第28話 夏休みも四六時中、先生からは解放されない
「はーい。今日は今度の旅行のオリエンテーションを始めまーす」
「わー♪」
夏休み最初の土曜日、すみれ、彩子、ユリアの三人と拓雄がユリアの家に集まり、今度、行く旅行の打ち合わせをする。
もう三人と居るのも慣れていたが、まだ女性三人に男が自分ひとりという状況には、拓雄も居心地の悪さを感じてしまい、三人に見つめられながら、縮こまっていた。
「んじゃ、日程の説明をするわよ。八月の八日から、三泊四日ね。宿泊場所はユリアちゃん……じゃなくて、ユリア先生の別荘って事で」
「くす、楽しみね。去年も行ったんだけど、今年は拓雄君も居るから、先生、すっごく楽しみだわあ」
と、合宿から帰ってきたばかりの彩子が隣に座っていた拓雄を抱き締めて、そう甘えるように迫り、拓雄も顔を真っ赤にする。
そんな彩子の様子をユリアも溜息を付いて、
「よしなさい、彩子先生。これはプライベートの集まりだけど、生徒とこんな事をするのは大問題」
「良いじゃない。自分だって一緒に花火大会に行ったくせに。生徒とデートなんて、即、解雇用件ですよ」
「私は彼の引率をしただけ。デートじゃないわ」
「凄い言い訳ね、それ。絶対、通用しないわよ」
「彼と鉢合わせたのはたまたまですし。ね?」
「はい……」
ユリアとバッタリ会ったのは事実だが、それでも一緒に手を繋いで花火を見た事は、たまたまでは済まない言い訳であり、二人にも秘密にしていたが、バレたら、ユリアの立場が悪くなる事は彼も理解しており、絶対に口外しないように気をつけていた。
「んじゃ、集合時間は、朝の七時半に駅前ねー」
すみれが、集合時間を告げた後、旅行時の注意事項を簡潔に述べていく。
プライベートの旅行ではあったが、男子生徒が一緒のため、拓雄と同行しているのを見られた時の対策、言い訳を三人で確認しあい、彼も乗り気ではなかったが、すみれ達がクビになることは望んでいなかったので、軽々しく口にしないように気をつけていた。
「えへへ、旅行、楽しみー。あ、そうだ。これ、合宿のお土産ね」
「うわあ、ありがとう。長野でしたっけ?」
「うん。えへへ、ユリアちゃんと拓雄君もどうぞ」
「ありがとうございます」
彩子が美術部の合宿に行った時のお土産を、三人にそれぞれ渡し、合宿時にあった事を楽しそうに話していく。
「本当に綺麗だったなあ。皆で風景画を描いて、最後の日はバーベキューしたの。はい、これその時の写真ね」
「へえ。今度、剣道部の合宿あるんですけど、群馬なんですよ。バーベキューの時間あるかなあ」
と、色々と三人で雑談に花を咲かせていたが、拓雄は部活に所属していないため、部の合宿とはどんな物なのか、興味も抱いていたが、実際に入部する気はどうしても起きなかった。
「単に雑談をしに集まっただけね。話はもう終わり?」
「良いじゃない、最初からそのつもり。拓雄はもう帰る?」
「あ、はい。それじゃ、これで……」
「駄目―。まだ先生と一緒に居ようよー」
帰ろうとした拓雄の腕を掴んで彩子が引きとめ、
「んもう……先生、何日も会ってなかったから、寂しいのよ。そうだ。今度、先生の家に遊びに来てくれる?」
「え、ええ? それは……」
「どうして? 良いじゃない。ユリアちゃんの家に行けて、私の家は駄目なの?」
「良いですね、行きましょうか。今すぐ」
「今すぐは駄目ですよ! 拓雄君と二人きりになりたいんですから!」
と、無茶な事を彩子が言い、拓雄も困った顔をする。
女性教師が男子生徒を家に連れ込んだら、それこそ大問題になるが、彩子はもうそんな事は覚悟の上で、誘ってきていた。
「これ、先生の家の住所。もう、拓雄君なら二十四時間、大歓迎。何かあったら、いえ、無くても来たいときにいつでも来てね」
「む……じゃあ、私の家の住所も教えるわ。真中先生とユリア先生だけ、知って、不公平だし。来る時は電話しなさいよ。あ、番号とID交換しようか」
彩子に対抗して、すみれも住所と連絡先を拓雄に教える。
露骨なアプローチに拓雄もたじろいでいたが、拒否も出来ず、二人との距離は否応なしに縮んでいった。
「明日、近くの神社で縁日があるわね」
「縁日? ああ、お祭りね」
彩子が拓雄に抱き付きながら、駄々を捏ねると、ユリアが不意にそう言う。
「良いわね、行きましょう。四人で」
「四人はまずいわ。三人で行きましょう。明日、夜七時に、稲荷神社に集合ね」
「オッケー♪ そういう事よ、拓雄」
「はい?」
三人が明日、お祭りに行く約束を交わすと、すみれが拓雄にそう迫り、
「私たち、明日の七時に神社に行って縁日に行くの」
「はあ……楽しんでって下さい」
「あなた、ずいぶんと鈍いのね。私達、三人で神社に行くの」
「そうなのよー。拓雄君はお祭り行かないの?」
「え……えっと、明日は……」
「用事でもあるの?」
暗に拓雄も来いと誘っていたのだが、拓雄は目を泳がせながら、
「はい……」
「やったー♪ じゃあ、三人で集まろうねー」
と、渋々頷く。
日曜日であったが、結局、三人と一緒になる事になり、拓雄も苦笑いしながら、はしゃいでいる彩子に頬ずりされていたのであった。
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