第16話 帰還

※執筆に関して訓練中の身ですので、何かご指摘があればよろしくお願いいたします。


====================


 探索4日目。目的も果たした俺たちは街へと帰ることにした。

 3ザイト(朝6時)には起床して、お祈りも済ませた後は朝食だ。オニオンガーリックブレッド8枚にコンソメスープとソーセージ、オリーブのピクルス、トマトジュースが今朝の献立こんだてだった。

 余談だが、この空間の雨は昨日の昼間にんだ。夜は降らないそうだ。


「こんだけ食わしてもらってるしよ、今日は強化バフを使って街まで走って帰ろうかと思ってんだ。コンソメスープうめえな。

運動しねえとデブになりそうだ。

向こうまで20キロとそれプラス数キロメートルだから、走れば半ザイト(1時間)もかからねえんじゃねえかな」


 俺はサクサクのガーリックブレッドをかじりながら、マーちゃんに早いところ街に帰りたい旨を伝えた。もうけが待っている。


「そうだな。何とも落ち着かない気分だ。正直なところ、帰り道をもう一度見てみたいのだ。あの樹が生えている裏街道だけで良い。『黒子さん』がな、何か見つけるつもりらしい」


 マーちゃんが落ち着かないのは、今朝のお祈りで頭の上に光る輪っかが追加されてしまった所為せいだ。あの8枚の葉っぱのすぐ上に、葉っぱよりも直径の大きい蛍光灯のような輪っかが浮いていた。

 マーちゃんによれば、12畳用の照明器具にパワーアップしたそうだ。ランニングコストはかかっていないとのことだった。


「『黒子さん』がそう言うんじゃ仕方がねえな。そんなら歩いて帰るか。2ザイト半(5時間)はかかるが、昼過ぎには着くだろう。樹は抜かねえんだよな?」


 毎回の食事の用意をしてくれるのは『黒子さん』だ。俺は犬や猫以下になりたくないので、命の危険があっても可能な限り『黒子さん』の意向いこうを尊重したいと思った。

 マーちゃんも帰りはこれ以上の樹は抜かないとのことだったので、予定が極端に伸びることもないだろう。

 『黒子さん』はおそらく、下生えの中にある珍しい何かを見つけるつもりではないだろうか。

 トマトジュースを飲み干して、満足した俺は帰る準備をするために立ち上がった。




 帰りの背囊はいのうの中は完全に空だった。もう偽装ぎそうするのも面倒になったからだ。金も松明たいまつ祭壇さいだんも着替えも、マーちゃんが用意してくれた虫除け『ゴキブロアーディストラクション』も全部『かまくらハウス』の中に置いてきた。

 森の浅層には蚊なんかはいない。樹木の花の受粉を助ける虫は高さ8メートル以上の領域にいるだけだし、連中はマーちゃんに全く近寄らなかった。近くの俺にもだ。


 裏街道を歩くいつもの探索装備の俺の後ろには『黒子さん』が3体ついてきていた。

 身長2メートルもある黒いマネキンボディにゴム長靴とオリーブ色のカーゴパンツ、上はオリーブ色のジャージに白いヘアバンドをかぶって、手には棒、腰にはビンと布袋に移植ゴテをげていた。

 『黒子さん』たちが手に持っている棒は『ひのきの棒デルタエリート』という黒い六角棒で、サイズは太さ5センチ、長さ80センチというどう見ても普通の棒だった。


 森に向かう最中にも通ったこの裏街道だが、両脇が浅い森であるこの場所は完全に安全というわけでもない。

 オオカミは絶滅寸前でここには出ないが、追いぎともう一種類の動物に関しては注意が必要だった。


「マーちゃん、可愛い動物にここで出くわしたら注意が必要だ。そいつは毎年のようにうちの新人どもを殺してくれてるから優先駆除対象になってやがる。カワウソとムササビを足したみたいな奴だ。ここじゃ『首斬り』って呼ばれてる。

武装したおっさんどもの方は見た目からして可愛くねえ。駆除対象だ」


 裏街道に入ってから、マーちゃんは『黒子さん』の頭の上に乗っかって、そこから周囲を観察しているようだった。身体を覆っている光が後光のようになっているから、目も口も無いはずの『黒子さん』が神々しいことこの上ない。


「カワウソは大好きなのだが仕方がない。

それにしても同業者と出会う機会が少ないのだな。街の探索者だけでも1500人はいるのだろう? 森が広いと言っても裏街道ではすれ違うのではないのか? 私はもっと隠れているべきだと思っていた」


 マーちゃんがそう言うのも最もな話であるのだが、今はシーズンオフというやつなのである。


「実はな、他の奴らは商用街道を通って森の北側から入るんだ。今回は俺も考えて東側から入ったから20キロメートルは離れてた。

残りの奴らは商隊の護衛っていう真っ当な仕事をしてんだ。俺はソロだから声がかからねえけどな。街の仕事をしてる奴もいる。

今はもうすぐ3の月で春だからここにも人が来ねえんだ。シーズンが秋なんだよ」


「なるほど。実に良いタイミングで出かけられたようだ。ところであそこで顔を出しているカワウソのような動物は知り合いではないよな。ひょっとして例の『首斬り』ではないのか?」


 マーちゃんが「首斬り」と言った時には俺は投げナイフをそいつに投げていた。

 気配感知もちゃんと仕事をしてくれたので、シーズンの話の最中に木々を渡って近づいて来たそいつに仕掛けるタイミングを計っていたところだ。

 そう大した距離があったわけじゃない。ほんの10メートルを強化バフも込みで投げたナイフは木の裏にいたそいつにかわされた。


 そいつは始めから異様に光輝いているマーちゃんを狙っていたんだろう。木の裏から飛び出すやいなや『黒子さん』の頭上に乗っていたマーちゃんに襲いかかり、そのまま地面に落ちた。


「俺ならマーちゃんは避けるんだがな。それにしても『黒子さん』はすげえな。今のは見切れなかったぜ」


 『首斬り』はカワウソのような可愛い顔をしていたが、長い手足の間には皮膜があり、手首の外側にカランビットナイフと言ってもいい15センチもある鋭い鉤爪が生えていた。体長は1メートルってところだ。

 そいつは口から血を吹き出しながら、地面の上をのたうっていたがやがて静かになった。

 胸に『ひのきの棒デルタエリート』の突きを食らったと知れたのは地面に落ちてからだ。


「非常に残念だ。エサで釣れば飼えたかもしれん。雑食なのだろうな。きっとキューとか鳴くのではないだろうか」


 マーちゃんは柔らかいアルトボイスで、クソ呑気のんき有閑ゆうかんマダムのようなことを言ってなげいていた。


 そして視界の隅では、俺が外したナイフの刺さった木の下で、別の『黒子さん』が地面からひものついた虫のような物を掘り出して丁寧に瓶に入れていた。あれは冬虫夏草じゃないだろうか……。


====================


※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る