第41話 アルナンド竜になる


 準備はすぐに整い翌日にはせぶりの森に出発することになる。


 プリムローズは着替えなどを布の袋に詰め込みワンピースドレスではなく、乗馬ズボンのようなものをはいて編み上げブーツを履いた。と言うかこれを着ろとアルナンドから服やブーツを手渡されたのだ。


 そしてその上に厚手のマントを羽織った。これもアルナンドからだ。


 プリムローズは思った。


 (竜人ってみんな優しいわよね。ダイルさんも最初にいろいろ揃えてくれたし。ほんとにこんな親切な人たちのそばで仕事出来るなんてほんと幸せだわ。そう言えばアルナンドは一夜を共にしたと言うのに全然照れてないって言うか…まぁしょせんその程度の事だったのよ。何よ!私だって気になんかしてないんだから)


 そうは思ったもののやはり大きなため息がこぼれた。


 (どうしてがっかりするのよ。おかしいでしょ!!いいからもう気にしない!)


 そうやって自分で頬をはたいて気持ちを上げた。


 ***


 カイトが縁結び処に到着する。


 カイトはせぶりの森まで竜の背中に乗せてもらえると聞いているらしく。


 「アルナンドさん。ブレディさん。今日は俺達の為にほんとにありがとうございます」


 「いいんだ。カイト誤解するな。これはプリムローズのためだ。だからと言って落としたりしないから心配するな」


 「はい、よろしくお願いします」


 挨拶が終わると馬車が表に止まった。アルナンドとブレディは荷物を運びこむ。


 プリムローズは驚いて聞いた。


 「えっ?アルナンド竜化するんじゃないの?」


 「ああ、もちろんするが、この辺りには広い場所がないからな。街はずれまでは馬車で行くしかないだろう。安心しろ、街はずれで森に入ってから竜化する予定だ。何だプリムローズ。そんなに竜に乗りたいのか?」


 アルナンドはすこぶる機嫌がいい。


 「いえ、そういうんじゃないんですけど…いえ、やっぱり楽しみです」


 「そうか」


 何を隠そう。プリムローズいえ、吉田あかねで生きていた時にはフトアゴヒゲトカゲを飼っていた。動物なら何でも好きだったがイグアナなどの爬虫類も好きだった。


 (そう言えばフトアゴヒゲトカゲが死んでしまった時には、ショックで数日間食事も喉を通らなかったなぁ。竜は小さな爬虫類とは違うけど目の前で龍が見れるなんてすごく楽しみ。生贄になっていた時には一瞬だったしそんな気分じゃなかったからほとんど見てないのよね。アルナンドの竜になった姿ってきっと素敵なんだろうな)


 プリムローズはうっとりするような顔でアルナンドを見つめていたらしい。


 [プリムローズ大丈夫か?何だか様子がおかしいが…?」


 いつになく熱い視線が気になったアルナンドが心配する。


 「いえ、何でもありません。さあ、馬車に…」



 そして街はずれで馬車を下りた。


 目の前に森が広がっていて、4人はどんどん森の中に入って行く。


 周りを木々に囲まれ少し開けた場所に出た。


 「よぉし。この辺りでいいだろう」


 アルナンドがそう言うとブレディも前に進み出た。


 「ふたりはもっと下がっていてくれ」


 プリムローズもカイトも後ろに下がった。



 アルナンドがふっと息を吐いた。そして腕を広げる。


 周りが稲妻のような光に包まれ、バチバチと音が響くと辺りに風が起こり木の葉が巻き上げられた。


 (うわぁ、すごい。これって特撮とかじゃなく本物なんだよね)


 「カイト。すごいよね」


 プリムローズは巻き上げられた髪の毛を片手で抑えながら興奮して思わずカイトに寄りかかる。


 アルナンドはそんな姿をイラっとしながら横目で見るが、もう竜化は止まらない。


 光の渦に包まれてアルナンドの身体は一気に竜に変身した。


 「ドシーン!」竜が一歩歩くと地響きがした。


 アルナンドの身体はみごとな竜に変わっていた。


 その身体を覆う鱗は本当にキラキラ輝きを放ちダイアモンドを思わせた。


 前足は人間みたいに地面にはついていない。そして後ろ脚は恐ろしく逞しく大きい。


 肩の下あたりから出た翼は体長を同じくらい大きくあたりが暗くなるほどだ。皮膚は固そうでその表面には棘があった。


 おまけに前足にも後ろ脚にも鋭い爪があり口には牙が見えた。



 「す、すごい。アルナンドなの?ねぇ、私の声聞こえる?」


 プリムローズはアルナンドに走り寄って声をかける。カイトはボー然として立ち尽くしたままだ。


 プリムローズが走り寄ると大きな影の下に入る。


 アルナンドはすぐに長い首をもたげて姿勢を低くしてやる。


 そしてプリムローズを目線を合わせた。


 するとプリムローズの脳内に声が聞こえた。


 『ああ、俺だ。どうだ。恐くないか?』


 プリムローズは思いっきり微笑んだ。


 「全然恐くなんかないわ。だってあなたはアルナンドなんだもの。この鱗すごくきれい」


 そう言うとプリムローズが鱗を指先でつつ~と撫ぜた。


 『おい、やたらを触るな。くすぐったいだろう』


 アルナンドは鱗を撫ぜられるとくすぐったいと初めて知った。


 「バタン!バタン!」大きな音がしてプリムローズが驚く。


 アルナンドがうれしくて尻尾を振り回したらしい。


 『すまん。驚いたか?ついうれしくて』


 「そうなの。まるで犬みたいね」


 プリムローズがきゃきゃッと喜ぶのでアルナンドはぐっと尻尾を押しとどめるのに苦労した。


 おまけにプリムローズは恐れ知らずでアルナンドの頬に手を伸ばしてその頬をさすった。


 「グルルゥ…」


 アルナンドが思わず喉を鳴らす。


 「もう、アルナンドったら、超かわいい。ねぇ、もっと触ってもいい?」


 『ああ、好きなだけ触ってもいいぞ』


 アルナンドの目がくたっと閉じられて次に見開かれるとそこには美しい紫色の瞳があった。


 「竜になっても瞳の色一緒なんだ。すごくきれい…」


 アルナンドの頬は熱くきっと真っ赤になっていただろうが、さすがに竜化していたのでばれることはなかった。






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