退屈な夏

宗前翠扇

第1話 退屈な夏

高校二年の夏、それは翔の人生で最も退屈な夏だった。

県内の公立高校に通う神鷹翔は決して「健全な高校生」とは言えない高校生活を送っていた。毎日のように起きる喧嘩、飲酒、タバコなど、世間一般では「不良少年」だと揶揄されてしまうだろう。学校内でもいじめなどで問題を多々起こし、問題児扱いされていた翔だが、一緒に暴れることができる仲間たちと共に過ごす毎日を楽しんでいた。そんな生活を送っていたある日の朝、翔は見慣れた部屋の天井ではなく、青空を見た。周りには視界を埋め尽くすほどの緑があり、下を見ると地面までの距離がある。そこは人間では到底到達できない木の一本の幹の上だった。高所恐怖症である翔はその高さに驚き、落下してしまった。

なんとか助かろうとしてもがくと、自分の手であったものはフサフサの羽毛によって覆われた羽になっており、持ち前の運動神経を活かして華麗に飛行することができた。翔は自分が鳥になっているとその時に初めて気がついた。そうして飛び始めた矢先に翔の目に入ったのは、これまでに幾度となく見てきた湖だった。光り輝く水面を見ると何やら白い鳥が反射していて、翔はこの鳥が自分だと認識したが、翔は学がないため鳥の正確な名前まではわからなかった。自分が何になっているのかわからない翔だが、唯一わかったのはその湖が翔の地元にある小さな小さな湖であることだ。翔は楽観的な性格であり、この状況を面白がっていた。ある夏の日、鳥としての翔の旅が始まった。最初に行こうと思ったのは自分の家で、翔の中に染み込んでいた記憶を頼りにして翔の家までたどり着き、二階にある翔の部屋を覗くとそこに翔の姿はなく、見慣れた部屋の景色が広がっているだけであった。しかし最近は不良仲間たちを引き連れて夜遊びをすることが多く、家に帰らない日も続いていたのでなんだか懐かしい気持ちになった。その後、翔は通っている学校へと向かった。学校までの道のりは空から見ると平坦な道に見えたが実際は自転車で登るのは難しいと言われるほどの急な坂で、毎朝息を切らしながら登校している人が多く見られるような道であるのにだ。翔は無意識ながらも、「違う見方」があることを身を持って体感した。学校につくと三時限目の最中であり、自分が所属しているクラスを窓の外から見ていると、窓際の席の男子がこちらがわをじーーーっと見ていることに気がついた。するとその子は授業中であるのにもかかわらずおもむろにスマホをとりだし、窓の外の写真を取り始めた。何枚か写真を撮るとさっとスマホをしまい、何事もなかったかのように授業を受け始めた。翔はこのクラスメイトが誰かをよく知っている。彼の名前は鳩谷祐希、翔がつい先日までいじめていたやつだ。夏休みにはいる直前だったため、授業は三限で終わり、ぞろぞろと生徒が帰宅していく中、翔は単なる好奇心で祐希の学校外での生活が見てみたくなり、空から祐希の跡をつけることにした。すると祐希は家へとは帰らずに翔の地元の湖へと向かっていた。祐希は湖に着くとスマホで風景の写真を撮り始め、その写真はプロに匹敵するレベルに綺麗で上手な写真だった。光の反射までもが利用され湖の奥の位置する山が逆に湖に反射して写真に写っていた。まさに夏の始まりを感じられる写真だった。そうして写真を撮り、日が落ちる前に祐希は家に帰った。祐希の家に行くとそこは団地であり、祐希の部屋なんてものはなかったが、窓の外から写真が飾られている棚が見えた。祐希の父親はプロの写真家であり、国内で活躍していたが、八年前に交通事故で亡くなってしまい、それから母親が一人で祐希を育てていた。外から見えた棚にはその父親の遺影とたくさんの写真が飾ってあるが、その上にはレンズが割れている一眼レフカメラがあるのがわかった。そのとき翔は自分がこのカメラを壊してしまったことを思い出した。それは数週間前のこと、学校に一眼レフカメラを持ってきた祐希を翔たち不良グループは面白がり、翔がトイレに行っていない隙にカメラのレンズを地面に叩きつけてバキバキに壊したのだ、周りにはクラスメイトが大勢いてその現場を見ていたが、誰一人として先生に報告はしない、自分以外のことには無関心、そういう学校だった。しかし、そんな学校にいる祐希にも夢があることは翔の目から見てもわかる。写真家になることだろう。父親がそうだったし、なにより大切なカメラを壊されたにも関わらず精度の低いスマホのカメラで撮影の練習を行っているのだ。翔と祐希の学校には大きく分けて翔のような不良系と無気力系の二パターンであり、翔はこんなに純粋に夢を追い続ける同級生を初めて目撃した。翔はそのときに自分にはなにもないことがわかってしまった。夢を追う祐希をバカにして邪魔をする悪者?そんな人のまま鳥に変身して終わりたくないと思った。すると急に体を浮遊感が襲う、飛べなくなったのだ。翔は高所恐怖症で気絶してしまった。

目が覚めるとそこには見慣れている部屋の天井があった。いつもの翔に戻っていた。学校に行くと仲間たちが「昨日来なかったけど風邪でも引いたんか笑笑」と心配?していた。いつもの学校生活に戻った翔だが祐希のことが気がかりだった。翔がカメラを壊したことを祐希はまだ知らない。このまま黙っていれば隠し通せるだろう、しかし、もう翔にはそんなことはできなかった。翔は祐希に壊してしまったことを言い、弁償代を払うと約束した。次の日、翔は祐希の家に弁償代を届けに行き、ついでに夏休みの間撮影を手伝うことを伝えた。翔なりのこれまでやってきた悪行に対する罪滅ぼしのほんの一部だった。それから翔は不良グループの集まりにもいかずに夏休みの間は毎日祐希の撮影を手伝った。カメラのことなど一切知らない翔にとってはそれが退屈であったが、毎日一緒にいると退屈すらも感じなくなってきた。結局、翔は夏休みの間は一回も不良グループとつるまず、仲間から見放されてしまったが気にせずに手伝いを続けた。翔は人のために行動することが普通のことになってきていた。以前の翔では考えられないことだ。「退屈だった...」と翔はつぶやく。高校二年の夏、それは翔の人生で最も退屈な夏だった。

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