第9話
「ここが温室だよ」
「わあっ。きれい」
色とりどりの花が咲いていた。この温室、奥が見えないほど広い。
さすがは王宮。
リリカが感心していると、いかにも庭師っぽい服装をした男性が現れた。その人はグレー色の作業服を来て、右手にはスコップを持っている。
「グレイスか」
「これはこれは王太子殿下ではありませんか。もしやそちらの女性は」
「ああ。婚約者のリリカ嬢だよ」
「リリカ・エバルディですわ」
「リリカ様、初めまして。グレイスと申します」
「グレイスはもう何十年も王宮で庭師をしているんだよ」
「ベテランの方なのですね」
「ああ。リリカが何かの植物が欲しいみたいでここまで来たんだが」
「どんな植物が欲しいのですか?」
「茶葉ですわっ!!」
「茶葉を、ですか?」
温室で茶葉を欲しがる令嬢などまずいない。だからグレイスに訝しげに聞かれた。
「えっ!? 茶葉?」
レイリックにも植物が欲しいとしか伝えていなかったので不思議そうに尋ねられる。
「はい。東方の国の茶葉がどうしても欲しいのです!! 王宮では茶葉も育てているのでしょう?」
「……嘘ではなさそうですね」
「はい。そのためにここまで来たのですから」
リリカは生き生きとした表情で言う。
「……確かに育てております。ご案内いたします」
「この辺りにあるのは全て茶葉ですがどのような茶葉をお探しで?」
「緑茶がいいですわね」
「「緑茶?」」
「あっ、えっと、緑色のお茶ですわっ」
前世のお茶の名前を口にしてしまうとは。もっと気をつけなければ。
「それならこれですね。リュカというお茶です」
「リュカ……」
グレイスは土にスコップを差し込む。
「魔法で取らないのですか?」
この世界には魔法がある。てっきり使うかと思っていたのだが
「魔法だと植物を傷つけてしまいますので」
なるほど、とリリカは納得する。魔法の制御は難易度が高く、失敗する確率が高いのだ。正確に制御出来るのは王宮の魔法騎士団員の一部だけだ。
「どうぞ」
茶葉を渡してもらえた。
「ね、ねえ。私もやってみてもいいかしら?」
グレイスを見ているとうずうずして、つい口をついて出てしまった。
「ええ、もちろんです」
リリカは渡されたスコップを使って黙々と作業をする。
「た、楽しいわっ!!」
「それは何よりです」
そういえば前世では自分で買って来た植物を庭で育てたりしてたっけ。前世のことが随分遠い昔のように思える。
ぽつーん
リリカが楽しんでいる間、レイリックは1人、リリカの後方で佇んでいた。
はっ!!
リリカは背後からの視線にようやく気が付いた。
そうだった。王太子殿下も一緒だったわ。楽しすぎてすっかり忘れていたわね。
「えっと……王太子殿下も一緒にされますか?」
リリカは慌てて振り返って尋ねる。
「君、僕のこと忘れてたでしょ」
「いっ、いえいえとんでもございませんっ!!」
「はぁ、やるから貸してくれるかい?」
誤魔化せた……のかな?
「どうぞ」
そこに置いてあったもう一つのスコップを渡す。
そうして、王太子とその婚約者が並んで茶葉を収穫しているというなんとも言えないシュールな光景が出来上がった。その後、2人揃って茶葉を持ち帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます