使い捨ておっぱいミサイル

☆えなもん☆

使い捨ておっぱいミサイル 前編

 放課後、そして校舎裏。

 この二つの言葉から連想されるのはヤンキーの呼び出し、もしくは恋の告白シーンのどちらかだろう。

 

 今回は後者らしい。

 没個性なブレザーを身にまとった高校生の男女。

 男子は顔を赤らめ、明らかに緊張した表情で女子を見つめている。

「えっと、玉落くん……用事って何かな」

 女子もまた、これから何が起こるのかわかっているのか、顔を赤らめながら口元に手を寄せていた。

 

 男子――玉落(たまおち)は、あまりの緊張に心臓が胸から外出してしまいそうになる感覚に襲われていた。

 落ち着けるために深い呼吸を一つ、意を決して口を開いた。


「乳鳥さん、好きです! 付き合ってください!!」

 玉落は勢いよく頭を下げ、手を差し出す。

 

 …………反応がない。10秒程経っただろうか、あまりの静けさに玉落はちらりと女子――乳鳥(ちどり)へ目を向ける。

 そこには、お湯が沸かせそうな程に顔を赤くした乳鳥の姿があった。

「あの……」

「は、はいっ!」

「た……玉落くん、は……私のどんなところが好きになってくれたの、かな?」

 言葉が途切れ途切れになりながらも問いかける乳鳥。

 乳鳥の問いを聞いた玉落は、自分の中で熱くこみあげてくるものを感じた。

「ふっ、君を好きになる要因なんて、いくらでもいえるさ!!」

「わ、わぁ急に声でっか……」

 炎を瞳に宿した玉落は、拳を強く握りながら語り始める。


「先ずは顔立ち、超が付くほどの美人だ! 町を歩けばスカウトマンが放っておけない、しかし全ての男を緊張させてしまう程の存在感! そして黒く長い髪……ただそれだけではない、毎日念入りに髪質に拘るその姿勢! 香りからして、トリートメントは●●社の▽▽シリーズを使うことにこだわりがあるみたいだ(早口」

「……うわぁ、正解だ」

「さ・ら・に! 私服へのこだわり。毎年毎期に購読しているファッション誌の情報を仕入れ続ける前向きな姿勢。しかし信じ切ることはなく、自分の容姿に合わせて取捨選択……結果として、まるでプロのスタイリストが着付けたかのような黄金比的ファッションが完成する!(もっと早口」

「う、うん。君と私服で会ったことないけどなんで知ってるんだろうね……」


 乳鳥が困惑する中、さらに力説を続ける玉落。長文を早口で言う玉落のそれは、もはや早すぎてテープの早送りのようにキュルキュルと鳴っているようにしか聞こえなかった。

 そんな早送りボイスで語り続け、時間は既に20分に至ろうとしていた。

「そ! し! て!」

「わぁ今日一番声でっか……」

「何よりも!!!!」

「な、何よりも……?」

「そう、何よりも――」

 

 これだけ語りつくした後、何よりも――と玉落が豪語する乳鳥一番の魅力。乳鳥は頬に汗をつたわせ、生唾を飲み込んで耳を立てる。



「――――――おっぱい!!!!!!!!!(超くそでかボイス」



 ――――ザワッ、と。

 あまりの超くそでかボイスに木々は揺れ葉を散らし、乳鳥のスカートは翻り、校舎の屋根に止まっていた数匹のカラスたちが、声の大きさに驚いて飛び立つ。更に窓はカタカタと揺れ、校舎壁面のヒビ割れが更に亀裂を深く走らせた。

「お、おっぱい………………???」

「イグザクトリー!(その通りでございます)」 

 深々と頭を下げる玉落。

 首をかしげる乳鳥を他所に、更なる熱弁を振るう。


「それはまるでかの陶芸家が掘った女神像がごとく美しく! 宇宙の広大さを思わせるが程に大きい!! そして国民を背負って仰向く大統領がごとく堂々としているそのおっぱい……それこそ、君の最大の魅力だ!!」

 

 玉落は語り尽くした。

 乳鳥へ好意を寄せ、今告白に至るまでに感じ続けたその魅力の全てを。息も切れ切れになり、妙な達成感が玉落の中に溢れる。

 ……あとは、告白の返事を待つだけになった。


「そっかぁ、私のこと、おっぱいで好きになってくれたんだぁ……」

 乳鳥はその目をここではないどこか遠くへ向けていた。何か記憶を辿るように空へ視線を向けていたかと思えば、意を決したかのように玉落へ視線を向け直した。


「私からも、ね……告白しなきゃいけないことあるんだ」

「告白……?」 


 告白――その言葉は、若かりし青春時代からすれば『愛の告白』一択に思える。しかし、乳鳥の瞳が語る告白はそんな甘酸っぱい青春のものとはかけ離れているように見て取れる。 

 何か、深刻な事情を抱えているような。それを意を決して玉落に伝えようとしているような――そんな覚悟を決めた表情だった。


「実は私――」

 玉落は生唾を飲み込み、言葉の続きを待つ。

 乳鳥は落ち着くために嘆息を一つ。数秒の沈黙の後、ようやく口を開いた。



「――私……おっぱいがミサイルなの」



 ………………――――――硬直。

 玉落は目を見開き、自分が宇宙の中にいる猫になったような感覚へ陥った。

「おっと、宇宙猫になりかけてたぜ――じゃなくて!!」

 未だ混乱する頭を無理やり叩き、今一度乳鳥の言葉を返してみる。


「おっぱいが……ミサイル……なの?????????」

 聞き間違だろうと聞き返した言葉。しかし乳鳥は大きくうなずいてその言葉を肯定した。


「私のおっぱいは、人類に脅威が迫るような――そんな有事の際に使用される兵器なんだ」

「そっかぁ。そのおっぱいは有事の際に使用される兵器なのかぁ」

「うん。それに、このおっぱいは単発なの。一度使っちゃったら無くなっちゃう使い捨てなんだ」

「使ったらおっぱい無くなっちゃうのかぁ……て、えぇっ!?」

 玉落が驚いて声を上げる中、乳鳥は寂しげな笑みを玉落に向けた。 


「おっぱいが魅力だって言うなら、使っちゃったら魅力半減だね」


  すると乳鳥は踵を返し、立ち去ろうとする。


「ま、待って!」

 咄嗟に玉落は乳鳥の手を掴み、立ち去ろうとするのを制止した。

 乳鳥は足を止め、少しだけ横顔を見せて玉落の言葉を待った。


「おっぱいがミサイル……ってことは、そのおっぱい硬いってことスか?」

「ばいばい」

「ま、待って……言いたかったのはそれじゃないんだ!」」

 

 速足に立ち去る乳鳥の後ろ姿は、夕日に照らされる校門の向こうへと消えてしまった。そんな時、玉落はただ叫ぶことしかできなかった。


「待ってくれえええええええええええ――――――っっ!!!」


           


 ――後編に続く――

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