「だーれだ」

@Y-iina

第1話

「私の人生なんなんだろう」信じていた恋人には浮気をされた挙句、相手が親友だなんて。本当に笑えない。職場にだって家にだって私の居場所はない。後輩には実力で負けるし家族からは『なんでお姉ちゃんみたいにできないの』と小言を言われる日々。もう消えてしまいたい。

何もかもイヤになって、私は全てを捨てた。そして、何の縁もない田舎町に身を寄せた。ここなら、私がどうしようもない人間だと知る人はいないはず。ここなら居場所がある。―その考えは甘かった。


突然、引っ越してきた私を住人達が怪しがった。「都会から越してきたらしいけど、若いのに何か訳ありなんじゃないか?」そんな囁き声が聞こえる。誤解を解くようにうまく立ち回るべきだった。しかし周りの人に裏切られ続けた私には、それができなかった。

時間が解決してくれるわけでもなく、いつまで経っても私はこの町で浮いた存在だ。ふらりと立ち寄った商店でも私が現れると、みな視線を背ける。さっきまで和やかにおしゃべりしていたのにピタっと音が止むのだ。「これじゃ、まるで幽霊みたい」私は自嘲気味に笑った。


どこにも私の居場所はない。いや、どこへ行っても結果は同じだ。自分のダメさに呆れながら歩く。気づけば、小さな神社に辿り着いていた。

まだ日が高いこともあって子供たちが楽しそうな声を上げて遊んでいる。「だーれだ?」目隠しをされた子供が「○○ちゃん?」「○○くん?」と次々に名前をあげていく。周りの子がクスクスと笑いながら「違うよ」「誰だろうね」と返事をする。

しかし私の存在に気が付くと皆、蜘蛛の子を散らすように去ってしまった。きっと親から私に近づくなと言われているのだろう。

―神社はシンと静まり返っていた。どのくらいそこにいただろうか。改めて周りを見ると、そこには絵に描いたような光景が広がっていた。石畳の参道には苔むした石灯籠が並んでいるし本殿には見事な彫刻がされていた。当時の宮大工の技術の高さが伺える。さらに耳を澄ますと、さらさらと木の葉が風に揺れる音が聞こえ神聖な気分にさせられた。


突然「もし」といった声が聞こえ驚いて振り返ると、そこには白装束を身にまとった美しい男性が佇んでいた。もしかして長居をしすぎて迷惑だったかもしれない。そう思い慌てて立ち去ろうとすると、「お構いなく、どうぞゆっくりしていってください」と心地いい声が耳に響いた。

それが彼との出会いだった。私が頻繁に神社を訪れるのに、そう時間はかからなかった。日中から彼の家に入り浸ることもあるほどだ。


精神的なものなのか、最近では体調が優れないことが多い。頭痛はするし、なんだか視界がぐにゃりと歪む時だってある。病院に行けばいいのだが、そんな気も起きるワケもなく私は今日も彼に会いに行く。

私が不安に押しつぶされそうで泣きそうになった時には、優しく私の目を手で覆ってくれた。「辛い現実からは目を反らそうね」「何も考えなくていいからね」彼の穏やかな声と手の温かさに安心を覚えた。

最近では彼も砕けた調子で話してくれるようになり、ますます私たちの仲は深まった。

ただ彼はいつまで経っても名前を教えてくれない。そのため私は彼のことを「長袖」さんと呼ぶ。彼がいつも身に着けている白装束の袖部分が妙に長いからだ。

今日も長袖さんは頭痛のする私を心配して目を手で覆ってくれる。最近ではイタズラ心なのか私を目隠ししながら「だーれだ」と問うてくる。依然として私は彼の名前を知らない。なので当然、この遊びは終わらない。それでも、私はこの時間が好きだった。


この家で長い時間を過ごすうちに違和感を覚える機会が増えた。この家には蜘蛛が多い。きちんと掃除されているのに何故?そう疑問に思うと次々に気になる点が出てくる。

物が妙に高い位置にあるのだ。小柄な私は手が届かず、その度に長袖さんの助けを借りるハメになる。「これかい?」そう言って微笑む彼はどこか楽しそうだった。

さらに気がかりなのが彼の表情が時折、崩れることだ。普段は優しい笑顔を浮かべているのに、ふとした瞬間にその笑顔が異常に見える。笑った口元がどこまでも広がりズラっと並ぶ牙が恐ろしくて仕方がない。そんな姿を見たくなくて、私は今日も長袖さんに「だーれだ」をせがむ。


今日も私は長袖さんと「だーれだ」をする。この日は特に頭痛がひどく、早く彼に慰めてもらいたかったからだ。

いつもは私の力が抜けたのを確認すると「これで怖いものは何もないね」と微笑んでくれるのに、今日は一向に手を放してくれない。「何かがおかしい」そう思い、長袖さんの名前を呼ぶが返事がない。大好きな温かい手も冷たく感じる。本格的に身の危険を感じ逃げようとした時だった。異変に気が付いたのは。

私の体を覆う手の数が、どうしても合わない。長袖さんは私の目を覆っているから両手が塞がっているハズ。なのに、別の手が私の体をはい回ってくるのだ。それはどんどんと増えていき、服の中にまで入ってくる。

パニックになっていると「君には僕の本当の姿を見てほしいんだ」ふいに長袖さんの声が聞こえた。いつも私を安心させる長袖さんの声。しかし、この異常な状態ではただの恐怖を煽るだけだった。


恐る恐る目を開くと、長袖さんはいつものように微笑んでいた。しかし彼の体からは幾多の腕が伸びており、その様子はまるで蜘蛛のようだった。

それに気が付いた瞬間に自分でも驚くほど、早く走り出していた。「とにかく逃げなきゃ」その一心で足をとにかく動かす。しかし、長袖さんの手が再び体に纏わりつき、逃げる私を嘲笑うように締め付けてくる。

「逃げるなんてひどいじゃないか」「あんなに仲良く暮らしていたというのに」そう言いながら、私の体をギリギリと締め付ける。まるで逃がさないというように、その力はどんどんと強くなっていく。

意識が遠のいていく中、長袖さんの声がぼんやりと聞こえた。「名前を呼んでくれるまで離すワケにはいかないよ」「これでずっと一緒だね。」


「最近、あの女の子を見かけないね。都会に帰ったのかしら?」

「どうだろうね。出ていく姿を誰もみていないから何とも言えないね」

「お母さん、そのお姉ちゃんってあのいつも青白い顔をした女の人のこと?」

「僕たち神社でみたよ」「ぼーっと立ってて、なんだかすごく不気味だったから怖くて逃げちゃった。」「おい!お前それを言うなって」「あ、ヤバ!」

「あんた達、あの神社には行くなっていってあるだろう。あそこには怖い怖い蜘蛛が住んでいるんだよ。二度と行くんじゃないよ! 」

「わー、お母さんが怒った」「逃げろ逃げろ!」

「それにしてもあんな寂れた神社に足繁く通うなんて」

「ええ。やっぱり魅入られていたんだね…」

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