第12話 先生達の傘、どれ使う?

「あ……」


 体育祭が終わって二日後の放課後、靴に履き替え、拓雄が昇降口を出ようとすると、雨が降りだしてきた。


 折り畳みの傘を出そうとしたが、うっかり忘れてしまい、雨足が強くなってきたので、どうしようか途方に暮れていた。


「どうしよう?」


良く一緒に帰っている友人も今日は部活でいないので、一先ず何処かで時間を潰そうと考え、図書室へと向かう事にした。




「あら、どうしたの、拓雄君?」


 図書室に向かう途中、エプロンを着用した彩子とバッタリ会い、


「ちょっと図書室に行こうかと……」


「ふーん。先生に会いにきてくれたのかと思ったわ」


「はは……」


 何でそうなるのかと思ったが、図書室は美術室と同じ校舎の最上階にある事に気がつき、彩子もこれから部活に行く所なのだろうと拓雄も察する。


 彩子と長話しても迷惑だろうと思い、そそくさと図書室へ行こうとすると、


「あん、待ってよ。折角だし、先生ともうちょっとお話しよう」


「えっと……先生、部活があるのでは?」


「部活にはまだ少し時間があるし、暇なら、拓雄君とお話したいなー。駄目?」


「…………」


 手を握られてそう迫られると、断りきれず、彼女に引かれるがまま、準備室へと連れて行かれる。




「くす、座って」


「はい」


 普段、穏和で気さくな彩子であったが、いかに若くて学園で人気の美人教師であっても、教師と二人きりになるのは緊張してしまい、ニコニコ顔の彩子を見ても、まだ萎縮してしまうのであった。


「今日はどうしたの? 放課後にここで会うの珍しいけど」


「傘を忘れちゃって、どうしようかと思ったんです」


「まあ、大変。先生の傘、使う?」


「え? でも……」


「良いの、良いの。先生、車通勤だし、傘必要ないから。ね、良かったら使って」


「あ、ありがとうございます」


 事情を話すや、すぐに彩子がバッグから折り畳みの傘を手渡し、拓雄も素直に受け取る。


 非常にありがたかっが、彩子の貸してくれた傘は、ピンク色で花柄の女性用の折り畳み傘で、男子高校生の拓雄が使うのはかなり抵抗がある物であった。




「失礼しました」


 十五分ほど、彩子の話に付き合った後、彼女も美術部の活動時間になったので、拓雄も準備室を出て帰宅する事にする。


 まだ雨は降っているが、問題は彩子から渡された傘を使って良い物か悩んでいた。


 好意で貸してくれたので、使わないのも悪いが、やはり女性用の傘を男子の自分を差して歩くのは恥ずかしく、差すのを躊躇っていた。


「あれ? これは……」


 再び下駄箱を開けると、中に何か入っていたので取り出してみる。


「これって……折りたたみの傘? え、誰の?」


 中に入っていたのは折り畳みの傘で、一体、誰が自分の下駄箱に入れたのかと首を傾げていたが、中を見てみると、一枚のメモ用紙が入っており、


『明日、この傘を下駄箱に置いておいて下さい』


 と、綺麗な文字で書かれていた。


「……な、何これ?」


 メモを見て、拓雄も背筋が一気に寒くなり、思わず後ずさる。


 どうやら、誰かが傘を貸してくれた様だが、一体、何処の誰が? メモを見る限りは、明らかに女性っぽい文字で、この傘も女性用の水玉模様の折り畳み傘であったが、自分が傘を忘れた事を何故知っているのかと、周囲を確認しながら恐ろしくなってしまっていた。


「拓雄、何、ボーっとしているのよ」


「うわっ! す、すみれ先生……」


 下駄箱に入っていた傘を眺めていると、通りがかったすみれが拓雄に声をかけ、ビックリして声を上げる。


「何よ、大きな声出して。まだ帰ってなかったの?」


「は、はい。えっと、傘を忘れちゃって……」


「持ってるじゃない」


「あ……その、彩子先生が貸してくれたんですけど……」


「ふーん、へえー、ほー。良かったじゃない。彩子先生、優しいわねえ。嬉しいでしょう、ウチの学園でも美人の先生に傘貸してもらって」


 と、嫌味たらしく、すみれが嫉妬して拓雄にそう言い、拓雄も困った顔をする。


 しかし、それ以上に下駄箱に入っていた折り畳み傘が不気味で、この事をすみれに相談しようか悩んでいたが、


「あら、その傘……」


「え?」


「ううん、何でもないわ。大方、女性用の傘だから、使うのが恥ずかしいとかそんな理由で困っていたんでしょう」


「う……」


 すみれに図星を突かれて、拓雄も黙り込んでしまうが、まさか突き返す訳にも行かず、どうすべきかすみれに目で訴えると、


「ちょっと待ってなさい」


「え?」


 何を思ったのか、すみれが拓雄を置いて、何処かに早歩きで行く。


 呆然としていた拓雄が何をしに行くのかと思っていると、




「待たせたわね。はい」


「え? これは……」


 すみれが折り畳みの傘を、拓雄に手渡す。


「この傘、使いなさい。この色なら、男子でも使えるでしょう?」


 と、自分が持っていた藍色の折り畳み傘を拓雄に手渡す。


「で、でも……」


「先生なら大丈夫。傘なら、もう一個あるし。明日になったら、返してくれれば良いから。んじゃねー」


「あ、先生っ!」


 拓雄に傘を手渡すと、すみれも一方的にそう告げて、さっさと職員室に戻っていく。


 一人残された拓雄は呆然としていたが、三つも折り畳み傘を手にしてしまい、どうしようかと頭を悩ましていた。




「ど、どうしよう?」


 彩子とすみれ、そして誰かが貸してくれた折り畳み傘、三つを手に取り、どれを使おうか悩む。


 すみれと彩子は好意で貸してくれたので、これを使わないのは悪い気もしたが、彩子のは使うのは恥ずかしいし、


「し、仕方ない……」


 しょうがないので、拓雄はまずはすみれが貸してくれた傘を差して外に出ていく。


 この傘なら男子が使っても不思議ではないので、通学路の途中まですみれの傘を差していった。




「んしょっと……」


 しばらく歩いた後、店の軒下に入って、傘を閉じ、今度は彩子の貸してくれた傘を差す。


 折角貸してくれたので、使わないともったいないと思い、恥ずかしいと思いながらも、彩子の花柄の傘を差していき、そして自宅の近くまで来た所で、今度は下駄箱に入っていた傘も差す。


 誰だか知らないが、好意で貸してくれたので、使わないのも悪いと思ったからであった。




「…………あ」


 休み時間、ユリアが下駄箱を覗き、そこに入っていた傘を取り出すと、中に一枚のメモが入っていたので取り出してみてみると、


『傘、ありがとう。助かりました』


 と、一言、お礼のメモが入っていた。


「ふふ」


 そのメモを見て、ユリアも思わずクスっと微笑み、頬を少し赤くする。


 恐らく自分が貸してくれたとは思っていなかっただろうが、それでも使ってくれた事は嬉しく、折り畳みの傘をぎゅっと抱きしめながら職員室へ戻っていった。




「あの、すみれ先生、彩子先生」


「ん? どうしたの?」


 同じ頃、職員室に行った拓雄が一緒に談笑していたすみれと彩子に声をかけると、


「これ……ありがとうございまいました」


「あ……この傘って……」


 昨日貸してくれた、折りたたみの傘を二人に差し出して、返そうとする。


 悩んだが、恐らく彩子もすみれが自分に傘を貸した事は知っていると考え、二人が居るときにまとめて返す事にしたのであった。


「はい。その……」


「ふふ、どっちの使ったの?」


「ふ、二つともです」


「え……ぷっ! 何それ。わざわざ私達の傘、二つとも差して帰ったの?」


「はい」


 と、恐る恐る言うと、すみれと彩子もクスっと笑い、


「もう、可愛い事しちゃって♪ 拓雄君こそ、使ってくれてありがとう」


 そんな彼が彩子もいじらしく思えてしまい、職員室の中でありながら、拓雄の頭を撫でて逆にお礼を言う。


 拓雄がどちらの傘を使うか、彩子もすみれも、そしてユリアともひそかに賭けていたのだが、まさか全部使うとは思いもよらず、拓雄がとても健気で、益々可愛く思えてきてしまった。


「アハハハっ! 全く、あんたもおかしなことするわね。でも、悪かったわ、先生も、押し付ける様な真似して」


「いえ、本当に助かりました」


「うんうん。ふふ、何か困った事があったら、いつでも言ってね。先生、何でもしちゃうから♪」


 すみれは豪快に笑い、彩子はいつもと同じ様に穏やかな笑みを浮かべて拓雄にうっとりとした顔をしてそう言う。




「どうしたんですか?」


「あ、ユリア先生、実はね……」


 戻ってきたユリアが三人の元に駆けつけると、すみれが事情を話し、


「ふーん……そう。あなたも無駄な事するのね」


「うう……」


 ユリアは全く表情を変えずに、淡々とした口調で拓雄に告げ、拓雄も恥ずかしさのあまり、俯く。


 しかし、実際に自分でもおかしかったので、笑われても仕方ないと思っていたが、流石に恥ずかしくなったので、


「し、失礼しました」


 と、顔を真っ赤にして、職員室を後にする。




「もう、可愛い子ね、本当に」


「くす、そうよねー。でも、ちょっと悪い事しちゃったかな」


「まさか、私のも使うとは思わなかった」


 三人ともそれぞれ拓雄が去った後、正直に感想を言い合い、いじらしい教え子の事を思って、ほっこりした気分になる。


 特に彩子は益々彼が可愛く思えてしまったのか、うっとりとしてしまい、いつか彼と相合傘をしたいと強く思うようになっていたのであった。


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