第15話 アルナンド究極に落ち込む
アルナンドは夕食を食べるとさっさと自室に閉じこもるとソファーに体をどさりと横たえた。
いつもならみんなでがやがやと夕食を済ませると一緒にカード遊びをしたり酒でも飲んだりするのだが、今日はプリムローズがいてそんな気持ちにはなれなかった。
アルナンドは299歳になった。
父親は竜帝だったドローク帝で母はメルクーリ国の元王妃のローズだ。ドロークは番だと気づいて母に猛烈なアピールをしたらしい。
いや、母も父に惹かれる気持ちはあったらしいがやはり立場と言うものがある。一国の王妃という立場にいては自分の気持ちを優先させるわけにはいかなかったのだろう。
そして父はとうとう我慢出来なくなって母を連れ去ると言う暴挙に出てしまった。
それでも母は父に惹かれていた事もあって少しずつ心を開いてふたりは結ばれた。
だが、メルクーリ国からしたらそれは許される事ではなかっただろう。戦争になりもちろんゼフェリス国が圧倒的な力でメルクーリ国をねじ伏せた。
母はそんな状況に心を病んでアルナンドを産むと間もなく亡くなった。
父は悲しんで恨んで後悔した。
メルクーリ国には生贄を差し出すことを決めてしまった。
生贄は殺したりせず竜帝のものとなる。その事はメルクーリ国に知らされることはなかった。生贄を差し出すことでお互い干渉しないと決めた。
そんな訳で生贄はゼフェリス国に連れて来られてすぐに神殿で竜帝のものとなる。
そののちは竜帝が妻とするかは自分で判断しても良いとされていた。
100年ごとに竜帝は入れ替わることになり前々回、前回の竜帝はそれぞれ生贄とは神殿で役目を果たしただけで竜人の妻を娶った。
そんなわけで今回の生贄はアルナンドが連れ帰り一度は自分のものとしてその後は自分の思うように処遇を決めればいいだけの話だったのだが…
アルナンドは天井から下がるシャンデリアの炎に視線を向けてはいるが焦点はあってはいなかった。
(ああ…まさか生贄がプリムローズだなんて思うわけがないだろう。まったく。彼女は俺の番で俺の竜鱗を与えた唯一なのに…それなのに番認識阻害薬を飲んだせいか彼女を見ても心は凪いだままだし、ときめきすら感じない。
生贄の詳細が届いてプリムローズだと気づいた時の衝撃と言ったら…彼女はものすごく可愛くなっていて…そのせいで思わず夢で彼女を生贄として連れて来て神殿で契りを結ぶなどと言う不埒な夢まで見てしまった。これがまた妙に真実味を帯びていて…くっそ!何という愚かしい…
こんな事なら番認識阻害薬を飲まなければ…いや、そういう訳にいくはずもなかっただろう!)
心の中には超大型のハリケーンが吹き荒れる。
アルナンドは大きくため息を吐くと初めてプリムローズに出会った時の事を思い出していた。
***
あれは8年前、俺は竜帝になったばかりで神殿の中に入れる事になった。
ゼフェリス国では神殿は竜帝のものとされていて中に入れるのは特別な神官と竜帝。それに生贄として連れて来られたメルクーリ国の女性または竜帝の妻となる女性に限られていた。
神殿は竜神が祀られて初めて竜がここに舞い降りここに国を作ったとされた場所で神殿自体はあまり大きな造りでもなく周りは鬱蒼とした木々に囲まれている。
神殿を囲むように森がありその敷地の中に泉もあった。泉の水は神聖とされていて竜帝だけがその泉を自由にしていい事にもなっていた。
ある日アルナンドは泉で身を清めていた。すると声が聞こえた。
「助けて‥たすけてー」その声は泉の底の方からでアルナンドはすぐに泉に潜った。
すると泉は水路のように別の場所に繋がっていて気が付くと湖の岸辺に出た。
そこで女の子がおぼれていることに気づく。
アルナンドは急いでその女の子を助けるがほとんど息をしておらず思わず自らの唇から息をその女の子に吹き込んだ。
その時だった。身体中が熱くなりどうしようもない感情が沸き上がってこの女の子が自分の番だと全身が告げて来た。
アルナンドはまだ息を吹き返さないその女の子に胸の竜鱗を引きちぎって粉々に握りつぶして飲み込ませた。
ほとんど無意識の行動だった。
竜人には魔力があり竜の鱗には人の命を助けるくらいの力は軽くある。
その女の子は息を吹き返し目を開けた。その瞳は撫子色のきれいな薄桃色で髪色は甘いはちみつのような金色だった。
「気づいたか?良かった。お前の名は?」
「…プリム、ローズ…お兄さんが私を助けてくれたの?」
「ああ、俺は…いや、いいんだ。助かって良かった。ほら、俺が家の近くまで送ってやろう」
アルナンドは自分が番だと言えなかった。相手はまだ年端も行かない子供。それも人間だ。
いや、それ以上に…
自分が竜帝になった以上メルクーリ国からの生贄を娶らなくてはならないと決めていた。
両親が苦しんだ分自分は番に悩まされたくはないと思っていた事もあったかもしれない。
そんな色々な事があって生真面目でもあるアルナンドは生贄を妻にしようと決めていた。
アルナンド自身、ゼフェリス国の少子化問題に危惧していて番にこだわらない結婚を奨励していた。
ブレディが番認識阻害薬を開発していて、それさえ出来ればもう番を求めて苦しむこともない、好意を寄せた相手と結婚して子供を作ればいいのだと思っていた。
そして数年後ブレディが番認識阻害薬を完成させた。
もちろんアルナンドは一番にそれを飲んだ。
まさか生贄が自分の番のプリムローズだとは思うはずもなかった。
彼女のあの日の記憶は消していたし、アルナンドはプリムローズが生贄と分かって咄嗟に生贄をやめると宣言した。
そしてみんなを連れてメルクーリ国に嫁探しに来たというのに…
ったく!
どうして?
プリムローズがここにいる?
あん?
(俺はどうすればいい?プリムローズは俺の唯一。でも俺はそれを感じる事すら出来ない。もう、相手は誰でもいいじゃないか。その婚活とやらで出会った女と結婚すればいいじゃないか)
そうは思うがどうしても気持ちは落ち込んでいく。
アルナンドは沈み込んでいく心をどうしようも出来ないままだった。
「ぼふっ!」
アルナンドは何かを思いついたように突然立ち上がった。
「あ、ああぁぁぁぁぁぁ!!」
(こんな事になるんだったら生贄としてプリムローズを連れ帰ればよかったんじゃ?)
「どたっ!うごぉぉぉぉぉぉ!!」
アルナンドはあまりの愚かさにつまずいて床に額を打ち付けた。そして雄叫びを上げたのだった。
「お、俺は…何てことをしたんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
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