四十一話 隠していた事

 チャラ男を拘束して警察を待っているところで、コイツが口を開いた。


「姉ちゃん…どうして…」


「それはこっちの台詞だよ、どうしてこんなことしたの?」


 いつものゆったりとした雰囲気はどこへやら、さすがにこんな危険なことをした相手には容赦ない花澄はすみさん。


「姉ちゃんは騙されてんだよ!ソイツは姉ちゃんのことなんて好きじゃねぇ!」


 確かに元々はコイツに対する復讐で花澄さんと仲良くなったが、今の俺はすっかり彼女に惚れてしまっている。


「ふーん、本当にそう思う?」


「そりゃそうだろ!だってソイツは…」


「晴政くんが嫌いなのは分かったけど、ナイフなんて持ち出したらダメじゃない?こんなことしたら…お父さんにもお母さんにも顔向けできないよ」


「それは…」


 彼女の言葉にコイツは揺らぐ。

 こんなやつでも親が亡くなったことは大きいのだろう。それならもっと真っ当に生きるべきだったな。


「花澄さんも色々と言いたいことはあるだろうけど、今はそっとしておいた方がいいと思うよ」


 まぁ俺が言っていい事じゃないだろうけどね。

 とはいえ下手に刺激すると何をするか…。


「うるせぇ!テメェが死ねば解決すんだよ!」


 そう言った男が拘束をほどこうとするが、あまり力が入っていないので抑えが効いている。


「ちくしょう、離せよクソ野郎!」


「いやだね」


 下手に離せば何するか分からん。


 しばらくして警察やってきたのだが、そちらに気を取られたその瞬間、ヤツはいきなり変な体勢になった。

それによって俺の重心がずれてバランスを崩したことで拘束が緩み、その瞬間ソイツが抜け出した


「死ねぇ!」


 ヤツが懐から新たにナイフを出して襲いかかってきた。


「ぐっ…クソ!」


 避けきれず腹部を刺されてしまい、咄嗟にヤツの顎を殴った。

 それを受けたヤツはふらつき、一瞬だけ力が緩んだ。

 それを利用してそのままナイフを握りヤツの腹を蹴るとヤツがふっ飛んで、その手からナイフが抜けた。握力も弱くなっていて助かった。

 上手く俺の攻撃が当たったのもそうだがとにかく運が良かった。


 この事態を目撃した警察は本気になってヤツを拘束した。大人しくしていれば良かったのにな。


 その後俺はすぐに病院に運ばれた。

 奇跡的に致命傷を避けることができ、すぐに病院に行ったことで大事に至らなかった。よかったよ。

 ヤツが莉乃を襲ったのは偶然らしく、元々俺を狙っていたら彼女と出会い、事の発端である彼女を攻撃しようとしたとのこと。つまり八つ当たりだ。


 ちなみに莉乃は''私のせいで''と言っていたが、あんなもん誰が予想できたというのか、ここで彼女を責めるのは流石に憚られる。

 だって悪いのはあの男と俺だからな。

 俺がヤツを苦しめる為にやったことがヤツの精神にダメージを与えて、それがあの奇行に繋がったんだ。反省するべきは俺だろう。

 戻ったら花澄さんにちゃんと話をしなければいけないな。なにせ自分の弟があれだけ狂ったんだから。




「ここ最近、病院と縁がありすぎる」


 病室で俺はそんなことを独りごちた。

 経過観察ということで、搬送されてからそのまま入院したものの、すぐに退院することができ花澄さんの元に戻ることができた。


「おかえりなさい晴政くん」


「ただいま」


 家に戻って早々ハグしていると、もう一人そこにいたことに気付く。


「私をほっといて随分と熱くない?…おかえり晴政」


「ただいま希」


 そのまま彼女を抱きしめると、嬉しそうにそれに応えた。


 家に戻った俺は花澄さんに俺が近付いた理由を話た。あとDVがどうとかって話も。


「そっか…」


 彼女はただそう一言告げた。

 複雑な心境であることは間違いないだろう。

 恨まれても文句は言えないだろうな、今は花澄さんのことは本気で好きだが、元々は私怨から始まったことだ。


「花澄さんの気持ちを利用するような真似を

 して…ごめんなさい」


 俺はそう言って頭を下げる。

 言い訳や言い逃れはしない、俺に出来るのはただ謝ることだけだ。


「晴政くんは、私のこと好きじゃなかったんだ…」


「いや…それは違う、俺は花澄さんが好きだ」


 ここで言えるのはただ事実だけ、余計なことは言わない。


「……本当に?」


「本当だよ」


 花澄さんの目を真っ直ぐに見て俺は頷く。

 彼女の瞳が揺らいでいる、どう反応すればいいのか迷っているのだろう。

 アイツを傷付けるために俺は彼女と付き合ったのだから、たとえその気持ちが本心でも受け入れ難いものがあるだろう。

 自身の弟があんなふうになったのもあってかなり複雑なはずだ。


「最近ね…晴政くんのおかげで、学校でもお仕事でも充実しててね?晴政くんには、凄く感謝してるんだよ…?」


 彼女は滔々とうとうと語り出す。


「晴政くんと付き合えたことは凄く嬉しかったし、一緒の所に住んで、今だって離れたくない…私もあなたが好きだよ…でも…」


 彼女は徐々に目に涙を浮かべ、それがポツリと滴る。その姿に俺の胸が苦しくなり、罪悪感が産まれる。


「分からない…どうすればいいのか分からないよ…」


 彼女は完全に巻き込まれただけだ、俺にできるのは彼女に向き合うこと…しかしどうすればいいのか、その正解は分からない。

 ただ自分の心に従うだけだ。


「俺は花澄さんが好きだ、それだけは間違いない。けど俺の身勝手で花澄さんを巻き込んでしまったことも変わらない。だから、花澄さんが望む通りにするよ」


 できることはそれしかないだろう、俺は彼女の目を見てそう言った。

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