第6話 先生達との個人授業 二日目

 「失礼します」


「あ、拓雄君っ! 来てくれたんだ。うわあ、嬉しいー。さ、座って、座って」


 翌日、今度は彩子の個人補習を受ける事になった拓雄が、美術室に向かうと、彩子も心底嬉しそうな笑みを浮かべて、拓雄を歓迎し、用意していた椅子に座らせる。


 今日は美術部の活動も無かったので、この広い美術室で拓雄と彩子の二人きりであり、穏やかな美人の彩子と二人きりになって、拓雄も昨日のすみれとの補習以上に胸を高鳴らせながら、彩子の目の前にある椅子に座ったのであった。


「あの、それで今日は何を……」


「くす、今日は先生の絵を描いてくれる? はい、これスケッチブックと鉛筆ね」


「先生の絵ですか……?」


「そう。どんな形でも良いから、拓雄君から見て、先生がどんな風に見えてるか表現して欲しいの。写生でなくても良いよ。どんなにデフォルメしても構わないから、好きな様に先生を描いてみて。大丈夫、どんな絵を描いても、成績を落とすような事は絶対にしないから。ね?」


「はあ……」


 と言われて、スケッチブックを開き、目の前に座っていた彩子の写生を始める。


 補習をするといきなり言われて、何をするのかと身構えていたら、やたらと上機嫌の彩子をスケッチブックに書いていったのであった。


「今日はごめんね、無理に補習なんかさせちゃって」


「あ、いえ」


「本当にごめん。良いのよ、そんな身構えないで。今日は一応、補習にはなってるけど、気楽に、ね? 先生、拓雄君が来てくれただけでも、とっても嬉しいなあ」


 本当に嬉しそうな笑顔で、彩子がそう言って来たので、拓雄もドキっとしてしまい、彼女の眩しい位の可愛らしい笑顔をまともに直視出来ず、顔を赤くして、スケッチブックに向かって鉛筆を走らせていったのであった。




(くす、やっぱり可愛いなあ拓雄君)


 今日は無理矢理補習をさせてしまい、彩子も申し訳なさを少し感じていたが、それでも文句一つ言わず補習に出て、真剣に打ち込む彼を見て、彩子も胸が温かくなり、穏やかな笑みで拓雄を見つめる。


 改めて見ると、幼い顔立ちと一生懸命に打ち込む姿がとても可愛らしく、彩子も頬を赤らめて目の前で自分を描いてる拓雄に見とれていたのであった。


「へへ、拓雄君、絵を描くの好き?」


「嫌いではないです……」


「そう。なら、美術部に入ってくれると嬉しいなって思ったけど、今日みたいに先生と補習したかったら、いつでも言って。二十四時間、付き合ってあげるから」


「はは……はい」


 正直に言うと、拓雄も最初、乗り気ではなかったが、こうして彩子と二人で話しながら絵を描くのも楽しく、可愛らしく温和な美人の彩子の笑顔を見る度に、彼女の事を意識してしまって、胸が高鳴っていったのであった。


「昨日、すみれ先生と二人で補習したんだよね? どうだった?」


「えっと、わかりやすく教えてくれましたよ」


「そう。他に何かなかった?」


「?」


「その、すみれ先生に勉強以外で何かされなかったかなって……」


「――っ!」


 恐る恐る上目遣いで、彩子にそう訊かれると、昨日、すみれの胸を触った事を思い出してしまい、顔が真っ赤になる。


「えっ!? ど、どうしたの、拓雄君!?」


「いえっ! 何でもありません!」


「で、でも、今、何か急に……もしかして、すみれ先生に何かされた!?」


「さ、されてません! 本当ですっ!」


 と、正直に胸を触らされた事を言う訳にもいかず、慌ててそう弁明するが、彼の様子を見て、彩子もすみれに何か言えない様ないやらしい事をされたとすぐに察し、一気に血の気が引く。


(やーーん、やっぱりすみれ先生と密室で二人きりだから、何もない訳ないか……)


 覚悟はしていたが、すみれとの拓雄の仲が進展してしまったかもしれない事に彩子もうろたえる。


 女性の彩子から見ても、すみれは美人でスタイルもよく勝気な性格が魅力的な女性だったので、すみれが本気で迫ってきたら、あっという間に拓雄を取られてしまうと言う懸念を強く抱いていたのであった。


「あ、明日はユリア先生との補習もあるのよね?」


「はい」


「うう……そ、そう……」


 それだけでなく、明日は学園始まって以来の美人と言われてるユリアとのマンツーマンの補習がある事も思い出し、彩子は更に陰鬱な気分になる。


 まさか、いきなり拓雄に手を出すとは思えなかったが、ユリアの行動力は並外れているので、明日二人きりで何もないとは思えなかった。




「あの、先生」


「な、何っ!?」


「その……これで、どうですか?」


「あ、もう出来たんだ。見せて、見せて」


 取り敢えず描き終えたので、彩子に彼女の写生を提出する。


 気楽に書いていいと言われたので、大まかに彼女の特徴を掴んだ、似顔絵を描き、緊張しながら、彼女に見せると、


「うわああ……よく描けてるじゃない」


 拓雄が描いた自分の似顔絵を見て、素直に感激し、そう声を上げる。


 タッチはやや雑ではあったが、彩子の特徴をよく掴んでおり、彼女らしい穏和な美人の彩子の顔が描かれていた。


「凄いわ。もう先生、感激よ。こんなに美人に描いてくれて嬉しいわ」


「そ、そうですか?」


「うん。もう百点満点よ。一生大事にするからね」


 と大げさに褒めながら、彩子は拓雄に抱きつき、彼の顔を胸に埋める。


 そこまで上手く出来たとは思えなかったが、とにかく喜んでくれたのは何よりと、彼女のやわらかい胸の感触を顔で感じて、照れ臭そうに笑っていた。




「あ、ごめんね。じゃあ、今日の補習はこれでおしまい♪ ご苦労様」


「はい。ありがとうございました」


「ううん、先生こそ無理言ってごめんね。あ、そうだ。ちょっとそこに立って」


「はい?」


 目の前に立つよう拓雄に指示し、彼も首を傾げながら、彩子の前に立つと、


「今日はありがとう。ちゅっ♡」


「――っ!」


 不意に彩子が拓雄の頬にキスをし、拓雄もビックリして目を見開く。


「えへへ、絶対に内緒だよ♪」


 と、頬を赤らめて、潤んだ目で彩子がそう言い、彼女の唇を頬に感じながら、その場で立ち尽くす。


 すみれやユリアに負けじと、彩子もバレれば即解雇となりかねない大胆な事をし、顔を真っ赤にしていた拓雄を撫でながら、柔らかい笑みで彼を見つめていたのであった。

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