第7話

「ここが温室だよ」

「わあっ。きれい」


そこには色とりどりの花が咲いていた。この温室は奥が見えないほど広い造りとなっている。

さすが王宮ね。

リリカが感心していると、いかにも庭師っぽい服装をした男性が現れた。その人はグレー色の作業服を来て、右手にはスコップを持っている。


「グレイスか」

「これはこれは王太子殿下ではありませんか。もしやそちらの女性は」

「ああ。婚約者のリリカ嬢だよ」

「リリカ・エバルディですわ」

「リリカ様、初めまして。グレイスと申します」

「グレイスはもう何十年も王宮で庭師をしているんだよ」

「ベテランの方なのですね」

「ああ。リリカが何かの植物が欲しいみたいでここまで来たんだが」

「どんな植物が欲しいのですか?」

「茶葉ですわっ!!」

「茶葉を、ですか?」


温室で茶葉を欲しがる令嬢などまずいない。だからグレイスに訝しげに聞かれた。

「えっ!? 茶葉?」

レイリックにも植物が欲しいとしか伝えていなかったので不思議そうに尋ねられる。


「はい。東方の国の茶葉がどうしても欲しいのです!! 王宮では茶葉も育てているのでしょう?」

「……嘘ではなさそうですね」

「はい。そのためにここまで来たのですから」

リリカは生き生きとした表情で言う。


「……確かに育てております。ご案内いたします」

「この辺りにあるのは全て茶葉ですがどのような茶葉をお探しで?」

「緑茶がいいですわね」

「「緑茶?」」

「あっ、えっと、緑色のお茶ですわっ」

前世のお茶の名前を口にしてしまうとは。もっと気をつけなければ。

「それならこれですね。リュカというお茶です」

「リュカ……」

「確かにリュカは王太子妃様専用の温室にはないでしょうね」

「えっ!? そのような温室があるのですか!?」

驚いたリリカはレイリックの方を見た。


「ああ、まだ説明してなかったね。別の場所にあるんだ。これから案内するよ」

「ですが、まだ王太子妃というわけではありませんし、よろしいのですか?」

「大丈夫だよ。君が王太子妃になってくれるんでしょ?」

!!

そうよね。王太子殿下の婚約者ですもの。いずれ王太子妃になるのよね。私に王太子妃なんて努まるのか不安だけれど、これもお茶のため、頑張らなくちゃ。

「はい、もちろんです」


「あの、よろしければ移植しますか?」

「え?」

「リュカはあまりよく飲まれるものでもありませんし、半分は私の趣味で育てているようなものですから。亡くなった妻がリュカを好んでおりまして、よく王宮で育てたリュカを持ち帰らせて頂いたものです」

「そうだったのですね……」

「ええ。いつも余った分は寄付させて頂いていましたが、そこでも進んで飲まれるものではなく……。私は本当に必要としてくださる方にお渡ししたいのです」

「……そういうことでしたら分かりました。大切に育てますね」


グレイスは土にスコップを差し込んだ。

「魔法で取らないのですか?」 

この世界には魔法がある。

てっきり使うかと思っていたのだけれど。

「魔法ですと植物を傷つけてしまいますので」

なるほど、とリリカは納得する。魔法の制御は難易度が高く、失敗する確率が高いのだ。正確に制御出来るのは王宮の魔法騎士団員ぐらいだ。


「どうぞ」

茶葉を渡してもらえた。

「あ、あの、私もやってみてもいいかしら?」

グレイスを見ているとうずうずして、つい口をついて出てしまった。

「ええ、もちろんです」

リリカは渡されたスコップを使って黙々と作業をする。

「た、楽しいわっ!!」

「それは何よりです」

そういえば前世では自分で買って来た植物を庭で育てたりしてたっけ。前世のことが随分遠い昔のように思える。


ぽつーん

リリカが楽しんでいる間、レイリックは1人、リリカの後方で佇んでいた。

はっ!!

リリカは背後からの視線にようやく気が付いた。

そうだった。王太子殿下も一緒だったわ。楽しすぎてすっかり忘れていたわっ。


「えっと……王太子殿下も一緒にされますか?」

リリカは慌てて振り返って尋ねる。

「君、僕のこと忘れてたでしょ」

「いっ、いえいえとんでもございませんっ!!」

「はぁ、やるから貸してくれるかい?」

誤魔化せた……のかな?

「どうぞ」

そこに置いてあったもう一つのスコップを渡す。


そうして、王太子とその婚約者が並んで移植の手伝いをしているというなんとも言えないシュールな光景が出来上がった。その後、王太子妃専用の温室まで移動し、無事移植を終えた2人は収穫した茶葉を持ち帰った。

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