第11話 先生達との体育祭は、色々と刺激的

『位置について……ヨーイ』


 パアンっ!


 合図と同時に一斉にスタートをし、拓雄も全力でゴールに向かって走っていく。


 今日は体育祭本番で、天候にも恵まれ、実行委員のアナウンスとBGMと声援の中、拓雄も百メートル走に全力で取り組んでいた。


「はあ、はあ……」


『一位、二組。二位、五組……』


 ゴールしたものの、拓雄は六人中五位。しかも、六位の走者はバランスを崩して、途中で転倒しそうになってしまった為、遅れてしまい、拓雄は実質最下位と言う、冴えない結果に終わってしまい、拓雄も落ち込みながら、クラスの応援席に戻っていった。




「拓雄君、お疲れ様」


「彩子先生」


 トボトボと歩いている最中、ジャージのズボンとTシャツ姿の彩子に声をかけられ、拓雄も軽く会釈する。


「くす、一生懸命走ってたね。先生、心の中でずっと応援していたよ」


「ありがとうございます。でも、あんな順位になっちゃって……」


「ううん、頑張ったじゃない。最後まで全力で走っていた拓雄君、可愛かったよ♪」


「はは……」


 可愛かったと言われて、少し複雑な気持ちにはなっていたが、それでも応援してくれた事は嬉しく、照れ臭そうに笑って頷く拓雄。


「あ、そうだ。これ、美術部で作ったのよ。美術部で毎年、入場門のイラストとポスター作ってるんだけど、今年のは力作よ」


「へえ。先生も描いたんですか?」


「先生はちょっとアドバイスしただけよ。部員の皆が全部デザインして描いたのよ」


 と、体育祭の大きなポスターを見て、拓雄も素直に感心する。


自分と同じ高校生なのに、よくこんな勇壮なイラストが描けるなと思っていた所、彩子が満面の笑みで、


「ふふ、拓雄君、美術部の活動に興味を持った? 入部してくれると、とーっても嬉しいんだけどなあ、先生。今度、文化祭のポスターも作るから一緒に描いてみる?」


「あ……それは……えっと、もう行きますね。失礼します!」


「あん、もう」


 彩子が手を握って、またも部に勧誘すると、拓雄はパッと手を離して、彩子から逃げ出す。


 勧誘は失敗したが、困っていた拓雄の顔も可愛く思えてしまい、逆にうっとりとしばらく彼の背中を眺めていた。




「あ、拓雄。何、しょげた顔をしてるのよ」


「先生……」


 応援席に戻り、ペットボトルの水を飲んでいた所、今度はすみれに声をかけられ、


「さっきの百メートル走見てたわよ。まあ、残念だったけど、しょうがないわ。今日は調子悪かったの?」


「調子というか、運動はあまり得意じゃないので」


「ふーん。くす、前の面談でもそんな事言ってたわね。でも、頑張ってたじゃない。先生に良い所、見せようとした?」


「そ、そういう訳じゃ……」


 すみれが拓雄の隣に座り、体をくっつけながら、そう冗談を言うが、別に誰かの為に走っていたつもりは全くなく、少しでも良い順位を取りたい一心で走っていただけだったので、そんな事を言われると、却ってすみれを意識してしまう。


「さあ、次は綱引きよ。気合入れていきなさい!」


「うわっ!」


 すみれが立ち上がった拓雄にそう言ってお尻を叩き、拓雄も思わず声を張り上げる。


 気合を入れたつもりだったが、いつもの彼女のセクハラ行為を受けて、拓雄も顔を真っ赤にしながら、走って行った。




「私も手伝うわ。みんな、気合入れて行くのよ」


 綱引き所定の位置に付くと、すみれが飛び入りで綱引きに参加すると言い出し、拓雄の隣に付いて縄を掴む。


 担任が手伝う事はルール上オッケーらしく、実際に対戦相手のクラスも担任が一緒になっているので、すみれが参加することはおかしくないと思っていたが、それにしても拓雄の隣に付くのはあからさま過ぎて、見ていた彩子やユリアも歯軋りしてすみれを睨んでいた。


「くす、頑張ろうね」


 と、すみれがくすっと笑いながら、すぐ目の前に居る拓雄に告げると、彼女の可愛らしい笑みを見て、ドキっとする。


 毎日、見ている担任の顔だが、太陽に照らされていつも以上に眩しく思えてしまい、間近で見ると本当に美人で、改めて見とれてしまった。


 パアンっ!


 合図の空砲と共に、一斉に綱を引っ張り、すみれもクラスメイト達と一緒に力いっぱい綱を引く。


 最初は緊張していた拓雄も競技が始まると、すみれの事を気にする余裕もなく、綱引きに専念していった。


「オーエスっ! オーエスっ! く……きゃあっ!」


 だが、一歩及ばず、拓雄のクラスは負けてしまい、すみれもバランスを崩して、拓雄の前に倒れこむ。


「いたた……あ、ごめん。大丈夫?」


「い、いえ……」


 すみれの体と重なってしまい、彼女の胸がまた腕に触れる。


 この前の二人三脚の練習の時と同じ様に、またすみれと体が重なってしまい、拓雄もしばらくすみれの胸の感触を味わいながら、彼女に手を繋がれて、立ち上がって行った。




「キイイ……拓雄君にまた倒れこんで……すみれ先生、ちょっとあからさま過ぎない?」


「担任の職権濫用してますね」


 教職員の待機席で綱引きを見ていた彩子とユリアが、拓雄と体を重ねていたすみれに嫉妬して、特に彩子がすみれを睨みつけていた。


「あーあ、良いな。来年は絶対拓雄君の担任になって同じことするんだから」


「彩子先生が決める事じゃない。それより、もうすぐ私達の出番ね。その前にトイレ行ってくるから先に行ってて」


「あ、うん」


 と言って、ユリアが席を立ち、間もなく始まる教職員対抗の二人三脚に出る為、彩子もテントを出る。




「あら、拓雄君」


「ユリア先生」


 綱引きを終え、汗を流す為に、拓雄が水道で顔を洗っていた所、ユリアとバッタリ会い、軽く挨拶をする。


「綱引き、残念だったわね」


「いえ。あの、先生ももうすぐ二人三脚ですよね」


「うん。別に勝っても何か貰える訳じゃないし、お昼休み前の余興みたいな物だけど、あなたが練習に付き合ってくれたから、一位を取るわ」


「はは、頑張ってください」


 堂々と一位を取ると宣言したので、拓雄もその自信に驚いて若干引くが、この前一緒に二人三脚した限りではかなり上手だったので、難しいかもしれないが、良い順位は取れるだろうと拓雄も考えていた。


「一位なんか無理みたいな顔をしてるわね。確かに男の先生達も一緒に走るから、難しいかもしれないけど、みんなロクに練習なんかしてないし、取るわよ」


「そんな事は……」


「顔に出ている。賭け事はいけないんだけど、一位を取ったら、私に何かくれる?」


「な、何が欲しいんですか? あげられる物なら考えますけど……」


 ユリアが一方的にそう告げ、拓雄も苦笑いをして答え、


「あげられる物ね。なら、マンションを買ってもらおうかしら」


「無理ですよ!」


「そうかしら? みんなローンを組んで買ってるけど。今すぐは無理でも何年か後でも良いわ。私も半分出すから、夫婦で住むマンションを買って。賭けましょう」


「…………」


 とんでもない事をユリアが淡々と口にし、拓雄も絶句してしまうが、本気なのか冗談なのか、真顔でじっと見つめ、


「もう行くわ。今の話、忘れないで」


「あ、ちょっとっ!」


 たじろいでいた拓雄を置いて、ユリアが立ち去って行く。


 冗談で言ってるんだよなと思いつつ、ポカンとしながら、ユリアの背中を眺めていた。




『次は教職員対抗の二人三脚です』


「さあ、いよいよだよ。特訓の成果、見せてあげようね、ユリアちゃん」


「うん」


 アナウンスと共に、ユリアと彩子がスタートラインに立ち、彩子も鉢巻を巻いて気合を入れる。


「位置について……よーい。ドンっ!」


 合図と共に、一斉に走り始め、ユリアと彩子は息をピッタリ合わせて走り出す。


 男性教諭も一緒だったが、殆ど、運動不足の中高年で練習もしてなかったので、みんなバランスを崩しながら走っており、ユリア達以外、本気で走ってるものもいなかったのであった。


「はあ、はあっ! もうすぐっ!」


『一位、真中先生と高村先生。二位、鈴木先生と小林先生……」


 そんな中、一度もバランスを崩すこともなく走っていた、ユリアと彩子が一番でゴールテープを切り、会場も拍手に包まれる。




「やったーっ! 一位だよ、ユリアちゃん!」


「そうね」


 大喜びして、彩子がユリアに抱きつき、ユリアも少し微笑みながら、彩子を抱き止めて、優勝の喜びを分かち合う。


 運動の苦手な彩子が、体育祭で一位を取るのは人生で初めてであり、これも拓雄の愛の力だと勝手に思っていたのであった


「…………」


「っ!」


 大喜びしていた彩子を抱き止めていたユリアが、応援席に居た拓雄に視線を送り、彼女と目が合った拓雄もビクっとする。


 約束を忘れないで――ユリアは視線で拓雄に語りかけていた。


(冗談だよね……?)


 拓雄は思いながら、ユリアとしばらく目を合わせていたが、彼女が先ほどの約束を『冗談』だと言う事は結局なかったのであった。

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