第26話 夏休み初日も先生たちと過ごす
「と言う訳で、この構文の意味は……」
期末試験が終わって、終業式翌日の夏休み初日。
学校は休みだったが当然の事ながら、部活は行われており、学校では夏期講習もやっていたので、特進クラスに所属している拓雄は講習の為、学校に来ていたのであった。
「この文の訳を……拓雄君」
「あ、はい」
英語の講義を行っていたユリアに当てられ、英文の訳を答える。
ほぼ正解だったので、ユリアも頷きながら、
「正解よ。この形容詞の用法は……」
と言われ、拓雄もホッとして、席に座る。
講習とは言え、いつもと変わらぬユリアの授業を間近で聞き、半袖の白のブラウスに身を包んだユリアをじっと眺めていたのであった。
「はあ……やっと終わった」
今日の講習が終了し、安堵しながら渡り廊下にある自販機でジュースを買い、一息つく。
夏休みだと言うのに、講習に参加しないといけないので、殆ど休みという感じはしなかったが、それでも部活の掛け声を聞いてると、いつもとは違う雰囲気があり、近くのベンチの日陰でジュースを飲みながら、しばらくボーっとしていたのであった。
「拓雄くーん♪」
「あ……彩子先生」
ジュースを半分くらい飲んだ所で、彩子がエプロンを身に纏って声をかけてきた。
「くす、今日から夏期講習だっけ?」
「はい。先生は部活ですか?」
「うん。明日から、美術部は合宿なの。今年は長野の白樺高原に行くの。拓雄君もよかったら、行く?」
「いえ、流石に……」
いくらなんでも、部外者の自分が、美術部の合宿に行くのは無理なので首を横に振ったが、彩子はあながち冗談でもなく、彼の手を握って、
「ねえ、行こうよー。先生が、費用とか全部出すから。拓雄君と会えないの、寂しいなあ。なんなら、今から入部する?」
「あ、明日も講習があるので……」
と、おねだりするように、甘い声で迫ってくるが、無理な物は無理なので、そう答えると、彩子も頬を膨らませる。
「ぶうう……ま、いいわ。それより、あの件だけど、来月の八日からだから。ちゃんと空けておいてね」
「あの、本当に僕も……」
「くす、本当よ。楽しみにしてるから。じゃあね」
そう告げた後、彩子は職員室に戻る。
あの件とは、この前、数学のテストで八十点以上取れなかった事への罰ゲームで、三人の旅行で荷物もちをする件の事であったが、まさか本当に付いて行く事になるとは思わず、残りのジュースを飲んでため息を付いていた。
「あ……今日は花火大会か……」
家に帰り、スマホでネットを見ていると、今日は近所で花火大会が行われる日であることを知り、拓雄も二階の窓を眺める。
例年、ここからでも花火が見えるのだが、近くの川原に行けば、もっと大きく見えるので、暗くなったら、そこに向かう事にした。
「あ……」
夜中になり、花火大会を見ようと、外を出ると、仕事帰りなのか、学校に居た時と同じブラウスとタイトスカートの姿のユリアとバッタリ会う。
「こんばんは」
「こんばんは。こんな夜中に何をやってるの?」
「いえ、今夜は花火大会なんです」
「花火大会。ふーん……この近くでやるんだ」
と、興味なさそうな淡々とした口調で、ユリアが答えると、拓雄も何だか微妙な気分になってしまい、彼女と視線を逸らし、
「あの、それじゃ……」
「待って」
「え?」
「夜中に一人じゃ危ないわ。私も付いて行く」
「ええ? いえ、別に大丈夫ですよ」
「教師として見過ごせない。というより、私も花火が見たいし」
「は、はあ……」
と、強引に拓雄に迫り、ユリアに押されて、拓雄も頷く。
思いもよらぬ形で、ユリアと一緒に花火大会に行く事になってしまったが、二人で一緒に並んで歩くのは流石に緊張してしまい、拓雄も顔を赤くして、ユリアと黙って歩いていった。
「あの、こっちの方、穴場ですよ」
「穴場?」
川原は人が多いので、人が少ない場所にユリアを連れて行くことにする。
「ほら、ここです」
「へえ……」
近くの高台にある森の中で、ここは人も少なく、花火がよく見える場所なので、時折、一人で花火を見に行っていたのであったが、誰かを案内するのは初めてであった。
「ちょっと蚊が多いけど、ここから花火よく見えますよ」
「虫除けスプレー使ってるから、大丈夫。使う?」
「あ、はい」
常に虫除けスプレーを携帯しているユリアが、拓雄に差し出し、遠慮なく腕にスプレーをかける。
肌のお手入れを欠かしてないののかと感心していたが、その間に花火が打ち上がり始めた。
「うわあ……」
美しい大輪の花火が目の前で開き、ユリアも拓雄も見入ってしまう。
ユリアも予想以上に大きく美しく見えるので、驚いてしまい、拓雄に寄り添いながら、花火を見つめていたのであった。
(ユリア先生、やっぱり綺麗だな……)
花火に照らされたユリアの顔を見て、彼女の美しさに思わず見惚れてしまう。
学校で毎日見ているので、もう慣れてしまっていたが、ユリアの顔立ちの美しさはやはり段違いであり、花火の灯りに照らされた芸術作品でも見ているような美しさを醸し出していた。
「あ……」
ユリアが不意に拓雄の手を握り、拓雄もドキっとする。
花火より美しかったユリアと手を繋がれ、拓雄も胸が高鳴っていたが、振り払う気もなく、彼女の繊細な手を握りながら、二人で花火を見学していたのであった。
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