第35話 先生達の旅行ももうすぐ終わり
「いよいよ、旅行も三日目。今日は近くの山にハイキングに行きまーす」
と、すみれが朝になって言い出し、車に乗って、山道を走っていく。
かなりカーブが急だったので、車内が揺れて酔いそうになっていたが、すみれの巧みな運転技術で山道も車でどんどん登っていった。
「到着―」
「うう……」
「大丈夫、拓雄君?」
別荘から車で二時間近く揺られて走り、少し酔ってしまった拓雄がフラ付きながら、車から出る。
「情けないわねえ。男の子なら、この位で根を上げちゃ駄目よ」
「もう、そういうのパワハラって言うんですよ。拓雄君、本当に大丈夫? 酔い止めあるよ」
「いえ、平気です。すみません、心配かけて」
彩子が本当に心配そうに、拓雄を介抱しようとするが、外の風に当たってだいぶ気分が良くなってきたので、次第に顔色も良くなってきた。
こういう時は彩子の優しさと気遣いが、身に染みる程、ありがたく彩子の手の握って、展望台へと歩いていった。
「良い景色ねー。ここからだと海も、よく見えるわ」
「ですね。父も母もここからの眺めは凄く気に入ってました」
展望台からの絶景を見て、四人とも圧倒される。
やや交通の便が悪い為、人も少なく、穴場の展望台だったので、拓雄も何だか得した気分になり、彼女らとの旅行をすっかり満喫していたのであった。
「ねえ、そこでお昼にしない?」
「賛成―。ほら、拓雄君、座って、座って」
「あ、はい」
近くの休憩所に四人で座り、朝、作ってきたお弁当を取り出して、昼食を摂る。
旅行も三日目になったので、四人で食事を摂るのにも、慣れてきてしまい、拓雄もさして緊張することなく、若い女性教員達とのお昼を楽しんでいたのであった。
「はい、あーん♪」
「は、はい」
隣に座っていた彩子がまたもあーんしておかずを食べさせていき、拓雄も口を開けて、彼女が差し出したおかずを食べる。
昨夜の告白を思い出し、彩子を見るたびにドキっと意識してしまう拓雄であったが、彩子は構わず体を密着させて、ガンガンアプローチをかけていった。
「すっかり、恋人気分ね、真中先生。一応、周りの目を気にしておいた方が良いですよ。誰が見ているかわかりゃしないんだから」
「大丈夫ですよ。そんな迂闊な真似はしません」
「どうかしらね。私だって、学園の生徒の顔を全員は覚えてないから、ここにだって居るかもしれないわ。それにしても、私達って、傍から見たら、どんな関係に見えるのかしら。特に拓雄君」
「そうねー……弟とか?」
「お姉さん三人と少し年の離れた姉と弟の旅行って事ですか。ちょっと無理があるけど、誰かに聞かれたら、そう答えるしかないわね」
「えーー……出来れば、彼氏と間違われたいなあ、なんて」
まさか、教師と生徒ですとも言えないので、今更ながら、どう言い訳しようか悩んでいた三人であったが、彩子は不服そうに拓雄の腕を組みながら、そう頬を膨らませる。
もはや、好意を抱いている事を完全に告白した為、すみれとユリアの前では遠慮もせず、教え子の体に密着して、自分の物だとアピールしている様であったが、拓雄はそんな彩子に困り果てていた。
「ご馳走様と。じゃあ、戻るわよ。帰ったら、勉強見てあげるわ。一応、勉強合宿って親には言ってあるんだろうし、少しはアリバイ程度のやっておかないとね」
「もうちょっとゆっくりしたいんだけどなあ……ま、しょうがないか」
昼食を食べ終えた後、早くも別荘に戻る事にし、四人が車を止めてある駐車場へと降りて、山を下っていく。
彼女らとの旅行もいよいよ終わりを迎えようとしているのだと思うと、寂しくなってしまっていた。
「だから、この関数の解き方は、こうよ。さっき説明したでしょ」
別荘に帰ると、拓雄が持ち込んできた夏休みの課題を始め、ユリアとすみれが担当の教科を念入りに解説して、彼に教え込む。
数学と英語は基幹科目なので、集中的に勉強出来るのは彼にとって良いことではあったが、彩子は非常に不満そうに見ており、
「ぶうう。私も拓雄君と勉強会したい」
「美術の課題って、ありましたっけ?」
「ないけど、拓雄君とマンツーマンで勉強したいの。教師らしく。二人とも、ずるい」
「だったら、真中先生もわかる科目があれば見てあげれば? まさか、美術以外の教科が全くわからないって訳でもないでしょう」
「社会科は得意でしたけど、英語と国語と数学しか持ってきてないじゃないですか」
「あ、課題と言えば……」
美術の課題を聞いて、拓雄も彩子が以前出した、三人の似顔絵の課題をまだ出していなかった事に気が付く。
というより、完全に忘れていたので、彩子も怒っているのではと恐る恐る見たが、
「もしかして、この前の補習の課題? それなら、出すのはいつでも構わないって言ったでしょう。良いのよ、暇な時に進めてくれれば。先生が出した個人的な課題だし、学校の勉強を犠牲にしてまで取り組まなくても良いからね」
「はあ……すみません」
「くす、もう気にしないでって言ってるでしょ。提出は何年後でも構わないわ。えへへ、先生の写生だったら、この前描いてもらったしねえ」
と、彩子が嬉しそうに寄り添いながら、拓雄に甘えるような声で言い、彼女の言葉を聞いて安心したが、やはり近い内に出さないと悪いと思い、帰ったら取り掛かることに決めたのであった。
「へへ、やっぱり花火は良いわね」
夜中になり、四人が庭に出て、持ち込んできた手持ちの花火を始める。
拓雄もはしゃぎながら、彩子やすみれと一緒に花火を楽しんでいたが、そんな中、三人から少し離れた所で、ユリアが線香花火をひたすらして、ジーっと見つめていた。
「あの、ユリア先生。線香花火好きなんですか?」
「まあ、好きと言えば好きよ。儚く脆い感じがとても風情があるわ」
「まるでユリア先生みたいですねー。儚く脆い美しさってのが」
「私、そんなに脆いかしら。強く生きてるつもりだけど」
すみれが茶化して言うと、ユリアも不服そうな顔をして、そう反論するが、少なくとも弱い女性とは思わなかったが、彼女自身はとても儚い雰囲気を纏った美人であり、拓雄も線香花火の火花に照らされたユリアがとてもきれいに見えて、魅入ってしまう程であった。
「終わったわ。拓雄君もやる?」
「あ、はい」
線香花火の火が落ちると、もう一本、拓雄に渡し、ユリアと並んで線香花火に火を点ける。
この少し揺れたら、すぐに火花が落ちてしまう緊張感の中、ユリアと並んで線香花火をするのはどこか楽しく、微笑ましい気分になっていた。
「ううう、なんか良い雰囲気なんですけど、ユリアちゃんと拓雄君」
「やっぱり美人は得よねえ……黙っているだけでも絵になるもの」
と、拓雄がユリアの美しさに惹かれているのを見て、すみれと彩子も嫉妬してしまい、歯痒そうに眺める。
拓雄と三人との仲は旅行の中で更に深まっていき、特にストレートに好意を露にしたすみれと彩子の事は旅行後も益々意識するようになっていったのであった。
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