第34話 先生たちとの肝試しはとても心臓に悪い

「さあ、行きますよ。夏休み恒例、肝試しのお時間でーす」

「いえーい」

 夕飯を食べ終わり、四人で別荘の外に出ると、すみれが懐中電灯を顔に当てながら、陽気な口調でそう言い、彩子も笑顔で拍手をする。

 肝試しと言っても、四人だけの上、この近くには心霊スポットもなければ、お化け役の人も決めてないのだが、それでもすみれはやる気満々であり、

「それでどうする気?」

「午後、この辺りを見て回ったんだけど、神社が近くにあるじゃない? そこまで拓雄に私達を一人ずつ送ってもらうってのはどうかしら?」

「キャーー、もしかして拓雄君と夜道で二人きりになれるんですか? これは、大チャンスです……」

「ふふ、甘い、甘い。制限時間は三十分。それまでに神社に行って、賽銭箱の裏に置いてある、このお守りを手にして帰ってくるように」

「あの、僕は……」

「三人全員と神社に行って、お化けや変質者が出て来たら、きちんと先生達を守るように。男の子なんだから、頼むわよ。んじゃ、最初は道案内も兼ねて、私からねー」

 と言って、すみれが懐中電灯を拓雄に渡した後、彼の手を握って、神社までの山道を歩いていく。

 夜道は彼も苦手だったが、断る事も出来ず、すみれに言われるがまま、付いて行くしかなかったのであった。 


「ひゅー、本当にお化け出そうな雰囲気ね。ビビってるの?」

「いえ……」

 懐中電灯を照らしながら、すみれと手を繋いで、拓雄もビクビクしながら山道を歩いていく。

 お化けの存在など信じたくはなかったが、すみれの手をがっしり握り、怯えながら拓雄も足早に神社へと向かっていった。


「ここね。お守りは……あった。はい、どうぞ。後、二つ、同じのがあるわよ」

 十分ほど歩くと、神社に着き、賽銭箱の裏に置いてあったお守りをすみれが取り、拓雄に渡す。

 ここまでは特に何もなかったので、ホッと一息したが、これを三往復もしないといけないので、拓雄にとってはかなり体力を使う肝試しであった。

「ちょっと休む?」

「はい」

すみれが近くにあったベンチに腰をかけ、二人で一緒に休む事にする。

「へへ、こうして二人きりになるの初めてじゃない?」

「そうですかね……」

 拓雄の手を握りながら、すみれが彼に寄り添い、体を密着させながら嬉しそうにそう言うと、拓雄もドキっとする。

 普段、毎日見ている担任のすみれの顔であったが、今日は特に綺麗に色っぽく見えてしまい、月明かりに照らされた彼女の笑顔に魅入っていた。

「先生たちの旅行、楽しい?」

「ええ。誘ってくれてありがとうございます」

「そう。なら、よかった。付き合ってくれてありがとう。ちゅっ♡」

「――っ!」

 と素直に拓雄が言うと、すみれが彼の頬にキスをし、拓雄もビックリして眼を見開く。

「んじゃ、行こうか」

「は、はい……」

 すみれが拓雄の手を握り、二人が待つ別荘へと戻っていく。


「あー、遅いですよ、すみれ先生」

「え? 時間ぎりぎりだったと思うけど」

 二人が手を繋ぎながら早歩きで、別荘へ戻ると、彩子が不服そうに頬を膨らませて、拓雄とすみれを出迎える。

「出来る限り早く戻ってきてくださいよ。私も拓雄君と二人になりたいんですから」

「はいはい。んじゃ、次は彩子先生ね」

「はーい。それじゃあ、拓雄君、一緒に行こうね」

 今度は彩子と一緒に神社へ向かう事になり、すみれが彼の手を離すと、即座に彩子は大胆に彼の腕を組む。

 すみれとユリアが見ている前でよくここまで出来るなと感心してしまうが、拓雄も懐中電灯を照らしながら、


「えっと、お守りは……あ、あった」

 神社へ彩子と二人で行き、賽銭箱の裏に置いてあったお守りを拓雄が手に取る。

「これがお守りね。じゃあ、ちょっとだけここで休もうか」

「は、はい」

 お守りを取ると、彩子も神社で休もうと言い出し、ベンチに一緒に座る。

「えへへ……拓雄君と二人きりになれて嬉しいなあ」

「そ、そうですね……」

 彩子はまるで恋人のように、拓雄の寄り添いながら、甘えるような声で彼にそう告げ、拓雄もドキっとする。

 普段はおっとりとしている彩子であったが、自分の前ではいつも大胆に迫ってくるので、彼女の事は特に意識しており、彩子の甘い香水の香りも感じて、益々、彩子を意識してしまっていた。

「ねえ、拓雄くーん。先生とお付き合いしてみない?」

「ふえっ! お、お付き合いって……」

「んもう、彼女にしてって事よ。先生、あなたのこと、ずっと可愛くて気になってたのよ。だから、デートにだって誘ったのにい……んっ、ちゅっ」

「――っ!」

 と、いきなり彩子に告白され、心臓が跳ね上がる程、ビックリしていた拓雄に追い討ちをかけるように、彩子が口付けを交わしていく。

「ちゅっ、んん……ん……ねえ、駄目? ちゅっ、ちゅっ」

「ううう……」

 彩子が顔を離すと、今度は頬に何度もキスをし、彼女のやわらかい唇を頬に感じるたびに拓雄も体と心を震わせる。

 もはや、彼女の教師として一線を越えた行為に、拓雄も理性が爆発しそうになり、

「くす、ユリアちゃんとすみれ先生の事も気になる?」

「それは……」

「そうよねー。二人とも美人だし。へへ、返事はいつでも良いから。考えておいてね、今の。それじゃ、行こうか」

「はいい……」

 冗談かと思ったが、彩子は本気だったので、彼に艶やかな笑顔でそう告げた後、腕をがっしりと組んで山道を歩いていく。

 すみれに続き、彩子にまで迫られ、拓雄も夢でも見ている気分になり、帰るまで彩子に腕を組まれながらボーっとしていたのであった。


「んじゃ、次はユリア先生ねー」

「ええ。行くわよ」

「はい……」

 彩子を送り届けて、お守りをすみれに渡した後、今度はユリアと共に神社へと向かう拓雄。

 立て続けに二人の女教師に惑わされ、拓雄も警戒していたが、ユリアは彼と並んで歩いて、手を繋ぐこともせず、淡々と神社へと歩いていった。


「えっと、これがお守りです」

「そう。じゃ、帰るわよ」

「え? あ、はい」

 最後のお守りを手に取ると、ユリアは興味もなさそうにそっぽを向いて、さっさと神社から引き返す。

 今までの二人と違い、ベンチで休むこともなく、足早に帰ろうとしていたユリアを見て、やはり彼女は真面目なのだと、拓雄も感心していた。


「…………」

(ユリア先生、やっぱり綺麗だなあ……)

 月明かりに照らされたユリアの顔は幻想的な位、美しく、彼女の横顔を見るたびに、その美貌に釘付けになってしまう。

 こんな美人と二人で一緒に歩けるだけで、どれだけ幸運なのかと、拓雄も感謝していたが、彼の視線に気づいたのか、

「先生の顔、そんなに気になる?」

「えっ!? す、すみません」

「別に怒ってないわ。私の顔をしっかり見ろと言ったのは、先生なんだし。ほら、帰るわよ。もう夜も遅いから」

「あ、はい」

 と言うと、ユリアも拓雄の手を握って、少し早歩きになって、別荘へと戻っていく。


「ふふ、早かったじゃない。折角、二人きりになれたのに、何もしなかったの、ユリア先生?」

「何かとは?」

「いやらしい事に決まってます。私なんか……あん、言わせないでくださいよお」

 二人が戻ると、待っていたすみれと彩子がそう茶化してくるが、ユリアは全く動じることなく、

「お二人は違うので。このお守り、恋愛成就のお守りね」

「そうよ。くす、三人が良縁に恵まれますようにってね」

「くすくす、そうなの。私も年下の可愛い彼氏がほしいなあー、なんて」

「う……」

 そう彩子とすみれが拓雄を見ながら言うと、拓雄も先ほどのことを思い出し、視線をそらす。

 肝試しでお化けは出なかったが、拓雄にとっては刺激的な事が起きすぎて、今夜も眠れない夜をすごす事になってしまったのであった。

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