第8話 先生達の公私混同、四者面談

「それで、進路は大学の文系を志望している訳ね。普段、家でどの位、勉強している?」


「はい」


 放課後、すみれが進路希望調査票などの資料を見ながら、拓雄と教室で


 今日は生徒と担任の二者面談の日で、拓雄の担任のすみれも受け持っているクラスの生徒達と一人ひとり、面談をしていき、たまに軽く雑談を交えながら、進路希望や普段の学習状況、悩みなど聞き出していった。


 最初は緊張していた拓雄であったが、今回は真面目な面談であったし、時間も限られていたので、すみれも淡々と担任としての仕事をこなしていった。




「はい、わかったわ。面談は以上。ご苦労様」


「はい。失礼しました」


 質問を一通り終え、拓雄もホッとしながら、一礼して教室を出て、廊下で待機していた生徒が入れ替わりで中に入る。


 すみれと二人きりで、どうなるかと緊張したが、何事もなく終わったので、安堵し、束の間の開放感を感じながら、廊下を歩いていると、


「あ、拓雄君、こんにちはー」


「先生。こんにちは」


 バッタリっと、絵の具で汚れたエプロンを身に纏った彩子と鉢合わせし、笑顔で拓雄に挨拶する。


「今、帰り?」


「はい。今、面談があったので」


「面談? ああ、そう言えば今日、一年は二者面談だったね。はっ! 面談って事はすみれ先生と二人きり……」


 と、何気なく拓雄も彩子と挨拶を交わしながらそう言うと、彩子も急に青ざめて後ずさる。


 すみれと拓雄が教室で二人きりと聞いて、何か良からぬ事をされたのかと、されたのではないかと不安になったが、拓雄はどうした事かとキョトンとした顔をしていた。


「た、拓雄君、すみれ先生に何か……」


「真中先生ー!」


「あ……ごめん、また後でね」


 拓雄に問い質そうとした所、美術部の女子部員に声をかけられ、彩子も慌てて、部員の元に向かう。


 今は美術部の活動中だったので、彼女もあまり長くは話しこめず、後日、すみれに面談の内容を問い質す事にしたのであった。




「すみれ先生っ! 昨日、拓雄君と面談したそうですね。 二人きりで!」


「は? ああ、うん。二者面談だったし」


 翌日の昼休み、何日かぶりにすみれ、彩子、ユリアの三人で美術準備室に集まって三人で昼食を摂ると、早速、彩子がすみれに昨日の事を問い詰める。


「な、何か拓雄君にいやらしい事、してないよね!?」


「する訳ないでしょう。色々と聞いてまとめないといけない事もあるし、外で生徒も待っているんだから」


「彩子先生、ちょっと官能小説の読み過ぎ。生徒と教師が二人きりだからって、そんないやらしい事を思いつくのは、教師として問題」


「そんなの読んだ事ないから! ああ、良いなあ、私も拓雄君と面談したい。二人きりで」


 すみれとユリアが動揺している彩子に呆れた顔で突っ込みを入れるが、彩子は学校行事の面談とは言え、すみれが拓雄と二人きりになった事が羨ましく、子供の様に駄々を捏ねていた。


「面談って、担任でも部活の顧問でも無いのに、彼と何を話す気?」


「そりゃ、色々と、お悩みを。後、あわよくば拓雄君との仲を……」


「はあ……前に無理言って補習したばかりじゃない。てか、面談は遊びやお見合いじゃないんですから」


「でも、どうしてもしたいなー、拓雄君と面談」


「なら、皆でしましょう。彩子先生と二人きりだと何をするかわからないから。これなら、公平」


「皆で?」




 数日後――


「それじゃあ、これから拓雄君と先生たちの面談を始めまーす♪」


「…………」


 美術準備室に呼び出された拓雄が何事かと、放課後に行ってみると、彩子とすみれとユリアの三人が待っており、彼女達に囲まれる形で座らされる。


 最近、この三人の女性教師にやたらと絡まれる事が多いので、拓雄もややうんざりしていたが、真正面に座っている彩子が嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、彼の手を握り、


「大丈夫、そんなに緊張しないで。先生、拓雄の事、色々知って仲良くしたいから、こういう場を設けて、じっくり話し合いたいの。来てくれただけで嬉しいなあ、えへへ」


「彩子先生、あんまりくっつかないで。拓雄君も引いてる」


「あ、ごめんね。そうだ、このグミ、食べる?」


「はあ……いただきます」


 彩子がぎこちない顔をしていた拓雄に、コーラ味のグミを差し出し、拓雄も一つ頂く。


 教師は苦手だった拓雄も既に三人とは良く顔を合わせていたので、彼女らと話すのは徐々に慣れていたが、三人に囲まれると、流石に縮こまっていた。


「それじゃあ、まず最初の質問。拓雄君、今、彼女とかいる?」


「えっ! な、何でそんな事を……」


「そりゃあ、生徒が不純異性交遊してないか調べるのも教師の重要な仕事だと思わない? ほら、さっさと答える」


「うう……いません……」


 彩子とすみれにそう促され、拓雄も渋々答えると、彩子もパアっと顔を明るくし、


「本当? そっかあ、居ないのかあ……ユリア先生、今、言った事、間違いないと思う?」


「少なくとも、周りに彼と親しくしてる女子は確認してないから、本当だと思う」


「そう! 良かった……えへへ、うん、何でもないよ」


 何故か、彩子がユリアに確認を取ると、ユリアは足を組んだまま、淡々とそう答え、彩子も改めて安堵する。


 実際に付き合っている女子は居ないし、隠しても意味は無いので、正直に答えたが、特にユリアの今の話に強烈な違和感を感じてしまい、いつもと変わらぬ表情のままでいたユリアを見て少し怖くなってきた。




「じゃあ、好きな女性のタイプは?」


「あの……いえ、よくわからないです……」


 面談で何でこんな事を聞くのか、逆に聞き返そうとしたが、答えを聞くのが怖かったので、彩子の質問に俯きながら答える。


 鈍感でのんびりとした性格だった拓雄でも、既に三人が自分をただの生徒以上の関係で見ている事には気づいてたので、あまり踏み込んだ事を聞く勇気がなかったのであった。


「なら、年上と年下、どっちが好き?」


「…………あまり、そういうのは意識してないというか……」


「ど、どちらかと言うと、どっちが好き?」


 彩子が焦った様に更に追及すると、拓雄も困った顔をして考え込むが、


「ストップ、彩子先生。あんまりしつこいと嫌われるわ」


「でも、これ重要じゃない!」


「そうかもしれないけど、拓雄くんは実際、年齢はそこまで考えてないと思う。もちろん、自分と同年代の方が良いんだろうけど、年上だから不利って事はないと思うわ」


「そ、そう……」


 ユリアに諭されて、彩子もようやく落ち着きを取り戻すが、ユリアが何故、自分の気持ちを代弁しているのか、拓雄は更に首を傾げていた。




「ちょっとスマホ出しなさい、拓雄」


「え? は、はい……」


 すみれにスマホを出すように言われ、正直に渡すと、


「ふふん。どんなアプリがあるかなー……って、ゲームや漫画のアプリばっかね」


「くす、今の子ならそんな物でしょう」


「そうだけど、ちょっと多くない? 子供っぽいって言うか、オタクっぽいって言うか。これ、アイドルゲームのアプリじゃない」


「うう……」


 スマホのディスプレイに表示されてるアプリを見て、すみれが呆れた顔をしてそう言い、溜息を付く。


「オタク……うん、美術部にも居るよ。将来、アニメーターになりたいって言ってる子。だから、先生、問題なし。先生の大学時代の友達にも同人活動してる子いるし、イラストレーターになっている子とかいるから。むしろ、親和性高いと思う、美術とオタク。何か描いてほしいキャラとかある? 先生、頑張って描いちゃうよ」


「は、はあ……」


 と、必死な形相で、彩子が拓雄にそうアピールしながら迫ると、拓雄も頷く。


 アイドルゲームが好きな事までバラされ、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になって、早く帰りたい気分になっており、一体、自分が何の為に呼ばれたのか、ますますわからなくなっていった。


「あんまり、生徒の趣味をいじらない方が良いわ。そんな事を言ったら、すみれ先生だって麻雀ゲームとか結構やってるし、お酒も好きだから、おじさんっぽいところあるじゃない」


「そういう事、さり気なく言わないでよ、ユリア先生。はあ、まあ程々にね」


「はい……」


 すみれの趣味をユリアがバラしてしまい、すみれも嘆息しながらも、特に問題のある趣味はスマホを見る限りは見当たらなかったので、安堵する。


 しかし、すみれがスマホのフォトアルバムを開いて見ると、


「あ、これユリア先生の写真……」


「えっ!? ほ、本当だ……何でユリアちゃんの写真、持ってるのっ!?」


「そ、それは……」


 この前の補習で撮影したユリアの写真を発見し、彩子もすみれも血相を変えると、


「前の補習で撮影させた。常に私を意識する様にとね」


「な、何てはしたない……はっ! 拓雄君! 先生の写真も撮ってっ! 何枚でも良いから。後、ついでに君の写真も撮りたい!」


「ええっ?」


 彩子がそう言って、自身のスマホを取り出し、拓雄の顔写真を何枚か撮る。




「ユリア先生の写真で何をする気だったのよ……てか、先生の写真ないじゃない。私のも撮って。今日はそれで終わりにしてあげるから」


「うう……わ、わかりました」


 ユリアの写真を発見されて、よからぬ誤解をされたかとビクビクしていたが、すみれと彩子もユリアに対抗する様に、拓雄に自身の写真を撮らせ、自分を常に意識させるようアプローチする。


 強引過ぎて、拓雄も困惑するばかりであったが、スマホのカメラで彩子とすみれの写真を何枚か撮影し、それを保存していく。


 三人とも学内にファンも多いので、写真を欲しがる男子生徒はたくさんいそうだったが、拓雄はもちろん、この写真を誰かに見せる事もしないし、彼女らもそれを信頼して、彼に写真を撮らせていったのであった。


「ふふ、先生の写真、拓雄君が撮りたい時に好きなだけ撮ってね。無断で隠れて撮ってもオッケー♪ 誰かに見せるのは駄目だけど、授業中以外なら、学校でもプライベートの時でも先生の良いと思った写真、いつでもカメラに収めて良いからね」


「は、はい」


 と、彩子が言うと、拓雄も苦笑いして頷き、大胆な事を言った彩子も常に彼に写真を撮られるのかと考えると、益々胸が高鳴っていく。


 こうして、三人の女教師との面談は過ぎていき、準備室から開放された時には、拓雄もぐったりとしていたのであった。


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