第3話 先生達との楽しいお昼休み
「あ……」
翌朝、拓雄は家を出て、学校に向かう途中でバッタリとユリアと出会う。
いつもの様にビシっとスーツを着こなしていたユリアはジーっと淡々とした表情で、拓雄を見つめ、彼も少し怯えた顔をしていたが、
「おはようございます」
「うん、おはよう」
と、ユリアに挨拶すると、彼女も軽く会釈して挨拶を返し、そのまま歩いていった。
(高村先生に最近、良く会うけど、この辺に住んでいるのかな……)
彼女の背中を眺めながら、拓雄はぼんやりとそう考えるが、ここ何日か、やたらと朝、学校に行く時にユリアと顔を合わせる事が多いので、もしかしたら近所に住んでいるのではないかと思っていたが、わざわざ本人にその事を問い質すのも気が引けたので、ただ彼女の後を黙って付いて行きながら、学校へと向かっていったのであった。
一時間目は英語の授業であり、ユリアがテキストを開いて、英文を読んでいき、彼女の目を言われた通り、じっと見つめながら、拓雄は授業に打ち込む。
受験科目必須の英語は元々、授業時間が多いので、ユリアとはほぼ毎日、顔を合わす事になっており、話している時は常に自分の目を見ろと、ユリアに指示されていた拓雄はビクビクしながら、じっと彼女の顔を見て、時折、ユリアと目が合う度にドキっと胸が高鳴る。
改めて見ても、ユリアの顔は芸術作品のように整っていて美しく、まともに直視できない程に輝いており、ましてや目が合うとどうしても意識して授業に集中出来なくなるので、ある意味、苦痛な位であった。
「そして、この構文は……」
ユリアが拓雄をチラっと見た後、板書を再開し、拓雄も少しホッとする。
目線までチェックすると、昨日宣告した通り、本当にユリアから目が離す事が出来ず、一時間目から気の抜けない授業で、疲れてしまったのであった。
昼休みになり――
(今日はお昼は一人か……)
そう思いながら、拓雄は一人で教室を出て、購買でパンを買い、何処でお昼を食べるか考える。
いつも昼食を一緒に食べている友達が部活の大会で今日は居ないため、一人で教室で食べるのも居心地が悪いと思い、落ち着いて食べられる場所を探していた所で、
「拓雄君」
「え? せ、先生?」
急に誰かに背後から名前を呼ばれたので、振り向くと、いつの間にかユリアがおり、拓雄の事を無表情のままジーっと見つめていた。
「ちょっと来てくれる?」
「は、はい」
何だろうと思い、ユリアの後を付いて行く。
さっきの授業の事で、何か怒られるような事をしたかと首を傾げていたが、職員室ではなく、別棟の渡り廊下を渡っていったので、何処に連れて行かれるのかと不安になりながら、彼女の後に付いて行った。
「お待たせ」
「あら、ユリア先生、やっと戻って来たのね」
「うん。入って」
「は、はい」
ユリアに案内されたのは、第二校舎にある準備室で何故、こんな所に呼び出されたのかと首を傾げながら入ると、中にはすみれと彩子が机を並べて、昼食を摂っていた。
「まあ、拓雄君っ! どうしたの、今日は?」
「お昼、ちょうど一人だったみたいだから連れて来た」
「きゃーー、嬉しいわあ。ほら、座って、座って。先生達と一緒に食べましょう」
「え? えっと……はい……」
拓雄の顔を見るや、彩子は目を輝かせて、拓雄を招きいれ、椅子を用意して自分の隣に座らせる。
まさか、ここで一緒にお昼を食べる為に、ユリアを誘われたのかと驚きながらも、彩子に手を引かれて、すみれと彩子の間に挟まれる形で椅子に座っていた。
「へえ、拓雄君、今日一人なんだ」
「はい……」
「くす、ユリアちゃん、よく連れて来たわね。ビックリしたわ。拓雄君、いつもお昼はパンなの?」
と、すみれと彩子が拓雄に密着して、嬉しそうに話しかけ、ユリアが拓雄に向かい合う形で、椅子に座り、机に置いてあったビニール袋から、自身の昼食であるパンを取り出す。
すみれはサンドウィッチとオレンジジュース、彩子は自身の手作り弁当に烏龍茶、そしてユリアはパンと、それぞれ自分が持ち寄ったお昼ご飯を食べながら、幼い男子生徒を囲い、拓雄もかなり居辛そうな気分になっていた。
「ふふん、何、緊張してるのよ。別に良いじゃない、たまには美人の先生たちを囲ってのお昼も」
「やん、美人なんて♪ でも、そんな固くならないで。先生、拓雄君と一緒にランチ出来てとっても嬉しいんだから。へへ、良かったら、食べる?」
「はあ……あの、先生達っていつもここでお昼を?」
「いつもじゃないけどね。職員室で食べる事もあるし、ここで三人で食べたりもよくするわよ。ほら、真中先生も腕を組まない」
「えー、良いじゃない。先生、もっと拓雄君と仲良くしたいなって思ってるの。だから、お昼一緒に食べたい時はいつでも言ってね」
「はい……」
と、拓雄が来た事がそんなに嬉しかったのか、彩子は彼の腕を組みながら、自分で作ったカラフルな女性らしい弁当を差し出して、食べるよう促していく。
あまりに密着されて、食べ辛かったが、彩子のお弁当を何も食べないのも悪いと思い、タコさんウインナーを一つ貰って、パンと一緒に食べていった。
(それにしても、高村先生のお昼……)
向かい側に座って、淡々と食べていたユリアのお昼をまじまじと拓雄も見つめる。
大きなコッペパンにマーガリンを塗り、リンゴとエナジードリンクだけと言うシンプルなお昼ご飯で、そんな物で足りるのかと首を傾げていたが、拓雄に見られているのに気づいたユリアは少し頬を赤らめて、
「何?」
「あ、いえ……お昼、それで足りるんですか?」
「十分。別にお腹がいっぱいになれば良いし」
「ユリア先生のお昼、いつもこんな感じよ。大体、パンとリンゴだけ。何か寂しいわよねー」
「まあ、ユリアちゃんが良いって言ってるんだから、良いじゃない。私がお弁当作ってあげようかって言っても、いつも断るし」
いつもこんな素っ気無いお昼を食べているのかと、驚きながらも、ある意味ユリアらしいと思い、感心する拓雄。
もしかして、余計なおかずを食べない事が、彼女の美しさの秘訣なのかと思いながら、徐々にこの空気にも慣れてきて、購買で買ってきたパンを食べていった。
「あ、ちょっと汚れているよ。ふきふき♪」
「す、すみません……」
持ってきたおしぼりで、彩子が拓雄の頬を拭き、彼女の胸が腕に密着しているのを感じて、さらに顔が赤くなる。
彩子はそんなに自分が来てくれたのが嬉しかったのかと首を傾げていたが、それ以上におっとりとした美人の彼女にこうして体を密着されると、どうしても思春期の彼も意識してしまい、自然に昂ぶった気分になって、落ち着いてられなかった。
「彩子先生、ちょっとはしたないですよ。誰かに見られたら、問題になります」
「大丈夫よ、鍵かけてあるんだし。ねー、それより美術部に入ってくれない? もし、入ってくれたら、先生、凄く嬉しいんだけど」
ユリアの注意を物ともせず、彩子が拓雄の腕に絡みつき、またしつこく美術部に誘うと、拓雄もややうんざりしてしまい、
「あのー、その話は……」
「彩子先生、あんまりしつこいと、折角のお気に入りの彼にも嫌われちゃいますよ」
「ぶうう、だって、私、二人と違って、拓雄くんと顔を合わせる機会あんまりないしー……ね、絵なら、先生が一から教えるから、お願いー……」
と、すみれが釘を刺しても、すがるように彩子が拓雄を執拗に誘うが、ここまで迫られると、断りにくくなってしまい、どうすれば良いのか答えあぐねる。
何故、自分をここまで部に誘うのか彼は不思議に思っていたが、ほぼ毎日授業時間がある二人の担当科目の英語と数学と違って、彩子の担当である美術は授業時間が少なく、拓雄と顔を合わせる機会がどうしても少ないので、彼と毎日会う口実が出来るよう、しつこいと思われても美術部に勧誘して、何としても入部させようとしていたのであった。
「か、考えさせてください」
「むうう……そればっかり……良いけど、また先生とお昼一緒に食べてくれる?」
「はい」
「そう、良かった。へへ、今度は二人きりで……」
「ご馳走様っと。はい、そこまで。私、そろそろ行くけど、拓雄君も、次は私の授業だから、遅れるんじゃないわよ」
「あーん、そんなー……」
さり気なく、彩子がスマホを取り出して、拓雄と連絡先を交換しようとすると、すみれがそれを阻止するように立ち上がって、彩子のブラウスの襟首を掴んで軽く持ち上げる。
その間にユリアも食べ終わり、エナジードリンクをビニール袋に入れて立ち上がり、
「ご馳走様。今日は来てくれてありがとう。その……」
「あ、いえ……高村先生も、ありがとう……」
「ユリア」
「え?」
「高村じゃなくて、ユリア先生と呼びなさい。良いわね?」
「え……は、はい……ユリア先生……」
急にそう言われて困惑しながらも、拓雄は言われた通り、下の名前で呼んで頷く。
拓雄にそういわれると、ユリアも恥ずかしそうに俯き、そんな彼女のしぐさがやたらと可愛く思えてしまったが、
「あーー、ずるい。じゃあ、私の事も彩子先生って、下の名前で呼んでよ」
「えっ! そ、それは……」
「ほら、早く。呼ばないと離さないよ」
「彩子先生……」
「きゃー、嬉しい♪ へへ、拓雄くんとの距離、また縮まっちゃった」
「むうう……ほら、行くわよ、拓雄。もう予鈴鳴る時間じゃない」
「あんっ! じゃあ、またねー、三人とも」
二人が下の名前で呼ばれた事に嫉妬したのか、すみれが彼の名前を敢えて呼び捨てにして、襟首を掴んで強引に準備室から連れ出し、ユリアも後に続く。
思いも寄らぬ三人とのランチタイムであったが、拓雄と三人の距離は少しではあるが、確実に縮まっていたのであった。
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