第42話 竜に乗るのは大変です


 ブレディも竜化してアルナンドの隣にしゃがみ込んだ。


 彼は銀色の美しい鱗で目の色も人間の時と同じ青色だった。大きさはアルナンドより少し小さいがそれでもその姿は目を見張るほど大きい。


 「ブレディもすごくきれいな竜なんですね。それにとっても大きいわ」


 『あ、ありがとう。いやぁ何だかそんなに褒められると照れるなぁ』


 ブレディの声もアルナンドと同じように脳内に直接伝わった。


 「それにしてもすごいです。こんな風に話が出来るなんて思ってもいなかったわ」


 『それは俺もだ。なんて言うか。竜族とはいえ人間とこうやって話をするのは初めてだからな』


 「うふっ、ほんとに不思議な感じです」


 プリムローズがブレディとばかり喋っているのでアルナンドが首を揺すった。


 プリムローズはそのせいでふらつく。


 慌ててカイトが彼女を支える。


 「大丈夫か?アルナンド少し加減してくれよ。人間の時みたいにはいかないだろう!ったく…」


 「カイトいいじゃない。私は平気だったんだし…アルナンド気にしないで、だってこうやって乗せてもらえるだけでもほんとはすごい事なんでしょう?」


 『まあ、そうだな。竜が人間を乗せるとしたら…番の女くらいかも知れないな』ブレディがつぶやく。


 「やっぱり。ほら、カイトわかってる?ちゃんとブレディにお礼を言いいなさいよ」


 「ちぇっ!わかってるって…ありがとうなブレディ。とにかく落とさないでくれよ」


 そこでアルナンドが言う。


 『大丈夫だ。お前たちには落ちないよう防護の魔法をかけてやるから心配するな。例え手を離しても落ちたりはしない。さあ、いいからプリムローズ。ゆっくり背中に乗れ』


 アルナンドはそう言うとぐっと頭を下げ片方の前足を伸ばした。


 「ええ、ありがとう」


 プリムローズはゆっくりアルナンドの前足によじ登るが何しろ手すりがあるわけでもなく固い皮膚をぎゅっと掴む。


 アルナンドは平然として痛くはないようだ。


 そのまま前足を登りきると今度は鱗をぐっと掴んでよじ登る。


 うっかり思いっきり鱗を掴んでしまい「ごめんアルナンド。鱗掴んでも痛くない?」慌てて尋ねる。


 『ああ、問題ない。さあ、しっかり鱗を掴んで』


 「うん、あれ、アルナンドここの鱗少し柔らかい?」


 プリムローズはよじ登っていて一枚だけ他の鱗より柔らかい鱗に触れてアルナンドに尋ねる。


 『うん?…ああ、そこは数年前に使ったんだ』


 アルナンドは8年前にプリムローズに鱗を与えた時の事を思い出す。


 (あの時プリムローズが番だと気づいて無我夢中で鱗を引きちぎって…鱗を引きちぎるなんて本当はものすごく痛いはずなのにあの時はそれどころじゃなくて痛みさえ感じなかった。ああ、それなのに番認識阻害薬のせいでプリムローズを番と感じられないなんて…)


 アルナンドが大きく息を吐きだす。


 そのせいで背中が大きく揺れた。


 「きゃっ!もぉ、アルナンドったら驚くじゃない!どうしたの。くしゃみでも出そう?」


 『あっ、すまん。いや、もう大丈夫だ。そのまま登っていいぞ』


 そうやってプリムローズが自分の背中に乗るのを待つ。


 彼女が鱗を掴むたび、脚にぐいっと力を入れて登るたびアルナンドの硬い鱗から彼女の感触が伝わって来る。


 それがとても心地よくてうれしくてアルナンドはうっとりと目を閉じた。


 そして気づく。


 (そうだ。俺はたとえ番のような苛烈熱情が起きなくてもプリムローズに対して心がふんわりと温かくなるようなとても心地いい感情が湧く。彼女を番と意識しているからかどうかはわからないが、プリムローズだけは繊細なガラス細工のように大切にしたいと思えるから不思議だ。番と認識できなくてもこの気持ちだけは失いたくない)



 プリムローズはようやく背中の上に乗った。


 「アルナンド乗れましたよ。すごいです。実は私、前世でもトカゲとか爬虫類が好きだったので、竜をまじかで見れてすごく興奮してるんです。まじ、やばいです!」


 『それは竜が好きと言う意味か?』


 「ええ、そうです。アルナンド大好きです」


 『大好きだって?俺もプリムローズが大好きだ』


 アルナンドはうれしいやら照れ臭いやらでそう言っておいて「ぶはぁっ!」と思いっきりむせた。




 『アルナンドそっちはどうだ?そろそろ行けそうか?』


 ブレディはすでにカイトを背中に乗せて準備は出来たと言っている。


 『ああ、そろそろ行くか?プリムローズ落ちる心配はないが。それじゃ恐いだろう?これを引っ張れ』


 アルナンドは首をひねって口にくわえた長い蔦つたの彼女に渡す。


 「えっ?これを私に?」


 アルナンドはうなずいて首に巻き付けるのを手伝ってくれる。そうやってプリムローズは手綱のようになった蔦をしっかりと握った。


 「アルナンドありがとう。こうやって持つものがあると安心できるわ」


 『そうか。さあ、飛び立つからな。しっかりつかまってろよ』



 そう言うとアルナンドは翼を大きく広げ羽ばたいた。


 まるで地震でも起きたかと言うような揺れがしてアルナンドの身体が宙に浮いた。


 それから一気に羽ばたく。風を巻き込み一気に空に駆け上がるように上がって行く。その様はまるで風を自由に操つる神様みたいに見えた。


 「きゃぁ~」


 プリムローズは思い切りアルナンドの背中にしがみ付く。


 『だ、大丈夫か?』


 ギクッとしたような不安な声がした。


 「アルナンドすごいです。アルナンド天才ですね。きゃ~楽しいです」


 実はプリムローズはジェットコースターも大好きだった。


 


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