野球選手のサインと路面電車

第7話 市議の同僚の息子と同世代の学生たちの交流へ

 居酒屋で、市議会議員を務める山藤氏の同僚の議員とその息子が合流した。

「八木君、こちらが市議会議員の原元義清さんと、息子さんで今慶応大に行っている正清さんです。今回はちょっと無理を言って済まなかったな」

 山藤氏が石村教授らを介して言っていた「無理」というのは、あの広島大学医学部の学生からサインをもらってくることだったのである。

「いやいやとんでもないです。むしろこちらが感謝していますよ。あんな人に会えるなんてなかなかないことですから。そりゃあ、球場に行けば会えると言われればそれまでですけど、会って話すなんてまずできないことですから」


「私は岡山市議会議員の原元義清の息子で、原元正清と申します。今は慶應義塾大学商学部の3年でして、ちょうど里帰り中です」

「はじめまして。八木昭夫です。現在立命館大学経営学部の4回生です」

「しかし、立命館大学とはいえ経営学部の人が何でまた物理学の先生と一緒に?」

「入学式の後に一般教養のガイダンスで目をつけられて、もとい、目をかけていただいて、それで物理学の講座を受講したのがきっかけやったの」

「そうですか。ところで、八木さんは岡山出身の方と伺っていますが、高校はどちらでした?」

「西商です。在学中に簿記は1級まで取得しました。浪人して数英学館で1年勉強して立命館に行きました。ところで原元君は?」

「私はA高です。現役で一橋を目指していましたが、推薦で慶応に行きました。今思えば、これはこれでよかったと思っています。八木さんは税理士か何かを目指されているのです?」

「税理士も目指していますが、先だって行政書士と社労士に合格しました。これで開業ともいかんでしょうが、弁護士をされている立命館の先輩のところで修業しながら会計学校の講師をすることになっています」

「それはすごいですね。私はその、父が不動産業もやっておりますので、せんだって宅建を取っておきました。行政書士や社労士までは、まだ手が回っていません。何だかんだで、遊ぶのも忙しいものでして(苦笑)」


「ほな、八木君、あのサイン、正清君にさし上げて。こういうことは酒が入る前にやっておかなあかんやろ」

 石村教授に促され、八木青年は先日の色紙をバッグの中に損傷しないよう丁寧に入れていたのをこれまた丁寧に取出した。


「原元君、こちらがホプキンス選手のサインです。どうぞ」


 八木青年は、何枚かのうちの1枚を取出し、色紙を入れる封筒とともに原元青年に渡した。

「八木さん、ありがとうございます。私の父が若いころ広島におりまして、その頃からカープのファンでしてね。気が付くと私もカープファンになっていました。まさかあのホプキンス選手のサインをいただけるとは・・・」

 感無量の原元青年に、八木青年があのときのことを述べる。

「ホプキンスさんと広大でお会いしてお聞きしたら試合や練習の合間に医学部の研究室に行って勉強されているって言われましてね、正直、プロ野球の選手が医学を学んでいるなんて聞かされてびっくりや。ぼく自身はプロ野球をそれほど見ないし特にスポーツ新聞を読んだりもしないが、まさかそんな人がいるなんて、いくらアメリカ人と言ってもちょっとびっくりしたわな」

「そうですか。私も遊んでいる場合、違いますね(苦笑)」

 原元青年はあらかじめ持ってきていた自分の鞄にその色紙を丁寧に収納した。


「それじゃあ、そろそろ始めましょうか。じゃあ堀田先生、お願いします」


 堀田教授が店員に宴会の開始を伝言した。かくして山藤氏の一声とともに、宴会は始まった。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 酒の席ともなれば、どうしても同世代同士で話が進んでしまうものである。そのことは年長者たちもよく心得ている。現職の岡山市議2人と大学教授2人らの輪とは別に、大学こそ違うものの同世代の学生たちもまた話が盛り上がっている。

 

「原元君、岡山の路面電車はよくご存じか?」

「別に鉄道好きなわけでもないけど、子どもの頃からよく知っているよ」

「何なら明日、路面電車乗ってみたいのと、あと、何だ、折角来たので後楽園と岡山城を見てみたいと思っていてね」

「それなら、明日紹介するよ。2時間もあれば余裕で全部乗れるよ。あと、どうせ岡山城に行くなら、城下の鉄棒でも見ておくといい」

「鉄棒? なんやねんそれ?」

「旧制岡山一中の鉄棒だよ。空襲で校舎は破壊されたけど、なぜか鉄棒がのこっているのよ」

「なんか面白そうやな。と言うと、原元君の母校になる場所に失礼な言い方になるかもしれんけど、気を悪くしたらご容赦願う」

「いや、別にそんなことはいいけど、どうせならそこらも見ておくといい。お城は観光地だが、鉄棒近辺は別に観光地ってことでもないけどな」


 地元出身の八木青年は、その地が旧制岡山一中の敷地で会ったことは無論知っているが、鉄棒の話は知らなかった模様。

「鉄棒? わしゃ知らんかったな。そんなものが残ってンの? 岡山城なんか小学校以来わざわざ行ったこともないからな。後楽園もそやけど」

「ええ、残っていますよ。折角だから八木さんも一度見られたらどうですか?」

「そんなら、わしも行くわ。原元君、案内お願いします。そういえば、路面電車も何年と乗ってないなぁ。清輝橋線はともかく、東山線なんか乗る用もないからな」

「八木さんの場合清輝橋線は実家の近くだから乗ることもあるでしょうけど、東山に行くようでもなければ、というかそっち方面に行くとしても、わざわざ柳川で乗り換えて電車で行くなんてこともないでしょ。自転車あったらますます乗る用もなくなるでしょうし、バスだっていくらもありますからね」

「こういう機会でもないと乗れないから、明日はお願いします」


 かくして翌日、彼らは岡山の路面電車と観光巡りに出向くこととなった。

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