずまやで暇をつぶしていた。


 今日はフロア内が雨の日なのだ。


 マーちゃんは俺の隣で浮いており、エっちゃんに20センチぐらいのデカい緑柱石エメラルドを渡していた。


「遠慮しないでほしい。これは別のフロアにたくさん転がっているのだ。これまた50億年ほど置きっぱなしになっていてな。妙に硬くなってしまったが普通の結晶だ」


 ちゃぶ台の対面にいるエっちゃんはたらいに盛られた土の中に座り、うちのうっかり放置姉さんから結晶を受け取ると驚いたようだ。

 それは緑柱石エメラルドに見えるが、中心部から得体の知れない緑色の光を発しており、かつ通常の緑柱石エメラルドよりも高い強靭性きょうじんせいを有していると聞いた。


「凄い力があるどるぁ。何か大きくなったんどるぁ! これは身体の中に仕舞っとくんどるぁ」


 その結晶を受け取ったエっちゃんは、80センチから120センチぐらいの大きさになってしまった。そしてその結晶を自分の胸の内部に差し入れて、体内に仕舞ってしまったのだ。今度も問題は無いのだろうか。


 エっちゃんの外観は髪の長い10歳程度の少女のようなものになったが、全身が淡く光っている上に茶色で、ついでに言えば裸だったがどこもツルツルだった。

 水の精霊達も人間に接触する場合に女性の形態をとるのだが、これが何かの決まりによるものなのかは全く不明だ。


「ところでよ、エっちゃん。聞きてえことがあるんだが、その首から下げてる名札は誰にもらったんだい? 良かったら教えちゃくんねえかな?」


 ブーラブ姉さんの様に、エっちゃんにとっても名付け親がいるのであれば聞いておきたい。生死や状態も含めてだ。

 ジャージに着替え緑茶をすすりながら、塩味饅頭しおみまんじゅうかじっていた俺はそう切り出した。


「これはベアグリアスがくれたんどるぁ。ベアグリアスは死んじゃっていないどるぁ。お墓があるどるぁ。スーちゃんからはハーケンケイムにやられたって聞いたどるぁ」


 エっちゃんの返事に俺は少したじろいだ。今の話は情報が多すぎる。スーちゃんやハーケンケイムのことは脇に置いておこう。 

 

 最も驚いたのは首飾りの送り主の名前だった。ベアグリアスだ。

 常に1人で危険に立ち向かい、業界に入って25年目の探索から帰らなかった男。

 エっちゃんから聞いたのは、最後だけが謎に満ちた俺たちの偉大な先輩の名前だったのだ。どういう事なのだろうか。



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